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148話 壁の向こう、集う将軍

 血の海の真ん中にある肉が、またも白い光に包まれていく。三度の死、そして三度目の復活が、尚無鏡シャンウージンに起きている。その度に、彼女の力は半減、晁薜チャオシュエとは懸け離れて言っている。

 アキレスと亀。それが進む度に半分の距離が縮まると言うのなら、この状況は全くの逆だと言えよう。


 刹那、パリン!と白く輝く殻は弾け飛び、三度目の復活をした尚無鏡シャンウージンが片膝を着いて姿を露わにした。白い道袍故に、服に着いた血が良く目立つ。


「このままでは、アナタはワタシに従う他ありませんが、どうしますか?」

「……そんなこと言っておきながら私を散々殺してさ…………仮に私が折れてあんたに協力するってなった時、力不足で困るのはあんたの方なんじゃないの?」


 尚無鏡シャンウージンがそう言うと、晁薜チャオシュエは血振りをした後にふっと鼻で笑い、


「それは違います。例えアナタの力がほんの数滴ほどしか無くなっても、あと一度しか使用できませんが、ワタシにはアナタの力をワタシと同等にまで引き上げる朱雀の特殊な力が備わっています。なので、今のアナタがどれほど地に向かっていようと関係ないのです。アナタがワタシに協力する意志を見せなければ、ワタシは何度でもアナタを殺します。それが千でも、万でも、億でも、兆でも京でも────────例え大数の彼方だとしても、ワタシは殺し続ける」


 瞬間、尚無鏡シャンウージンの体に一気に寒気が走った。

 彼の瞳の色は、まるで暗闇を切り裂くような篝火だと言うのに、こちらへ向けられた視線は大寒波に等しかった。


 だが、まだだ。まだ大丈夫だ。私はまだ負けていない。超えられない壁、未だ発動されない技の存在に絶望しただけで、この心が完全に折れたわけじゃない。この心が完全に屈しない限り、真に敗北することはない。


 そう強く言い、尚無鏡シャンウージンは足に力を入れて立ち上がった。

 彼女の行動に晁薜チャオシュエは一度たりとも表情を変えなかった。しかし、後の光景に晁薜チャオシュエは少しばかり目を見開いた。

 何故か。それは──────


「………随分と懐かしいですね」


 嘗ての愛剣を構える尚無鏡シャンウージンの姿が、晁薜チャオシュエの瞳に映ったからだ。





                  ◆





「くそっ!」


 あの圧倒的な戦いを見ていた木煙ムーイェンが、言葉を吐き捨てながら拳を壁にぶつけた。それを傍で見ていた魏君ウェイジュンが彼の肩に手を置いて一言言葉を掛けた。


木煙ムーイェン、落ち着け」

「落ち着いていられるか!僕達の前で、仙華様が何度も殺されているんだぞ!だというのに僕達はここで…………!」

「気持ちは痛いほどわかる。だが俺達にできることは、ここで仙華様の勝利を願うことだけなんだ」

「そうですね。私達は聶情ニエチンの張った結界すら破ることができなかった。感情に任せて無暗に突っ込んでも、却って仙華様の邪魔をしてしまうでしょうね」

「──────────」


 木煙ムーイェンは奥歯にぐっと力を入れる。その最中にも、尚無鏡シャンウージン晁薜チャオシュエが奏でる剣戟の音が辺りに響き渡っている。外壁が赤い結界。それを通してもわかるほどの火花と鮮血。

 金属が打ち合う音の合間に聞こえる肉を裂く音を聞く度に、陳湛チェンジャンの体はビクリと震える。

 そんな時だった。


「お前達、これはどういう状況だ」


 三人の後ろから、籠りながらも通った低い声が発せられた。それは活動区域の違いにより片手で数えられるほどしか聞いたことの無い声だったが、それが誰の声であるのかは瞬時に理解できた。


 勢いよく振り返る。後ろに立っていたのは、仮面を被り、更にその上から龍の頭蓋を被り、黒い外套を羽織った大男。トン将軍・燃微ランウェイだった。


「東将軍!?」

「何か騒がしいと思えば……何故尚無鏡(シャンウージン)晁薜チャオシュエは結界を張ってまで戦っているんだ?お前達、何か説明できるか?」


 いざ彼を目の前にすると、身長と龍の頭蓋によって途轍もない威圧感を感じる。だが眼前に立っているのは仙界を統治する四将軍の一人。この現状を正確に伝えることこそが、仙人の義務であろう。

 魏君ウェイジュンは一歩前へ出て、燃微ランウェイに状況を説明した。


「彼─────南将軍こと晁薜チャオシュエ様は仙界の禁忌を変えるべく、力をほとんど取り戻した仙華様……尚無鏡シャンウージン様を使って仙界を破壊し、新たに築き上げようとしているのです。それ故に、そんなやり方を許さない仙華様と対立し、今の状況に至りました」


 言い終わると、数瞬の間を空けて燃微ランウェイは「なるほど、感謝する」と呟いた。その後、燃微ランウェイは顎に手を当てて何かを考えている様子を見せる。外で剣戟が鳴り響く中こちらは沈黙。そして少しした後、その沈黙は破られた。されどそれは燃微ランウェイによるものではなかった。


