2.
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ノエルは、びっくりするくらいの美幼児だった。艶やかなピンクゴールドの髪に碧色の瞳。成長したらどうなっちゃうの!? って心配しちゃうくらいには美しくて、ノエルの周りは光がキラキラしていた。
なのに、今にも倒れそうってくらいに顔が真っ白で、普通に振る舞っているものの熱があるみたいにどこかぼんやりしていて、それがまた儚く見えた。
「なぁ、具合悪いの? なんでそんなに無理してんの。あっちで座ろうよ」
あまりの美っぷりに後先考えずに声をかけてしまって、悲しそうに歪んだ顔を見て失敗したことにやっと気づいた。
「……僕、そんなに無理してるように見えますか」
「あ、いや、その」
「具合、悪くないです。問題ありません」
「んん~~~~(やっちまったなー)」
この時はまだ、この子が『ノエル』だって気づいてなかった。だってモブオブモブ(MOM)すぎて、ノエルの情報なんてノエル・フォルタンって名前と病気で死んだくらいしかなかったし。
後になって考えてみれば、きっと無理して出なくちゃいけない理由があって、具合が悪いって知られたくなかったのだろう。小さくても男だもの、わかるぜ。ノエルなりの意地があったに違いなかった。
それなのに初対面の良く知りもしない幼女に開口一番そんなことを言われて、良い気がするわけがない。
「私、レミ。おま……ン”ン”ッ、きみ、なんてなまえ?」
「……」
「あっち、日かげでお花もあって、すずしいぜ……よ。おやつもらっていこうぜ」
動揺して、付け焼刃の女児偽装が用をなさなくなってきた。
「ぜ……?」
「あーもぉ、めんどくせーなぁ。いいから、こっち!」
「わっ」
最終的に偽装が剥がれ落ちてしまい、どうでもよくなってきたので強引に引っ張って目的地へ向かった。
一通り探検を終えていた俺は、そこが休憩の穴場だと目をつけていたのだ。
「ま……って、いき、くるし」
「おわーーー!? ご、ごめん!!?」
早歩き程度の速度だったつもりだったので、ぜぇぜぇ息をしたノエルを見て、俺はパニックになった。
ノエルは俺より年下で、まだ小さい。一歩の長さが違うって、そこまで気が回らなかった。しかも具合悪かったのにな。
「だい、じょぶ……おっきなこえ、ださな、で」
「んっ、ごめ、ん。……こっち、すわろ」
「うん……」
今度はゆっくり手を引いた。その頃にはもうノエルのトゲトゲしさも減っていて、他人を寄せ付けないような壁は壊れかけていたようだった。まぁ、それどころじゃなかったんだろうな。
「ちょっと待ってろ」
ノエルを座らせて、少し先にあった噴水でハンカチを濡らした。木の下に座り込んだノエルを横たわらせて、おでこの上に乗せてやる。子供なりに頑張って絞ったけど、水がぽたぽた垂れてて、でもノエルは気持ちよさそうに目を閉じた。
「レミ、ちゃん?」
「んー? なんだ、おやつ食うか?」
「どうして、わかったんですか」
「手が熱かったから」
「そうじゃなくて……」
「なんだよ、ママ呼んでくるか?」
「マ……? 平気。少し、このままでいる」
「そーかよ」
座り込んだ傍らに、野花が咲いていた。少し離れてしっかり手入れされているであろう綺麗な花がいっぱいあったけど、俺はなぜかこっちの花しか覚えていない。
「ノエル、です」
「ん?」
「僕の、名前」
「そっか。よろしくな、ノエル」
