11話 闇をかき消す光、響く笛の音
「そう言われれば、確かに似てる…のかな?」
揺れる炎を挟んで、尚無鏡は光琅の顔へと視線を向ける。
洞窟に閉じ込められてからどれくらいの時間が経過したか。
それを確認することはないので、どう足掻いても知ることはできない。
ただ、結構な時間は経っている筈だ。
宮廷を飛び出してから、ざっと一刻は経っているだろう。
洞窟を通る風。
それに当たった光琅は体を震わせくしゃみをする。
暖を取るのに松明の火だけでは流石に限界がすぐ来てしまうようだ。
「光琅、これかけて」
そう言って、尚無鏡は自分の来ていた上着を一枚脱いで光琅の肩にかけた。
「ありがとうございます」
「流石にずっと洞窟に居ると冷えるからね。松明だけじゃ暖を取り切れない」
奇跡でも使ってやりたいが、術色以外のものを露わにしてしまえば自分が仙人であるとバレる可能性が大いにある。
ああ。
とても原始的なやり方があるじゃないか。
そう思考が走り、尚無鏡は光琅の隣へと移動し、密着して座る。
「へ──────!?」
「ごめんね。これが今は一番かなって。嫌なら言ってくれていいからね」
「───────────」
私自身抵抗は無い。
彼が成人を超えていた場合、多少躊躇いはあっただろうけど彼はまだ子供だ。
ふと、彼の口が開く。
「師匠。仙人でもこの状況を覆せると思いますか?」
「思わないよ」
即答。
思っていなかったのか、光琅は少し驚いた顔をした。
「それは……どうして」
「だって仙人って信徒の見えないところで応える者だと思ってるの。目の前で色々やってしまったら、その人が仙人だってバレちゃうし、皆が皆仙人に頼りきりになっちゃうと思うの。まぁ、一人だったら行けると思うけど」
「確かに自分が仙人であるって言っている人なんて居ませんし、それにバレると沢山問題が出てきてしまうのか…仙人も大変なんですね」
「大変だと思うよ。だって仙人になるのでさえ大変なのに、なってからも信徒に応え続けて、多分休む暇ないよね。でも、それでも救いたい人達が居る。そういう気持ちが強い人が仙人になるんだって信じてる。光琅は仙人になりたい?」
「オレは──────」
少年は口ごもる。
守りたいものがあっても、それを守りながら他の何かも貫き通さなければならないまた別の力も必要。
そして相当な覚悟も必要。
仙人は死なないとはいえ、それ同等のものを受ければ一度体は消失する。暫くすれば体は元に戻るが、力は少々失ってしまう。
「──────オレは、仙人になりたいです」
□
オレがまだ一歳の頃、親に捨てられた。
今でもそれは覚えている。
曇天の寒空だった。
雪は降らず、ただ冷たい風が吹く。
ただただ痛かった。
その痛覚を覆う様に、激しい睡魔がオレを襲ってきた。
抗う術はなく、落ちる瞼にただ従うしかなかった。
それほど体に力が入らなかったのだから。
されど──────
土に消え失せる体が宙へと浮いた。
別に本当に宙に浮いたのではなく、誰かに抱えられたのだ。
意識は朦朧としていて、顔まではよく見えなかった。
だが女であることは理解できた。
彼女の雰囲気はまるで晄導仙華のようだった。
けれどそれは雰囲気だけだろう。仙人が人間に干渉することは無いのだから。
揺れる。
彼女はオレを抱えたままどこへ行くというのだろうか。
変わらない曇天。
光一筋も漏れることなく。
暫くして雪が降ってきた。
雪は頬へと落ち、じんわりと溶けてゆく。
そして彼女は門前に居る人達の前で足を止めた。
どこだろうか。
意識を維持するのにも限界が来る。
故に何を話しているのかわからない。
意識が沈みかけたその時、ある一言がオレの中で響き渡り、その直後闇に沈んだ。
「爸爸!おれ、弟が欲しい────────────」
あれ以来、彼女の姿を見たことが無い。
でも、オレを拾ってくれた彼女と師匠の雰囲気はすごく似ていた。
故にオレは晄導仙華と師匠の雰囲気が似ていると感じた。
そしてオレはその日以来、人を助けることをしたいと思った。
だから──────
□
「──────オレは、仙人になりたいです」
光琅の目からは覚悟か伝わってきた。
万人を救いたいという気持ちが宿っている。
「そっか。それなら私も光琅が仙人になれるようにビシバシと稽古しちゃおっかな~」
「休憩は多めで……」
「甘えない」
そんな話をしていると疲れのせいなのかだんだんと瞼が重くなっていき、尚無鏡はあくびをして目に涙を浮かべた。
まずいな。
このまま寝てしまったら何が起こるかわからない。
吹き抜ける風は冷たく、運悪ければ松明の火も消えてしまう。
それだけじゃない。
妖鬼が奇襲でも仕掛けてくれば、一手遅れてしまうことになり、突破できるとはいえ私も光琅も無事ではないだろう。
「師匠、寝ちゃダメです!」
弟子の声と揺さぶりで少し目が覚める。
されど状況は逆転せず──────
ふと、尚無鏡が呟く。
「そうだ光琅、笛持ってきてたよね?私が眠らないように一曲頼むよ」
光琅はそう言われ、巾着から笛を取り出した。
穴が三つの竹笛。
近くで見たことは無かったので、その竹笛が結構使い古されているのか小さなキズが多く目立つ。
光琅は息を吸って、笛を口に当てる。
「───────────」
薄暗い洞窟に笛の音が響き渡る。
その音色に、私の心、いや魂が振るわれる。
それぐらい力強い音なのか、音楽を聴いてこのような感覚になるのは初めてのことだった。
「───────────」
燃え盛る炎のように。
地を照らす陽光のように。
熱と感情の籠った笛の音。
だが決して笛の音が強いわけではない。
音自体は優しく、柔らかく、美しく、激しさなどは微塵もない。
「───────────」
一つの音から数多の声が聞こえてくる。
まるで人界の民達が仙人へ祈りを捧げているかのような。
そんな情景を感じるような壮大な音色。
その正体が一つの竹笛から出ているだなんて、他の人に言っても信じてもらえないだろう。
「───────────」
先ほどまで落ちかかっていた瞼はすっかりと上がり切っている。
まさか笛の音で目が本当に覚めるとは思わなかった。
光琅が息継ぎをして、再び口に当てようとした時だった。ドォォン!という爆発音が響き渡り、体を貫通するかのような強い風が我々を襲う。
砂交じりの風。
目に入らぬよう袖で防ぐ。
数秒後に強風は止み、袖に支配されていた視界を戻す。
戻すと奥に光が一つあり、その中央に影がポツンと置いてある。
すると、その影から安堵する声が響き渡った。
「助けに来ました。無事ですか?」
「陳湛──────!」