「おそらく彼が狙っているのは、強い心意と似た過去を持った者同士の彩法調和だろうな」


 今度は上の方から声が聞こえた。声の響きからして、おそらく吹き抜けた二階の通路だろうと思い、ここに居た者は全員上の通路の方を見た。するとそこには、茶色の衣に身を包み、冕冠の宝玉を揺らしながら歩く者が居た。

 瞬刻、燃微ランウェイは彼の名を口にした。


雨晩ウーワン。何故ここに?」

「何故も何も、お前と同じ理由だよ燃微ランウェイ。外が騒がしくて出て見れば、赤い結界が柱のように立っていたから大急ぎで胡黎殿まで来ただけだ。だがおそらく、駟昧(あの女)は来ないぞ。こんな面倒な事にわざわざ首を突っ込むような性格じゃないからな」


 後ろに手を組みながら西シャー将軍・雨晩ウーワンはゆっくりと紅の階段を下りていく。そこに、何かを疑問に思った燃微ランウェイが彼に質問した。


「お前は先ほど、『強い心意と似た過去を持った者同士の彩法調和』と言っていたな?あれはどういうことだ?」

「何千年前に見たかは覚えてないが、そんなことが記述されていた書があった。晁薜チャオシュエ尚無鏡シャンウージンをわざわざ生かして利用するとなれば、それしか考えられない。それよりも聞きたいことがある。尚無鏡シャンウージンの武官、晁薜チャオシュエが仙界を破壊しようとしていると言っていたな?その動機は何だ?」


 今度は陳湛チェンジャンが一歩前へ出てそれを告げる。


「彼の動機は三千年前まで遡ります。彼は仙華様同様に人界で仙界の禁忌を犯し、更には死刑にされました。ですが彼は、朱雀の力によって転生し、こんな禁忌は間違っていると今の晁薜チャオシュエ様が野望を遂行させようとしているのです。将軍様方は、その三千年前に死刑となった仙人をご存じでしょうか?」


 陳湛チェンジャンの口から晁薜チャオシュエの動機を耳にした刹那、燃微ランウェイは仮面を龍の頭蓋でわからなかったが、雨晩ウーワンの表情が明らかに変化した。雨晩ウーワンは顔の半分を右手で覆いながら、溜め息交じりに言葉を出した。


「なるほど。晁薜チャオシュエは元からおかしな奴だと思っていたが、その正体が野望を抱えて転生したアイツだったとはな…………」

「アイツ………?」


 雨晩ウーワンの言葉に首を傾げる木煙ムーイェンに、燃微ランウェイがその三千年前の罪人の詳細を語った。


「ああ。その者の名は鐘逸舟ゾンイーゾウ。前南将軍で、尚無鏡シャンウージンが禁忌を犯す二千年前に禁忌を犯した者、この仙界で初めて裁かれた仙人だ」

鐘逸舟ゾンイーゾウ………耳にしたことがない名前ですね」

「君達は仕方ないだろうな。アイツの処刑が終わった後、仙界ではその名を呼んではならないみたいな雰囲気だったからな。だからそれ以降に召喚された仙人が鐘逸舟ゾンイーゾウの名を聞いたことが無いのは無理もないことだ」


 そう言いながら、雨晩ウーワンは前へ歩き出して壁の穴の方へ行く。先に見える戦いを見ながら、言葉を続ける。


「そう考えると、転生する前とした後では随分性格が異なるな」

「それはそうだろう。禁忌を犯してまで救おうとした民が救えなかったのだからな。だから破壊と再建を目論んだ。それ故に、似た運命を辿ったとは言え、奴と尚無鏡シャンウージンは全くの別人だということが決定付けられた」


 瞬間、一際高い音が鳴り響く。一同は視界を凝らすと、晁薜チャオシュエによって尚無鏡シャンウージンの黒い剣が砕かれている様子が映り、同時に三度目の死を目の当たりにした。


「仙華様!」

「将軍……この状況、なんとかならないですか?」


 少しばかり震えている陳湛チェンジャンの声に、燃微ランウェイは首を横に振った。


「すまないが、我々にもあの結界はどうすることもできない。あれは最上位の結界。我々の力で破壊することはおろか、四大霊獣の力を駆使しても入り込むことは不可能だ。ただ、それは同次元に存在する者を拒絶するだけの能力。別の次元…………人界や死界からであれば干渉することはできるが、そんな芸当ができる味方は俺が知る限りどこを探しても居ないだろう」


 刹那、ふと気持ちが湧き出てきた。

 否、居る。そんな芸当ができてしまいかねない味方が一人居る。いや、正しくは『居た』だろう。そんな彼の心臓は、晁薜チャオシュエによって完全に灰と化しているのだ。だが、彼がそう簡単に死ぬだろうか。創造の鬼将となった彼が、千年間仙華様を思い続けた彼が、こんな状況で駆け付けないはずがない。

 何の証明もない。されど、奥から確信めいたものが込み上げてきた。そして言った。


「いいえ東将軍。一人……たった一人だけ、そんなことができる味方が、一人だけ居ます」


 頬に何かが走った。

 陳湛チェンジャンは無意識の内に、瞼から涙が零れ落ちていた。

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