129話 賭けた戦い、黄金の輝き
札に映った少女・干将莫邪からの誘いに、尚無鏡達はこれから起こるであろう事を巍儀芳に言って、食事を途中で終えて以前常詩が釣りをしていた橋の方へやってきた。そこには既に、干将莫邪と湛慮の姿があった。
「次は君達なのかい?」
「あら、勘違いしないでくださる?今日はその為に来たんじゃないんですわよ」
光琅の言葉を干将莫邪が否定し、その横に居る湛慮が懐から札を取り出しながら前に出る。
「干将莫邪様の仰る通り、本日は宝刃戯派の盟主・軒轅様のお言葉をお持ちいたしました」
「軒轅だって!?」
一同が驚愕するその時、湛慮は手に持っていた札を宙に放り投げる。すると札は肥大化し、それはまるでホログラムモニターのように展開された。その黒い四角は徐々に砂嵐となっていき、その奥に一人の男の影が映し出された。
その容姿は、髪は白く、細身の中年のように見える。彼が──────
『やあ諸君。私が軒轅だ。早速だが尚無鏡君、君を決闘の場に招待したい。君もそろそろ、私に会いたくなっているのではないかね?ならば、正々堂々と戦って決着をつけようではないか。君の得意な剣で…………』
瞬間、陳湛と木煙が軒轅へ言葉を投げる。
「ふざけるのもいい加減にしてください」
「そうだ!そんな──────」
『そんな身勝手な要求は吞めるはずがない…………君達はそう思っている。しかし、当の尚無鏡君、そして後ろに並んでいる崩星君の心は揺らいでいるのではないかな?では、最後の一押しを行こう。赤霄君は、現在私の手の内にある。魔剣から解放し、救ってやりたいのではないかね?ならば、君の持つ宝剣を賭けたまえ。君との決闘に相応しい舞台を用意しているよ』
刹那、札は役目を終えたように、軒轅を映していた札は元の大きさに戻り再び湛慮の手許へと誘われた。そして今度はそれを自身の後方へ放り、扉のようなゲートを出現させた。
体の向きをくるりと変え、踊るように干将莫邪はゲートへと入って行く。湛慮も向きを変えて肩越しに振り向きながら「ご案内いたします」と告げて、後を追うように入って行った。
一同の足は止まっている。さざ波の音が耳に何の壁もなく入ってくる。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?もしかしたら、罠かもしれない」
「だが、ここは行くしかないだろう。赤霄…………いや聶情が捕まっていると言うのだからな」
「だけど、それも真実とは限らないだろ!?」
「それが嘘でもホントでも、関係ない。何が待っていようと、受け止めて勝つだけだよ」
「師匠の言う通りだ。あいつを倒せる機会が目の前にあるのなら、行かない手はない」
「そうですね。ですが、仙華様が持っている宝剣はどうしましょう」
「そうだね………一応、陳湛に渡しとくよ。私に何かあってもいいように──────じゃあ皆、行こうか」
頷く。尚無鏡は宝剣を空の右手に出現させ、それを陳湛へと渡す。それぞれがゲートへ入って行く中で、この二人は最後にこのゲートを潜り抜けた。
真っ白に支配されていた視界が一気に開ける。目の前には闘技場のような物が聳え立っていた。既に三人はそこに居たが、干将莫邪と湛慮の姿はどこにもなかった。前の三人と同じように、建造物を見上げる。
「こ、これは…………」
瞬刻、その先から反響した声が響き渡ってきた。
「ようこそ、尚無鏡君」
「軒轅!彼は今どこに居るの!」
「それは、君が私に勝利した時に報酬として教えてあげよう」
「ふざけたことを………貴様、何様のつもりだ!」
「貴様等こそ…誰に向かって口を利いている!?」
魏君の発言に覆い被さるように、軒轅も強い言葉を発し、続ける。
「まだわからないのか?私は君達に施してやっているのだ。本来なら存在するはずのない、私との対戦の機会を──────宝剣は、そこの小姑娘が持ってきているようだね……さぁ上がってきたまえ。相手になってやろう」