もうすっかりいつも通りになっていた俺に、ノエルが不思議そうな視線を寄越してきたけれど、何も言わなかった。ぽつぽつと他愛ない話をして、ノエルのトゲが抜けきったころ、改めて聞いてみた。
「なぁ、どうして具合悪いのに来たんだ? 無理やり連れてこられたのか? 私がぶっとばそうか?」
「ぶ、え? 待ってください、ごかいです。僕が行くと言ったんです。だって、初めての交流会だから……行かなくちゃって思って」
「そっか」
「はい」
それなら仕方ないか。そう思って足元の芝生をぶちぶちと千切っていると、今度はノエルが質問をした。
「レミ、ちゃんは……初めてではないのですか?」
「なー、それやめん?」
「えっ」
「なんか、丁寧でかゆくなる。ふつーに、タメグチでいいんだけど」
「ため……? なんですか?」
「あーと、俺……じゃなかった、私みたいに、かんたん? に?」
困った顔をしたノエルは、意を決したようにもう一度言った。
「……ええと、交流会、初めてじゃないの?」
「ウン、2回目。私がこんなだから、2回に1回くらいしか連れてきてもらえないから。今日はトクベツな会だからって、連れてくるしかなかったみたいだ。……そっか、だからおまえも無理して来たんだな」
俺の言葉に納得がいったように頷いた。
「レミ、ちゃんは、どこに住んでるの?」
「んー? 王都のすぐ近く? ノエルは?」
「僕も、同じ」
「王都はさー、なんかいっぱい人がいるし、きらきらしてるし、すげーけどちょっと疲れる」
「うん、僕も」
「なー。でも、今日は当たりだった!」
「当たり?」
「そっ! だってさ、ノエルいたじゃん。ノエル、めっちゃきらきらしてて目がウッてなった! びっくりして、なんかめっちゃ見ちゃった。したらさ、なんかまっちろいし、でも誰もなんも言わねーし、女どもは自分の話ばっかだし。困ってるのかなって、つい、わ~ってなって、引っぱっちゃったんだ。ごめんな」
「ううん……」
ノエルは俺を見ながら、なんだかう~って顔をした。
「僕、も。僕も、今日は、当たり」
「わは。じゃー、一緒だな!」
「うん!」
その時の笑顔がギラッギラで、めちゃくちゃかわいかったんだよな。だからまさかノエルがあの『ノエル』だって気づいた時は、俺、死んじゃうんじゃないかってくらい心臓がズキズキと痛んだ。
「ノエル、フォルタン……?」
「そう、ここが僕の家。ようこそ、いらっしゃい、レミちゃん」
ノエル、フォルタン? お前が、ヒロインの幼馴染で、子供の頃に死んじゃうノエル?
「うそ、だろ」
「どうしたの、こっちだよ」
どうして? ノエルがノエル・フォルタンだなんて、俺はどうしたらいいんだ?
ノエルの家は家族仲が良くて、ノエルはたくさんの愛情を向けられていた。
体が弱くて外であまり遊ぶことのできないノエルを、家族はこれでもかと大切にしていたみたいだった。
ある日、約束した日にノエルの元を訪れると、ノエルは寝込んでいるのだと言われた。
不安になって、部屋まで入れて欲しいとお願いすると、ノエルの母は喜んで入れてくれた。
「熱があるけれどうつるものじゃないから大丈夫よ。レミちゃんがお見舞いに来てくれてノエルもきっと喜ぶわ。昨日なんて、レミちゃんと何しようって、ずっと楽しそうに悩んでいたから……」
広い部屋の中、一人で眠るノエルはどこか浮世離れして見えて、俺はノエルの手をぎゅっと掴んだ。
「ノエル……」
呼吸が浅くてとても具合が悪そうに見えた。血の気が引いたように白いのに身体は熱をもっていて、触れると熱があるとわかる。
どうしてノエルは身体が弱いんだろう。なんの病気なんだ?
