16話 包まれる光、閉じる闇
鬼将に向かう姿は流星の如く。その美しさには心奪われるほどであった。
けれど彼女は二つの禁忌を犯した。
一つ、自身が仙人だと告げること。
一つ、仙人の力を人界の民に干渉させること。
いつ天からの罰が来るか、陳湛には想像できなかった。祈るしかなかった。仙人である自分が天に祈るしか、彼女の為にできることはそれしかなかったのだ。
「はああぁぁ──────!」
金色に輝く流星が落つ。
先ほどとは打って変わって、傷は深い。だがもっと。もっと強大な攻撃を与えなければ。生半可な攻撃は、再び引き金を引かせることになってしまう。
「グルルアアァアアァ!」
邪悪の狂乱。
何も考えていないかのように、両腕をがむしゃらに回す。
されどこちらは尊き幻想。その全てが空を切る。少しの風で揺らぐレースのように、ヒラヒラと攻撃を躱す。
隙は必ずできる。
刹那。
「解憶・樂蓮」
黒い睡蓮が開花する。そして剣を追うように花弁が舞う。触れれば一秒、動きが止まる。
あの男とは違う。今の相手の図体はデカい。つまり、下手でもない限り花弁は、
「ガ──────グ───……」
当たる──────!
全力全開。
ありったけの力を込めて、炎の斬撃を飛ばす。抗う術も無く、鬼将の腕が斬り飛ばされる。
1秒経過。
すかさず尚無鏡は空を切って停止の花弁を広げる。勝利の女神は彼女に微笑む。
再び1秒間の猶予が与えられた。
黒い光が真下に落ちる。
赤い泡沫が宙を飛び散り、もう片方の腕は斬り落とされた。
「g──────……、、、」
咆哮は小さく、相手を震わせるよりも自分の震えを抑えるような、子供のようなやせ我慢。反撃の狼煙を上げる気力も無く、両腕からは血が滝のように流れている。
勝てる──────!
残るは首。最早、解憶を使うまでもなく無抵抗の狼を殺せる。
光の仙人は後方へ飛翔する。そしてそのまま流れ星のように鬼将へ向かう。
光が迫る。
その時だった。
「!?」
尚無鏡の視界は突然、虹色の光に覆われた。視界だけでなく、耳にはエラー音と金属が擦り合うような音が混ざった雑音が響く。
体に感覚が無い。動かすことも出来ない。
そしてただ、抵抗する間もなく自分の意識は深淵へと沈んだ。
◆
「─────いの?───方、可哀想す────?」
「ワタシに──────ですか?あれが──────なんです」
「──────があろうと、禁忌は───はならな──────」
「─、───うだけどさ。でも壊れちゃったよ?」
「干渉は許されていません。創造には破壊が付き物です」
「お前達、尚無鏡が目を覚ましたぞ。切り替えろ」
少し冷たい空間に私は目を覚ます。
体は鎖で縛られており、帝央殿[仙界の中心部にある将軍と幕下のみ立ち入れる建物]の大広間の中央に置かれている。意識をはっきりさせ、面を上げる。
視界の先には、高い位置に座る四人の姿があった。
その中の一人は知っている。つまりこの四人は、
「……四将軍」
左から南東西北の順に並んでいる。
金の装飾が施された赤い服を着ている南将軍・晁薜。称号・朱雀。
頭を龍の頭蓋で覆い、顔も仮面で隠している東将軍・燃微。称号・青龍。
茶色の衣を纏い、冕冠を着用している西将軍・雨晩。称号・白虎。
煌びやかな白い衣装に、毛を首に掛けている唯一女性の将軍、北将軍・駟昧。称号・玄武。
何故自分がここに居るか、何故将軍が集結しているか、理由は先刻承知である。
禁忌を犯したからだ。
辺りには幕下や武官、その他の仙人、そして仕えている三人も居る。本来は幕下以上の仙人しか入ることは許されないが、今日は特別なのだろう。
覚悟している。
燃微が静寂を断つ。
「尚無鏡、お前は禁忌を二つ破った。一つ、人界の者に自身が仙人だと明かす行為。二つ、人界の者に仙人の力を干渉させる行為。これらの罪を持って判決を下していく。尚無鏡、お前の所属している界部[現在活動及び生活区域としている仙界のエリアのこと]を答えてもらう義務がある。答えてもらおうか」
噓偽りなく、その問いに答える。
「仙南です」
その答えを確認するために、燃微は晁薜に問いかける。
「尚無鏡の言ったことは真実か?」
「もちろん事実です。ワタシの統括区域である仙南に住む仙人です」
「では、この判決は南将軍が下さないといけないな」
「そうですね……では──────」
静かであった大広間が更に静かになる。風の音も、何も耳に届かず、完全な静粛。
「ワタシの下す判決は、尚無鏡を石蔵に監禁し一千年に及ぶ『鎖縛座の刑』に処す」
次は空間をどよめきが支配する。周りの仙人はおろか、他の将軍、そして私自身も目を開いて驚いている。
「死刑、じゃない……?」
「てっきり死刑とばかり」
「で、でもよ…前──────」
すると、駟昧の声が響き渡る。
「晁薜どういうこと!?なんで死刑にしないの!?」
晁薜は表情を変えず、駟昧の方へ顔を向ける。
「ワタシの判決に、何か問題でも?」
「問題も問題よ!二千年前に禁忌破った奴は一つで死刑になったのよ!?なのに何で二つも破っている尚無鏡を死刑にしないの!?」
「理由を話して何か利益が出るのですか?判決は既に下りました。幕下の皆さん、尚無鏡を速やかに石蔵へ──────」
瞬間。
大広間に黄金に輝く結界が広がっていく。
黄金の結界には『玄武』が描かれている。つまりこの結界を展開している者は駟昧ということだ。
「行かせない。理由を話してもらうまで誰もここから出さないから」
「別にその気でいて結構です。アナタの結界では、ワタシを止めることはできませんから」
そう言い切った晁薜は朱雀の頭がついている柄頭に手を添え、湾刀を傾ける。
途端、途轍もない気が空間を痺れさせる。
その主は燃微だった。
「双方静まれ。どうであれ下された判決を取りやめることも動機を聞くことも出来ない。気になるのはわかるが規則は規則だ」
「まぁ、聞いたところで変わり者の言うことの理解は難しいだろうな」
後に続くように雨晩も口を開いた。朱雀の頭から手を離し、結界も解かれた。
そしてそのまま私の体は将軍幕下に連行された。
その後、帝央殿ではどうなったのか知る由もない。
石蔵の扉が開かれる。中には窓もなく穴もない。故に扉が閉ざされれば完全な闇となる。
奥には石でできた椅子がある。
「それじゃあ、縛るぞ」
鎖が石に当たり、高い音が反響する。両手首、腹部、両足首に鎖が巻かれる。この鎖は『泡幻鎖』といい、これに巻かれたものはどんな力も使えなくなる。
自分の体から力が抜けていくのを感じる。
あの三人はどうなるのか、匠歩国の民は、光琅は、聶情は、北源は……
真実を聞く力もこの体には残っていなく、ただ幕下が扉の方に歩いていくのを眺める事しか出来なかった。
そして何秒もしない内に、この罪人は闇の中へと閉ざされた。