17話 白き国、冰有国
「──、──てください。もう朝です」
「──────だよ阿鏡。もう着いたよ」
「んんん……」
眠い目を擦りながら、無理矢理体を起こす。
随分と長く、暗い夢を見ていた気がする。ぼんやりとする頭を何とか働かせる。着いた、ということはもう冰有国に着いたということだろう。ここまで牛車を運転してくれた崩星には感謝しなくてはならない。
「おはようございます。お体の方は痛くありませんか?」
「うん、別にどこも…って、ええええぇぇぇぇ!?」
崩星の隣には、死ぬほど見慣れた人が私に話しかけていた。驚いた拍子に荷車から落ちてしまった。その痛みもあって完全に目が覚めた。
「な、何でここに陳湛が……?」
「何でと申されても…下頼殿の人から話は聞いていなかったのですか?」
「まさか、匿名で申し出た人ってあんただったの!?てことは、あんたが来たってことはあと二人の助っ人ってもしや────」
「ご想像の通り、魏君と木煙です」
正直、助太刀に来てくれるだけでも感謝だが、まさかあの二人も来てくれるとは。尚無鏡は安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろした。
「ところで、その二人は?」
陳湛に聞くが、彼女は首を横に振った。
「あの二人はまだこちらに来ておりません。おそらく二人は中で合流すると思われます」
「そっか。あっ!」
ふと視界に崩星の姿が目に入り、申し訳なさそうに尚無鏡は話しかけた。
「ごめん崩星。この人とは初めましてだったよね」
「そうだね。でも阿鏡が起きる前に互いがどういった者か軽く話したから大丈夫だよ。それより、君達はどういう関係なんだい?徐に体を触ろうとしていたから止めておいたけど、止めない方が良かったかな?」
コイツ…何も変わらねぇな。
「いや、止めておいて正解だよ」
「何故ですか?せっかくの感動の再会だというのに…」
「感動の再会で寝てる人の体を触る奴があるか!」
アハハと崩星は笑う。
「二人のやりとりを見た感じ、特に危ない人じゃなさそうだね」
「ある意味危ないけどね」
すると、左袖に違和感が現れる。見ると陳湛が私の袖を引っ張っているのが目に入る。「ちょっと聞きたいことがあります」と目で訴えかけられているような気がする。
再び私は崩星に申し訳なさそうにして言う。
「崩星ごめん。ちょっと二人で話してきてもいいかな?」
彼の反応は想像していた通り、笑顔で「いいよ。せっかく再会したんだからゆっくり話してきな」と返してきた。
それに甘えるように少し距離を空け、私にしか聞こえないような程の小声で陳湛は話す。
「仙華様、説明してください」
「何を?」
「あの男、仙華様のことを『阿鏡』などと馴れ馴れしく…どういった関係なのですか?」
めんどくさいやつだな。
「どういった関係と言っても、仙界から降りてたまたま出会って冰有国まで乗せてってもらっただけなんですが……」
「じゃあ何であんなに馴れ馴れしいのですか!?」
「知るかい!別に嫌じゃないし、そういう風に呼ばれるのは新鮮だから全然気にしてない」
「私もそう呼んだ方がいいですか?」
「呼ばなくていい」
ふと、忘れていたことを思い出した。とても大事なこと。
「あー、えっと、いきなり話題を変えるの申し訳ないんだけど、その……あの後、匠歩国ってどうなったの?仙人に会ったら聞こうと思ってたの……」
先ほどとは打って変わって、話の内容が重い。
陳湛は目を瞑り、真実を口にしてくれた。
「あの狼のような妖鬼、『破壊』の鬼将の両腕を落とした後、仙華様は謎の虹色に光る柱に包まれ、虹色の光が消えると先ほどまでそこにいた仙華様も居なくなっていました」
覚えている。勝ちを確信した最後の一撃を入れようとした時、視界が虹色に支配された。