「ノエルママ、ノエル、どんな病気なの……?」
俺が小さな声でそう零すと、ノエルの母が苦しそうな顔をした。
初めて会った日のことを思い出し、ああ、ノエルはママに似たんだなって、そんなことを思った。
「あっちで、少しお話をしましょうか」
「うん……」
願いを込めながら眠るノエルの頭を撫でて、そんな俺を眩しそうに見つめたノエルの母に付いて部屋を出る。
綺麗でとてもいい匂いのする部屋に案内されて、ジュースとお菓子をもらった。ソファに体をしずめると、ノエルの母が食べて、と言ってくれた。
「ここ、ノエルママの部屋……? 私、入ってへいき?」
「いいのよ。 どうして?」
「うちだと、ば……おかあさまが怒るから。大人の部屋は、子供はだめって」
「そう……」
痛ましそうな表情を隠すように、ノエルの母がお茶を飲む。
「レミちゃんとゆっくり静かにお話がしたかったの。このお部屋でもいいかしら」
「いいよ」
「ありがとう。……そうね、レミちゃんはとても鋭いから、きっと気づいているのね」
それが何を指しているのか、俺はわかっていた。でも、口に出せずに必死に飲みこむ。
「ノエルは、大きくなれないかもしれないの。このまま、少しずつ弱ってしまうと、お医者様に言われているわ」
そうだよ、知ってる。ノエルは死んでしまうんだ。嘘だ嘘だって思ったって、このままでは結末は変わらない。
彼女はその事実を受け入れたのだろう。そうでなければこんな子供にそうと告げられるはずもない。
「ノエルは、魔力器官の病気なの。……魔力器官はわかる?」
「魔力に必要なところでしょ?」
「そう。その魔力器官に障害があって、魔力がなくなってしまう病気よ。そうね、袋に詰めたものが穴から抜けて零れてしまうように、体に異常があって魔力が抜けて行ってしまうのよ。とても珍しい病気で、子供しかかからないの。なぜなら、皆、子供の頃に死んでしまうから……」
「みん、な」
魔力は、誰にでもあるわけじゃない。
魔力は魔力をコントロールするための器官を持つ者だけに宿る。それが『魔力器官』だ。
魔力器官を通して魔力が変換され、巡る。器官は生まれ持つ臓器みたいなものだから、それが壊れると身体にも異常をきたしてしまう。器官が壊れると、魔力は行き場を無くして、体を蝕むのだ。壊れたから交換しよう、という代物でもない。
ノエルはその魔力器官に問題があり、魔力が抜けて行ってしまうのだという。
魔力は生命力とつながっていて、魔力を持つ者にとって、例えば血液みたいなものだ。ない人間にはわからないだろうが、持って生まれた必要不可欠なものが失われるということは、命にかかわってしまうことがある。胃がなくなれば食事はできないし、声帯をなくせば声は出ない。心臓が止まれば死ぬ、つまり、そういうことだ。
ノエルは死ぬ。
わかっている。だってそういうゲームだった。他者から目の前に突き付けられると、これはゲームじゃなくて現実なんだって、頭をぶん殴られるような気がした。
「ノエルね、レミちゃんが大好きみたい。いつもレミちゃんとのことばかり話してくれるのよ。……もしレミちゃんが嫌じゃなかったら、こうして時々遊びにきてくれると嬉しいわ。ご両親には私からお願いしておくし、行き帰りのことも、こちらで用意するから心配いらないわ」
「わたし……」
「ごめんなさい……あなたに、辛い役目を負わせてしまうってわかっているの。それでも……それでもっ、ノエルには、少しでも楽しい思い出をいっぱい持たせてやりたい……っ」
ごめんなさい、ごめんなさいと言いながら、こらえきれないノエルの母は泣いた。
俺は俯きながら、スカートをぎゅっと握りしめることしかできなかった。でも、ノエルを見捨てる気になんて、絶対になれなかった。
むせび泣く大人の嗚咽って、こんなにも切ないものなのかと思った。
だって、大人は子供と違って簡単には泣かないから。母親が子供を想って泣く声が、こんなにも苦しいだなんて……俺の母親も、俺が死んだって知って泣いたのかな。
