19話 思わぬ再会、不幸な仙人
転ばぬよう且つ全速力で坂を下る。坂は舗装されているので、砂利道よりは軽傷かもしれないが、転んでしまえばただでは済まない。
走りながら声のする方向を確認する。
追われているのは二人、追っているのは男四人。追っている方はいかにもガラの悪そうな人だと遠くからでもでもわかるほど。
「仙華様、先に行きます」
そう耳で囁いて、陳湛は烈風の如く飛んで行った。
「ちょっと…!」
◆
下降している故、速度は亜音速には満たない程度。けれど、十分。
ドォン!と地面を踏み込んで二人と四人の間に着地をする。その衝撃で煙が四人の視界に広がる。
「くっ!な、なんだ!?」
「誰だ!」
陳湛は扇を開いて前方に竜巻を生成する。煙と混じり砂塵となり、さらには四人も巻き込んだ。
巻き込まれた四人は宙を舞い、藻掻くこと、叫ぶことしかできなかった。
「「なんだこりゃああぁぁ!」」
陳湛は前に向けた扇を気が生い茂っている方向へ向けた。それに釣られるように男四人を巻き込んだ竜巻がその方向へ向かっていった。
「ちきしょぉぉぉ!」
「覚えとけよぉぉ~!」
竜巻は次第に弱くなっていき、男達は林に放り投げられる様子が見える。
「あ、あの…」
後ろから声が聞こえたと同時に、自分のよく知る声が遠くから聞こえてきた。
「陳湛!速すぎるよ~。あれ、あの男達は?」
尚無鏡と崩星が遅れてやってきた。追いつくにしてはかなり早い方だと陳湛は思った。
「先ほど追っ払いました」
「手荒にやってないでしょうね?」
「手加減はしたつもりです」
すると、
「も、もしかして…尚無鏡さんと陳湛さんですか…!?」
唐突に名を呼ばれ、二人は顔を向ける。先ほど追われていた二人は男女の二人組だ。
女性の方は可愛らしい顔をしており、華奢な体系と表情も相まってどこか頼りなさそうな雰囲気が漂っている。
そして男性の方はというと───────
「柳燃!?」
そこに居たのは意外な人物だったので、驚きのあまり少々大きな声を出してしまった。
「覚えていてくれたんですか…!」
「もちろんだよ!」
その情景を見て、崩星は陳湛に尋ねた。
「ねぇ、あの人と知り合いなのかい?」
「はい。信仰している仙人は違いますが古くからの友人で、彼も道士です」
「道士っていっぱいいるんだね」
二人は近づいていき、陳湛は柳燃に質問を投げかける。
「なんであの男達に追われていたんですか?何かとんでもないことをやらかした訳ではありませんよね?」
柳燃は頭を掻いて、恥ずかしそうに質問に答えた。
「とんでもないこと、では無いんですが…こちらの明萋歌さんが男達に絡まれているところを目撃しまして、止めに入ったら揉め事になって、軽く手で払ったつもりなんですが…加減を間違えたのか気絶させてしまって……」
「それで男達の恨みを買ってしまった、ってことね」
事情を把握した尚無鏡は柳燃の後ろにいる女性、明萋歌に近づく。
「大丈夫だった?怪我とかは無い?」
「はい…この方が助けてくれなかったら、どうなってたか……」
尚無鏡はよしよしと明萋歌の頭を撫でる。
その横で陳湛は柳燃に耳打ちをする。
「一つ徳が積めて、良かったですね」
そう、彼もまた仙人の一人。
仙声が少ないので、尚無鏡同様に人界へ降りて徳を積んでいるのである。
ただ、彼には大きな欠点が一つある。
それは何をするにしても空回りをしてしまうことだ。
今回の件もそう。力の加減を誤って男一人を気絶させてしまい、場を収めるどころか逆に喧嘩を売る形になってしまった。
陳湛等が仲裁に入ったので、今回は小さいながらも徳を積むことに成功した。
つまり普段は全く徳が積めていないのだ。
体質なのか、そうでないのか。とにかく彼は善良を成そうとすると結果は反転してしまうということだ。
柳燃は何故尚無鏡達が冰有国に居るのか気になった。
「なんで尚無鏡さん達はこの国に?」
撫でる手を止め、振り返って答えた。
「徳を……じゃなくて信仰を広めるためにここに来たの。この国に妖血歩団が居るらしいから国主に妖血歩団を全壊させるって依頼書を出したら許可が下りてね」
「すごいなぁ…僕はずっと蹴られてばっかりで───────」
「下頼殿から補助は受けてないのですか?」
「始めは受けてたんですけど、悉く失敗した挙句に、通筆書まで無くしてしまって……」
これはとんだ災難だな。
通筆書は貸し出された、あるいは持ち主でしか反応しない。誰かが代わりに使うだなんてことは出来ない。
さらには誰かの代わりに下頼殿に頼み込むことも許されていない。
本人でない以上、対応することはできない。
柳燃が仙界に戻る方法は徳を積んでいくしか無い。
だが彼には計り知れないほどの不幸が漂っている。
そこで尚無鏡はある提案が思い浮かんだ。
「そうだ柳燃。私達のお手伝いしない?」
「お手伝い…ですか?」
それに陳湛も賛成する。
「それはいい考えですね」
「なんて言うか、徳のお裾分け?的な。別に依頼もしてないようだし手伝っても多分誰も文句言わないよ」
「本当に、いいんですか?」
尚無鏡と陳湛はその問いに頷く。すると、それに崩星が更なる提案を口にした。
「それじゃあ、僕は先に剣を回収するからそれまで皆で冰有国を観光してきなよ。剣を氷茁閣に届け終わったら合流ってことでいいかな?」
確かに。
人数が多いなら妖血歩団を倒すのには猶予が生まれる。それにまだ魏君と木煙は来ていないし、少女である明萋歌も居るし、先にこの辺りを観光するのもありだ。
「ごめんね崩星、そうさせてもらうね。君も行かない?」
と、尚無鏡は明萋歌に手を差し伸べて誘う。
彼女は少し戸惑った表情をして、その手を取るか迷っている。
「わ、私もいいんですか?こんな…」
「いいんだよ。厄介事があったのにまた一人にさせるのもあれだし、何よりいっぱい居た方が楽しいでしょ?それと、萋歌さんって呼んでもいい?」
彼女は呼び方については了承したが、観光に行くのはどこか迷いがある様子。けれど尚無鏡は迷う手を引き明萋歌を引っ張り駆け出していく。
「走ってはいけません仙華様!」
と、その後を陳湛が追いかける。
柳燃はさらにその後を追いかけるのかと思ったが、こちらに振り返って一言呟いた。
「あなたは観光しないんですか?」
崩星は笑みを浮かべて答えを返す。
「僕はいいよ。腐るほど見てきたからね」
「でも、何度も見た風景も、人と見ればまた違うと僕は思います」
「そうかもしれないね。でも今は遠慮するよ。やることがあるから」
「そうですか。ではまた!」
柳燃は彼女達の後を追い、角を曲がって行った。誰も居ない通りに一人。崩星は呟く。
「『いけません仙華様』が一番いけないと思うけどなぁ」
鍛冶屋の方に向かうように、足を前に出し歩く。
「今は違う。今は、昔の仲間と羽を伸ばすべきだ。僕が居ては、意味が無い」
通りに出る。鍛冶屋は確か北の方にあったはずだ。彼女達が観光を楽しめるよう、少しゆっくり歩くか──────
方角を確認して崩星は歩く。きしんだ茶髪で黒い服を着る人とすれ違ったことに気付かぬまま──────