１５話 匠歩国上空、完全顕現
「グルルアアアアァァァアアアアアァ！」
雄叫びが上がり、巨大な爪が降りかかる。
その一撃は回避。地面に爪がめり込み地割れが起こる。くらえば致命傷。だが、当たらねば問題はない。
「──────────」
無呼吸で力を込める。
大丈夫だ。さっきの会話の時に体力は少し戻っている。
術色の多少の連発は可能。だが出力は及第点に抑える必要がある。
虚しく空を切る爪の間を赤い螺旋が突貫する。
「─────グ、ルルァ」
胸部に命中。けれど、
「流石に、硬いね…」
貫かんという勢いで向かったものの、命中部に穴は開いておらず、その部分が火傷したのみ。
それが起動か。
「な──────」
鬼将はこちらに前進してきた。それも、一瞬で。
拳が腹部を襲う。咄嗟に左腕で防御したが、それも意味は成さなかった。
衝撃が貫く。
骨は逝った。
左腕は確実、内臓も確実だがどの臓器かは不明、奥の背骨も罅は入っているだろう。
なんだコイツの攻撃は。
さっきまでこんな高速じゃなかったでしょ。
「グルルアアアァ！」
もしかしたら、痛みが体を走った時、その痛みを力に変換したのか？
まだ体の真ん中が負傷しただけ。足も頭も逝っていない。
「！──────」
炎の斬撃。
鬼将はそれをものともせずこちらに突っ込んでくる。螺旋より出力は無い。そして鬼将の動きも先ほど程度ではない。大きな腕が振られ、轟音と暴風が迫る。
理解した。
ある程度強い攻撃を与えてしまうと、それが引き金となって必殺が飛んでくる。
とはいえ、弱い攻撃では傷はつかない。
故に、こちらも必殺を叩きこまなくてはならない。
だがそんな力は残っていない。
術色の発動が限界値。解憶も魂覚も使ってしまえばこちらが終わる。
やはり、
『民の声を直接体に流し込めば何倍、いえ何十倍もの力を瞬時に手に入れることができるのです』
そうせざるを得ないのか？結局は立場を逆転できるわけもなく、彼の舞台装置として動くしかないのか？
そんなのお断りだ。
力を込めた剣を振るう。飛び散る鮮血。再び引き金が引かれる。
だが、それはもう見ている──────
こちらに向かう攻撃、されどこちらはその背後に回る。
「ガラゥ──────！」
刺突。根元まで入らない。それを判断し瞬時に剣を抜く。力を入れられれば抜けなくなると判断したからだ。
そしてもう一つ理解した。
必殺中に受けた傷を引き金にすることはできないらしい。
だがそれがいつまで続くか──────
振り向きながらの攻撃が尚無鏡へ襲い掛かる。その攻撃をしゃがんで躱し、後退する。
狼の傷は浅い。切先を向ける。以前同様に螺旋が襲う。
そして再び、引き金が──────────
──────……引かれない。
カウンター前提で鬼将の背後に既に回っている。カチリという音が聞こえた気がした。
引き金は、今引かれたのだ──────
黒い大手が視界を覆う。
豪速の爪が尚無鏡の体を貫いた。
「か──────ハッ…！」
熱が走る。視界が揺らぐ。命の綱が解かれてゆく。まずい──────！
「…ああぁ─────────！」
体に残る力を放出するように剣を振り下ろす。
傷が入って鬼将が怯む。それが隙となり後方へ飛ぶ。
もうだめだ。
あの男の言った通りだ。このままでは勝てない。
「─────────」
いいだろう。
死なば諸共。
あんたの手の上で踊り狂おう───────
瞬間。
尚無鏡の体に光が現れ、宙に浮いてゆく。後ろで妖鬼と戦っている護衛や武弁がざわめく。
「お、おい。アイツ浮いてねぇか？」
「しかも光ってるぜ」
「もしや、いやそんなことあらへん。いや本当に…」
それは三人の仕いも目撃している。
「まさか……」
「いけません仙華様！」
魏君が察する。
「もしや、禁忌を犯してあの狼と共倒れする気か…！」
「そんな……」
宙の輝きが増していく。
その光は匠歩国の全ての民に注ぎ込まれ、傷が癒え、力が底より湧いて来る。
民はそれを実感する。
「聞け！」
空間が揺らぐ。
妖鬼の動きも止まり、民の動きも止まり、気絶していた聶情も目を覚ます。
「匠歩国の民よ。私、晄導仙華は国を民を救うべく、今この地に顕現した──────！」
宣告した後、彼女の纏っていた服は煌びやかに変化し、傷は全て癒え、溢れんばかりの力が心臓を震わせる。さらに背後に出でる光輪までもが。
まさに黄金。
今宵、匠歩国の上空にて、『晄導仙華』完全顕現。
「ああ、間違いあらへん！本物や！本物の晄導仙華や！」
秋河が光に向かって叫ぶ。それに続いて民達が声を上げる。
「仙人様がご降臨なさったぞ！」
「俺達の希望が、今ここに！」
「願いは、願いは届くんだ！証明されたんだ！」
そんな中、三人だけは茫然としている。
「仙華様……」
木煙は陳湛の肩に手を置いて話す。
「あれを倒すのには、もうこれしかなかったのだろう。どれだけ言ってももう戻ることはできない」
「──────」
◆
光琅の後ろで目覚めたばかりの聶情が言葉を零す。
「あれが、晄導仙華……」
同じ言葉が、光琅の中にもあった。
そして彼は全て結びついた。捨てられた自分を拾って助けてくれたのも、自分達に剣を教えてくれたのも、全て晄導仙華だったと。
洞窟で彼女に似ていると言った。まさか彼女がその本人だと誰が思うか。
そして、彼女はあの笛の音を聞いていた。
「あなたは、────────────」
◆
尚無鏡が両手を広げる。するとその両の手から光がヴェールのように民に降り注ぐ。
さらにその後方に光の玉が出現する。これは干渉が途切れぬようこの光の玉から供給が続けられるのだろう。
「私の力をあなた達に与えました。これであなた達も術色を使用できるようになります。皆さん！そちらの妖鬼達は任せます！私はあの狼を打ち取ります！」
「よっしゃあ！お前等！妖鬼を晄導仙華様の方へ近づけさせるな！」
「こちらは任せてください！」
「晄導仙華様！信じてますよ！」
尚無鏡は振り向いて民達に答える。
「今、あなた達の声を直接聞いてさらに大きな力が私に与えられました。この争乱は間もなく終わる！私を信じて、共にこの争乱に打ち勝ちましょう！」