「その後、私達もすぐ同じように光に包まれて仙界へ戻されました。匠歩国で後に起きたことはこの目で見ておりませんので仙華様が石蔵に幽閉された後、南将軍に尋ねました」
「それで…どうなったの?」
「『破壊』の鬼将は死ぬ直前に自身の命を生贄に、匠歩国に居る全ての民に呪いをかけました。そして呪われた人達は皆──────」
「──────────」
流石にそうか。
ただ、鬼将があの後暴れたわけではないということがわかった。自身の命を捨てなければならないほど弱っていたということ。もっと速ければ、他の攻撃手段を取っていれば、そんなことにはならなかったかもしれないのに。
「そして事後処理として南将軍は幕下を連れて人界に降りました。ですがその時既に、世界は変わっていました」
「変わっていた……?」
「はい。仙華様は民達に術色を与える際に光の玉を生成しましたよね。将軍達が降りて来た時にはもうその光の玉が暴走を始めており、将軍が光の玉を壊した頃には、人界の約九割が術色をしようできるようになっていました。それは現在にも影響が出ています」
なるほど。だから崩星も術色が使えていたのか。まさか私が原因だとは、本当に迷惑をかけてしまった。
だからこそ、何故私は死刑にならなかったのかより疑問が増す。何故、私は生かされたのか。理由を知る者は、南将軍一人だけだろう。
「っていうことは、今はほとんどの人が術色を扱えるってこと?」
陳湛は首を横に振って口を開こうとした時、
「いいや。術色は確かに一般人も使えるようになってしまった。けれど長い年月を経て、それらは潜在能力として受け継がれるようになっていった。一言でいえば、誰でも使えるけど、誰もが使えるわけじゃないってことだね」
「いきなり割ってこないでください」
「流石に暇になっちゃったからね、許してよ」
一方的な電撃が放たれる。
これ以上変なことにならないよう尚無鏡はその電撃を断つ。
「崩星、やけに詳しいね」
「昨日も言ったでしょ。僕は歴史が好きだって。そして─────」
「そしてその潜在能力を解放できた者が術色を会得できるという事です」
「割って入らないでもらえるかな?」
「お互い様、一対一です」
ああ、今度は電撃が飛び交っている。
どうしよう。
「と、とりあえず、冰有国に入ろうよ!話は中に入ってからでもできるし!ね?ね?」
「そうだね。さっき二人で話している間に手続きは済ませておいたから」
「ありがとう。それじゃあ行こうか」
三人は門を潜る。
尚無鏡、崩星、陳湛。冰有国に入国。
視界にくすんだ薄い水色が広がる。まるで冬の山のような色が目に飛び込んでくる。
青白い屋根に白い壁、そして目の前には大きく長い一本の通り。人も多く、大通りの両側には様々な人が店を建てている様子が見える。
「ねぇ崩星、冰有国は今お祭りか何かやってるの?」
大通りを歩きながら尚無鏡は質問する。
「これからやるんだよ。八日後には前夜祭、九日後には『輝月祭』が開かれる」
「輝月祭?」
「冰有国で行われる二大祭りの一つです。皆それに向けて色々と店を準備しているのです」
二大祭りの一つ。
もう一つはおそらく誕主祭だろう。
それと肩を並べるほど凄いお祭りなのか。尚無鏡は周りに花を散らすように祭りを楽しみにしている。
「浮かれている場合ではありませんよ。既に下頼殿の者が氷茁閣[冰有国主・銀裂が有する宮殿]に頼宣書[仙人が円滑に徳を積めるよう依頼を掛けることができる書物]を提出しております。浮かれるのは依頼が終わってからです」
「そ、そんなぁ…」
すると、肩を竦めた尚無鏡に崩星は語り掛けた。
「落ち込むことないよ。その依頼が終わったら祭りを楽しめるってことでしょ?それならさっさと終わらせようよ」
「ささっと終われれば、ですけどね」
「そんなに時間のかかる依頼なの?どんな内容?」
崩星が陳湛に内容を問う。
「冰有国付近に潜伏している妖血歩団を全壊させることです」