18話 国主の依頼、氷茁閣にて
「───────これは難易度が高そうだね」
いつの間に………やはり天はこちらを常に見ている、ということか。
依頼の内容を聞いた崩星は顔を引きつらせながらそう口にした。直後、崩星は陳湛に再び尋ねる。
「それって、誰か他の人が手伝っても大丈夫なやつ?」
「と言いますと?」
「人数多い方が楽でしょ?それに話を聞く限りじゃあ、もう二人追加されるらしいし」
すると陳湛は彼を疑った目でじっと見つめる。
「あなたのような一般市民に妖血歩団の退治が務まるように見えないのですが…」
崩星はそう言われると、腰に携えてある剣の柄頭に手を置きながら陳湛をニッっと笑みを浮かべて言い返す。
「なら試してみるかい?務まるか務まらないか───────」
空間に嫌な雰囲気が漂う。
確かに昨日妖鬼達に追われた時、迎撃したのは私で崩星は手綱を握って牛車を走らせていた。術色を拝借して調和をした程度。
あの空間を震わせた正体不明の気は崩星のものかはわからない。
だが、ここは人も多い大通り。こんなところで戦われたらひとたまりもない。
「ま、まぁ一応良さそうな剣持ってるし大丈夫でしょ!」
捻り出た言葉はこれしかなかった。
陳湛は大きな溜め息をついて尚無鏡に呟く。
「あなたがそう言うのなら大丈夫だということにしておきましょう。ここで止まっていても仕方ありません。氷茁閣へ向かいましょう」
人混みをすり抜けて、奥の高台に聳え立つ氷茁閣へと三人は向かう。
大通りを抜け、坂を上ってようやく着いた。国門付近から30分はかからない程度の距離だった。
間近で見ると豪華な外観が目に飛び込んでくる。国主の住まう宮殿であるが故に、周りの建物より一際立派なものである。壁、柱、屋根には青い塗装が施されており、それを立たせるかのように金と銀の装飾が各所に存在している。まるで仙界に戻ってきたかのような感覚が、尚無鏡の傍を駆け抜ける。
「すごいなぁ…」
「僕も近くで見るのは初めてだ。遠くから見るのとは全然違う」
すると氷茁閣の正面扉から小間使いが出てきた。私達を見るや否や、その小間使いはこちらに駆け寄ってくる。
「尚無鏡様ですね?お待ちしておりました。依頼書には本人と同行者含め四人と書かれていましたが、あとの一人は?」
どうやら下頼殿の人は頼宣書に人数を書いていたらしい。流石の仙界の人でも崩星が加わるなんて予想できなかっただろう。尚無鏡は思考を回転させてなんとか言い訳を捻り出す。
「あと一人は体調が優れないので宿で休んでます…」
まだ合流できてないと言ったら合流するまで待たされる可能性があるので、三人でも中に入れるような言い訳を選んだ。
陳湛が小声で「本来ならこの男は関係無いんですけれど」と呟いたので、「まぁここは円滑に進めるために我慢して」と陳湛に聞こえるように尚無鏡も呟いた。
「それは大変ですね、どうかお大事になさってください。それでは御三方どうぞ中へ。体調不良の件は先に私が国主様には伝えておきますので」
そう小間使いは言い、正面にある扉を開けた。小間使いの後に続いて三人は氷茁閣の中へと入る。我々が階段を上り終えた際に「少々お待ちください」と言って、一つの部屋に入って行った。
待っている間暇だったので氷茁閣の内装を見渡していた。
玄関広間から煌びやかな装飾が施されており、天井にはとても大きな飾り電灯が吊るされてある。冰有国を代表する建造物だ。とても歴史が深いのだろう。
そう思う尚無鏡の横を氷茁閣で働く者は皆忙しそうにあちらこちらに歩いていく。
すると扉が開いて、小間使いがこちらに言葉を掛ける。
「御三方、どうぞお入りください」
生唾が喉を通る。釈放されて約二日、いきなり自身の体に緊張が走る。
「失礼します」
拱手をし、入室する。
尚無鏡を先頭にし、崩星と陳湛が続いて入る。
氷茁閣三階。国主・銀裂の主室。正面の椅子に女性が座っている。彼女が国主・銀裂───────
銀裂は手元の書類から目を離して、こちらに顔を向ける。
「ようこそ、遠くから来た道士達─────」
