12話 紅白の剣戟、互角の蛇
尚無鏡は彼女の名を叫び、光琅の手を取って光へ向かって走り出す。
「助けに来てくれたの!?」
「もちろんです。私はあなたの武官ですので」
「でもどうしてここが……?」
陳湛は入口の淵に視線を向け説明する。
「明らかに不自然な岩山がありましたので、辺りを調べていたら笛の音が聞こえてきたのであなた方が中に居るのがわかりました」
周りを見ると私達を襲ってきた岩が散らばっている。
彼女は範囲術で風を生み出せるので、『破壊』ではなく『退かす』を行ったのだろう。表に居る以上どれを退かすか選別でき、洞窟が崩落する可能性も低くなる。
その数多の岩からとても不吉な気配が漂っている。もしかすればあの無限に繰り返す洞窟はこの岩のせいなのか………?
「それと二人に話さなければならないことがあります」
陳湛は視線をこちらに戻す。
「あなた達は北源と聶情を探しにこの森に来たのですよね?」
「そう。でも二人はまだ見つかっていなくて……」
「ここに来る前に、浴場で箱に詰められた聶情を発見しました」
「なんだって!?」
驚愕が森に響く。
陳湛は話を続ける。
「聶情は現在は休んでおります。宮廷の皆も安心はしましたが、まだ北源は見つかっておらず、それなら森に入って行った聶情は一体何なのかもまだわかっておりません」
「その北源とやらは─────この幼子のことですか?」
瞬間。
知らない声が我々の耳に届いた。
一斉に声のした方を向くと、そこには笠を被り、赤い服と赤い布を羽織った長身の者が、気絶している北源を脇に抱えているのが目に入る。
笠の下、顔を覆っている赤い布のせいで顔は確認できない。
陳湛は尋ねる。
「あなたは、何者ですか…」
「ワタシが何者であるかは重要ではありません。この場で最も重要な者は尚無鏡、アナタなのですから」
「私?」
赤い長身は脇に抱えていた北源の帯を掴んで前に出す。
「尚無鏡だけと話がしたい。故にそれ以外の二人はこの森から出て行ってください。それを飲んでくれるのであれば、この幼子を返しましょう」
「─────────無鏡様……」
陳湛はこちらに顔を向ける。
だが、答えは既に決まっている。
「わかった。陳湛、光琅と北源を連れて宮廷に戻って。私なら大丈夫だから」
答えを聞いた赤い長身は北源をこちらに放り投げてきた。
宙に放たれた北源に向かって陳湛は優しく扇を振るった。風は優しく北源を包み込み、振ってきた北源を優しく抱きかかえる。
「師匠……」
尚無鏡は振り返らず、言葉だけを弟子に返した。
「光琅、陳湛の言うことをちゃんと聞いて動いて。北源をよろしくね」
「──────どうか、御無事で」
光琅はそう言って三人は宮廷の方へと向かっていった。
「ようやく二人きりですね、晄導仙華」
「私のことは知っているようね」
ということは仙界の者か?
だとしたら何の用なのだ。
刹那──────
「!─────────」
迫ってきた赤い長身はどこから出したのか、剣を勢いよく振るってきた。だが、こちらは既に警戒していた故、不意を突いたであろう初撃は防ぐ。
服も赤ければ剣も赤いのか。
「話したいことがあるってのは嘘なの!?」
鍔迫り合う中で長身に聞く。
「いいえ。アナタに話すことはあります。ですが、今ではありません」
力強く押し、ほどほどの間合いを確保される。
あの時間でわかったことが一つ。この長身は剣に長けている。故に油断すれば終わる。
「フ───────ッ」
今度はこちらから間合いを詰める。
細剣の切先は赤い長身の喉元を捉える。されど、赤い剣の横槍、細剣の剣身を弾く。
蛇と蛇。噛みつこうと伸びた体を他の蛇が噛みつく。刺突は流され、その隙を逃さんと剣が迫る。
が。
「───────」
キィィンと高い音が響く。
抜きつ抜かれつ。油断した蛇の腹をこちらが噛む。
細剣と言えど、これはただの細剣ではない。強度と重さは片手剣相当。推測が間違っていない限り、あちらの赤い剣は少し幅のある片手剣だ。こちらの細剣でも力負けはしない。
技量勝負。
「ほう……」
「ハ───────」
幾度もの閃光。烈火。
弾かれた勢いを利用して体を捻じる。
瞬間、
「何──────」
赤い長身の視界が傾いた。
尚無鏡は剣戟の最中に足を払ったのだ。長身は回転で勢いを付けた剣を振るって来ると察したのだろう。
それが常識、故の罠。最初の鍔迫り合いでわかったからできた罠。
バランスを崩した赤い長身を目掛け細剣が振り下ろされる。
しかし、それは逸らされた。空である左手を軸に右足で振るわれた細剣を蹴り飛ばしたのだ。
「なっ!」
そのままの勢いで尚無鏡の顔へ剣が迫る。
重心を後ろに、顔を捉えた剣は空振りとなった。尚無鏡はそのまま後方倒立回転跳びを行い、距離を離す。着地を当時に切先を目前に向ける。
術色・緋。
炎の光線が長身目掛け放出される。命中度重視であれば初速は亜音速程度、だが尚無鏡が放ったものは妖鬼の大群に放った螺旋の比ではないほど細く速い。
威力重視の超音速。対物ライフルの弾速に比例する。
だが、それを躱した。正確には翻る袖には命中している。肝心な体には当たっていない。光線故、切先から出続けるので向きを変えれば光線もそちらを向く。
けれどそれを当てるのは至難。
超音速を躱した者にこの軌道攻撃は通じない。尚無鏡は術色を解除し、迎撃態勢に入る。瞬き二回分の時間が経過したその時には剣で防いでいた。
圧倒的な速度。
平凡な民には追うことができない剣戟。互いに好機を譲らず、距離を離したとて瞬時に詰められ、剣の打つ音が響き火花が散るだけ。
尚無鏡は暫く術色の使用を制限しなければならない。
剣を討つ度に、自身の体力がどんどんと落ちていくのが感じられたからだ。おそらく奴の握っている剣には、相手の体力を消耗させるような能力が備わっているのだろう。仮に備わっていた場合、奴の剣の装位は『獄』以上という事か。あの剣に触れたくは無いが、そうしなければこちらがやられる。
何者なのか。その前にこの状況どうするかだ。
現在の自分の手札を確認する。
今の尚無鏡に残された手は『コレ』と『もう一つ』だけ。
「解憶・樂蓮─────!」