どうやら奴には宝剣を所持している者が誰か判るらしい。その恐ろしい観察眼、いや研ぎ澄まされた感覚は只者ではないと心が言っている。
尚無鏡は足を前へ出し、皆の前に体を出す。
「それじゃあ、行って来る」
「…………お気を付けて」
◆
闘技場内部。
真ん中の広いエリアには正方形の舞台が用意されており、その周りを観客席が囲んでいる。対角線上に存在している入場口から、尚無鏡と軒轅が同時に姿を現した。その様子を、光琅等は観客席から眺めていた。
「気になる………」
「何がです?」
「軒轅だよ。何故今になって、仙華様と一対一でやり合う気になったんだろうってさ」
「それは確かに気になりますね。もしかすれば、彼には宝剣の回収とはまた違った目的があるのではないでしょうか」
「それはあり得るね。それにしてもあの軒轅……オレの目を以ってしても、黒い煙のように真っ黒で何も見えない。師匠が勝利するのが一番いいけど、念には念、それまでに奴の正体を探ってやる」
光琅が決意するその上で、何の緊張感の欠片もない声が響く。
「さ、叔父様。楽しませていただきますわ」
「お前わかっているのか!?お前だって、あの軒轅とかいうヤツに操られているんだぞ!?いいか?承影や太阿達が持っていた魔剣は──────」
偽物だと、木煙が言おうとした瞬間、干将莫邪は腹を抱えて大笑いを始めた。その笑いは闘技場に反響し、高い音は耳の奥で乱反射するほどに。
「わかってないのはあなた達の方ですわ。わたくしはあいつ等とは違うんですもの。ほら、そろそろ始まりますわよ」
そう奥の舞台の方を指差した。舞台の上では、尚無鏡と軒轅の二人が睨み合いながら初期位置に就いた。目には見えないが、目線の交わりという無彩色の剣戟が行われているに違いない。
尚無鏡は一度ゆっくりと目を閉じて、何もない右手に光琅が弓を改造して創った黒い細剣を出現させた。ビュッ!っと空を斬ると同時に、決意が漲った両目を勢いよく開けた。
一方で、軒轅は背中に背負った武器を取り出す様子を見せずに何か語り出す。
「しかし、つくづく愚かだったな……承影君等は。最後まで信じていたのだろう?仙人というくびきから人間を解放するべく、空の魔剣を完成させるために動いているのだと──────全て、嘘だよ」
「何!?」
「理想を掲げておけば、愚か者共はいくらでも利用できる。真の目的は他でもない……世界ではなく私のための、ただ一つの究極の魔剣を作ることだ。それも完成間近。全ては私の計算通りに動いてくれた。赤霄君も、そして君達もだ。究極の魔剣の完成のため、私は世界中から宝剣を集め、あらゆる戦闘記録を収集してきた。だが、君達ほど良い記録を提供してくれる素材は、存在しなかったよ」
奥歯を砕かんとする力で食いしばる。後方の観客席から、そして自分の口から、軒轅に対する怒りが飛び出た。
「狂っています………っ!」
「貴様、人を……死者を何だと思っているんだ!」
「あんたなんかのために……彼等は死界から呼び起こされ、記憶を書き換えて駒にしたと言うの!?」
対し、軒轅は変わらない調子で言葉を返す。
「ふふ……彼等が既に死者であるというところまで知るとは大した物だ。だがね、私はそこまで薄情ではない、感謝しているのだよ」
「許せない。これ以上、あんたの思い通りには絶対にさせない!」
刹那、その叫びと共に衝撃波が舞台に巻き起こる。されど、軒轅は眉一つすら動かすことはなかった。まるで既に己は神に位置しているように、ピクリとも動かなかった。
「それでは、始めようか──────」
軒轅はそう呟くと、右腕を上げて背負った武器に手を掛ける。瞬間、彼の武器はスルリと滑り、姿を現した。
それは一言で言えば黄金そのものだった。剣身も、鍔も、柄も、柄頭も。全てが黄金で構成されており、まるで昼間に昇る太陽が目の前に顕現しているのかと思えるほどに眩しかった。そして、途轍もないほどのオーラが体の隅々から感じられる。
尚無鏡は眼前の敵を睨みながらゴクリと喉を鳴らした。
「─────『軒轅』の試験的運用と、完成への儀式をッ」