部屋が痺れる。
続けて国主は口を開く。
「ここまで来るのは大変だったでしょう?どうぞお掛けになって」
そう言われ私達は断る隙も無く小間使いに誘導され席に着いた。長い机、右側は私と陳湛、反対側は崩星、そして最奥の真ん中に座っているのが銀裂だ。
「すごい高い所ですね」
「そうね。ここはこの国の中で一番高い場所、ここから冰有国の全貌が見ることができるの。この宮殿は私が国主になってから建てられたものなの」
「そうなんですか!?私てっきり代々受け継がれてきた建物かと…」
「前国主までは山の下にあったの。その分、今の宮殿より大きかったの」
「それは見てみたかったですねぇ」
崩星は特に緊張している様子はなく、飄々としている。
あの時、赤い妖鬼に追われている時も、口では「怖い」と言っていたが全然そうは思えない表情だった。本当に不思議だ。
「阿鏡、提出された依頼書はどうなったの?」
「それは私の手元にあるわ。道士である尚無鏡は『晄導仙華』という仙人を信仰している。そして彼女は信徒を増やすべく、依頼をこなして信仰している仙人を広めようという。そういった話はよく届くわ。でも彼女の依頼書にはこう書かれてあったの。『冰有国付近に存在が確認されている妖血歩団を全壊させます』と。正直ここ最近、付近は妖血歩団に悩まされていたからこの依頼を許可したの。それに、まだ私の知らない仙人に賭けてみるってのも悪くないかなって」
「あはは…」
その知らない仙人は目の前に居ます。
「妖血歩団の鬼は単純じゃない。それを全壊させるなんて、思い切ったわね」
「ま、まぁこれくらいしなくては仙人様を広めることなんてできませんし…!」
銀裂はこちらに微笑んで手を叩いた。
「あら、頼もしいわね。もしできた時は、道観も建ててあげようかしら。それともう一つ、あなた達に頼みたいことがあるの」
「なんでしょうか?」
尚無鏡が問うと、銀裂は一枚の資料を渡してきた。
「これは…剣?」
「『宝剣・沈帥』。二ヶ月ほど前に発見された宝剣、記念として今回の輝月祭で展示しようと思っているの。けれど、本物を世に晒すのは少し危険。だから専門の鍛冶師に偽物を造るように依頼したの。それを取ってきてほしいという頼みよ。本物はちゃんと氷茁閣で保管しているから」
やるべき依頼は二つ。
一つは、妖血歩団の全壊。これが一番難易度の高い依頼。
妖血歩団は必ず群れと成す。故に他の国にも居る可能性は低い。
そして崩星は全体で二十程度と言っていた。
奴等は頑丈だが慎重にいけば問題は無い。だが、まだ見ぬ存在がある。
焔血鬼だ。
岩の中でその名を耳にした。裏切ったとはいえ、おそらくはまだ焔血鬼のような存在は妖血歩団に居るはずだ。見誤れば死ぬ可能性も十分にある。
そして二つ目が、鍛冶師から剣の模造品を預かり氷茁閣へ持ってくること。
前者に比べてこちらはとても楽だ。
「八日後には前夜祭が始まるから、期限は一週間ってところね。大丈夫?」
尚無鏡は立ち上がって銀裂の方を向く。
「わかりました。二つの依頼、必ず達成して見せます」
「ええ、期待しているわ。もちろんあなただけじゃなくて、二人もね」
「「はい」」
二人も立ち上がり、三人で拱手をして退室していった。
「休んでる人にも、よろしくね」
◆
外に出るといきなり尚無鏡は大きく溜め息をついた。
「はぁぁ~、緊張したぁ…」
「結構あの部屋ピリついてたもんね」
「私はもう慣れてしまいましたが…」
緊張から解き放たれた尚無鏡は深呼吸をして気持ちを整える。
「それじゃあどうする?先に鍛冶師の所へ行く?」
提案した尚無鏡に崩星が否定する。
「いや、鍛冶師の所には僕が行くよ。二人は妖血歩団に専念してもらった方がいいかな」
「それには賛成します。この坂を何度も行き来したくはありませんし」
「それじゃあそうしよう」と口にしようとした瞬間、「待てゴラァ!」と怒号が下の方から聞こえてきた。
その声は三人の耳にしっかりと入っており、互いに目が合う。
「行ってみましょう!」
「うん!」