10話 廻る暗闇、無限の洞窟
洞窟へと駆け込む。
入ってから2秒も経たずして、洞窟の入り口は岩の大群によって塞がってしまった。
「はぁ…は、はぁ──────」
「はぁはぁ、は」
互いに切らした息を必死に整える。
整えるのに必死になって気付くのが遅くなったが、辺りに光はほとんど無い。仙人である私は人間より多少見える程度だが、自由に動けるほど見える訳でも状況を完全に把握できる訳でもない。
つまり、人間はこれより酷く、手探りでないとまともに動くことができないということ。
どうにか明かりを確保したいところだが──────
そうだ。
「光琅、何か持ってきてない?」
「ええっと……」
光琅は腰に掛けている巾着から物を出していく。
包帯、笛、そして包子が二つ。
尚無鏡はある事をひらめく。
周りに落ちている太い木の枝の先端に光琅が持っていた包帯を巻き付ける。そして私が何日か前に借りた精油を垂らし、そこに指先から放出された火球で─────
「おお!」
ボォっと燃え上がり、辺りが紺色から橙色へ染め上げた。素材は松や竹ではないが松明と名乗っておこう。
周りが照らされて、わかったことがある。それを確認し、尚無鏡は光琅へ言葉を掛ける。
「これで明かりが確保できたね。立てる?一緒に奥に進もう」
光琅はきょとんとした顔で尚無鏡を見上げ、
「師匠……」
と呼びかける。
「どうしたの?」
「師匠の炎で、入り口の岩を壊せないんですか?」
「壊せるけど、これは無理だね」
「どうしてです?」
すると、尚無鏡は松明を入口の方へ向けた。
「見て。転がってきた岩が入り口に完全にめり込んでる。下手に動かしたり衝撃を与えたりすると、この洞窟も崩れる可能性がある」
仙人である自分は酷くて重症で収まるが、人間の、さらに加えて子供である光琅はほぼ確実に潰される。仮に助けたとしても、死んだ方がマシとなる可能性がある。
「そうですね……小石もパラパラと落ちてきてるし、何もしなくても崩れそうですね」
「行こう。私から離れたらダメだからね」
◆
暫く壁を手に当てながら、一つの松明を頼りに奥へと進む。
特に敵らしき者も居ない。
どのくらい歩いたのだろう。半刻はまだ経っていない筈だ。何も景色の変わらない場所を歩くだけで、感覚が少々麻痺してくる。
私が少し参る程度だ。光琅はもっと──────
瞬間、尚無鏡はある事をひらめく。
「そうだ。光琅、休憩がてら包子食べようよ」
光琅も今まで頭には無かったのだろう、そういえばという顔をしながら巾着の中を漁って包子を二つ取り出す。
「師匠どうぞ。結構冷めちゃってますけど…」
「別に気にしないよ。気分転換ができればそれでいいよ」
そう言いながら口に運ぶ。
確かに味と共に冷たさが運ばれてくる。とはいえこれはこれで美味しい。食べるならいつもホカホカの包子を頬張っている。
いつもと違う、というのもまた気分転換の一つ。
二人は包子を平らげ、再び奥へと進んで行く。
特に分かれ道も無く、ただ真っ直ぐな洞窟。
すると、
「師匠」
「どうしたの?」
「少し前から思っていたのですが……この洞窟、少し長すぎません?」
言われてみれば確かに。
敵に注意を払うことに集中していたが故それに気付くことができなかった。
尚無鏡は口を開く。
「まさか、同じところを歩いてる訳じゃないよね?」
「流石にあり得ません!そんな現象、聞いたことも見たことも無い」
「それじゃあこうしよう」
すると尚無鏡は袖の中にある精油を取り出す。
「ずっと思ってましたが、なんで袖に精油なんか隠してるんですか?」
「えっと……あとで返そうって思ってたんだけど忘れてて、えへへへ」
光琅は溜め息をつく。
洞窟故、溜め息が反響する。
瞬間。
手に持った精油の瓶を地面に落とした。
ガシャン!という音は溜め息以上に反響し、耳を塞ぎたくなる程だった。
「師匠?一体何を……?」
「光琅!そこで待ってて!絶対に動かないでね!」
弟子の疑問に答える間もなく、尚無鏡は前方へ走って行った。
暫くすると彼女が走って行った方向と逆の方向から足音が聞こえてきた。
その音の正体は、紛れもない尚無鏡であった。
「はぁ、はぁ──────光琅、そしてこの香り…ってことは、そういうことかぁ……」
息を整えた尚無鏡はこの事実を弟子に告げる。
「光琅、薄々気付いてると思うんだけど……今私達がいるこの洞窟。どういう原理かはわからないけど、同じところを歩かされている。その証拠に後ろにあるはずのさっき割った精油の瓶、そして光琅本人が前に居るんだから──────」
「そんな………」
この後何度も行ったり来たりを繰り返したが、結果は変わることは無かった。
尚無鏡はこの現象に頭を走らせる。自然からなる現象じゃないのは先刻承知。
ならば妖鬼の仕業か──────。
だが、これを妖鬼ができるとは思えない。
奴等にはこれほどの力は無い筈だ。となれば誰が────
「まさか……」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない……ただの思い違いだから気にしないで」
仙人が干渉している?
それならば、このような奇妙な現象が起こっても不思議ではない。
ただ問題がある。それは誰で、どんな動機かだ。
私は他の仙人に何かちょっかいを掛けたりなんてしてないし、誰かを蹴落としたりなんてのもしていない。
知らない内に恨みを買っているかもしれないけれど、とにかく私は何もしていない。
とはいえ、この状況をどう突破するか。
◆
二人で模索したが、結局答えに行きつくことは無かった。
北源と聶情はどうなっているのだろうか。
それを確認する術はなく、それよりもまず自分たちの状況を何とかしなくてはならない。
ただ過ぎる時間。
ふと、光琅が呟いた。
「師匠って、晄導仙華に似てますよね……」
そんなことをいきなり言われたのだから、生唾が気管に入って咽てしまった。
「ゲホッ、ケホ──────いきなりどうしたのさ」
「いや…なんとなく、です。いつもは稽古に集中していてあまり顔とか見る機会が無かったですし」
「暇だからって人の顔まじまじと見ないでよ……」
そう言われ顔に少々熱が走る。
「そんなに顔似てるかな?」
「すごく似てる、というか雰囲気がとても」
威厳というものは顔にも出てしまうものなのか。
「それと、オレ達を導いてくれるところとかもよく似ている」
「──────」
「宮廷はいつも忙しくて、自分達のような子供の相手をする暇はあまりない。あっても座学を教えるぐらいで剣の修行なんて教えてもらえない。そんなある日、師匠がオレ達の前に現れた。どういった経緯で出会ったのかは掠れているけれど、師匠はオレ達に光を与えてくれた。そこが晄導仙華と重なって、似てるなって思ったんです」