(ごめんな、俺はなんとか元気に生きてるよ。もう二度とは会えないけど、女手一つで育ててくれたかーさんのこと、ずっと忘れないからさ。だから、幸せでいてくれよな。まぁ、ねーちゃんは男を顔で選ぶところ、直せな)
あまりの切なさに、ノエルの母に前世の母の姿が重なって見えてしまった。
ネズ公がうまいこと匂わせてくれたならいいなって、この時、初めて思ったかもしれない。
自分の感情と、彼女の感情に締め付けられる胸を意味もなく何度か撫でて、俺は言った。
「……ノエルは、俺の弟分だし。俺は、ノエルより年上だから。俺が、ノエルのこと、ちゃんとめんどーみてやんねーといけないんだ」
俺の声に反応したノエルの母が、涙をぼろぼろ零しながら口元を押さえている。ノエルと同じ碧色の瞳が、まるで縋るように俺を見つめていた。
「俺はっ! いつか魔法剣士になるし! ノエルも、俺みたいになるって言ってた! いっしょに、いっしょに学校行くって約束したから、俺がちゃんと、ちゃんと引っぱってやんねーとだめなんだ! だから、ノエルが嫌がったってくるし、ノエルママの部屋だって、今度は二人で、また、入っちゃうかもなー!」
感情を抑えきれなくてぼろぼろ泣きながらへへって笑うと、ノエルの母が俺のことを抱きしめた。二人でわんわん泣いて、びっくりしたメイドさんとか執事さんだとかが何事かと慌ててやってきて、それでもかまわず俺たちは泣き続けた。
泣き疲れた俺はそのまま眠りこけて、夜中に目を覚まして現状を把握すると部屋を抜け出してノエルの元へ向かった。
部屋の中にはメイドさんがいてびっくりしてたけど、俺がしーって言いながら笑うと、優しく微笑み返してくれる。
いいな。ノエルんちは皆優しいし、誰も俺のことをバカだとかカスだとか言わないし、冷たい目で見ない。だからかな、ノエルもなんだかんだいつも俺に甘いんだ。
俺は止められないのをいいことに、ノエルのベッドに潜り込んで、ノエルの手を握った。手はまだ熱くて息も苦しそうだった。
よしよしって撫でてやって、一緒に眠る。誰かが側にきて顔を覗き込んだ気がしたけど、きっとメイドさんだろう。
次の日起きて、目を覚ましていたノエルと一緒に飯を食った。
「ノエル、無理して食わなくてもいいけど、少しくらいは食えよ。体力なくなるともっとしんどくなるんだからな」
かーちゃんに良く言われていたことを、今度は俺がノエルに言う。それがなんだか可笑しくて、前世は夢でも幻ではなく、今のこの時間も現実なのだなと思う。
「うん、がんばる」
「偉いぞ」
「えへへ」
褒めてやると嬉しそうに笑った。ノエルの笑顔の威力は底なしで、こいつが笑うと周りがキラキラして見える。イケメンの顔力ってすげぇな。
一生懸命食べたノエルは、そのままベッドに横になった。そうそう、安静にしないとな。
「うっかり泊まっちまったから、飯も食ったしお前が寝たら今日は帰る」
「…………うん」
「なんだよ、不満か?」
「……そうじゃない、けど」
「けど、なんだ? お見舞いだからな、お前のお願い一個聞いてやる。言ってみろよ」
大きな目をぱちぱちさせて、ノエルががばりと身を乗り出した。
「お願い、聞いてくれるの? 何でもいいの?」
「いいぜ。その代わりちゃんと寝て食って、そのうちまた剣士ごっこするんだぞ」
「うん!」
「ならちゃんとベッドで横になってろ。――んで、なんだ?」
願いを促すと、寝転んだノエルは困ったような、でも何かを一生懸命考えているような顔で、小さなかわいらしい口をぱくぱくと開いたり閉じたりする。
そんなに言いづらいことなのかと若干不安を感じた俺は、つい口を挟んでしまった。
「お、俺にできることだぞ?」
「うん……レミちゃんにしかできないこと、お願いしていい?」
「おう」
「あの、あのね……」
「うん」
「あのね、こうしてずっと、いっしょにいて。ずっと、手をつないでいて」
なんだか恥ずかしそうに言うので、俺まで照れそうになってしまった。
そっか、病気の時って心細くなるもんな。近くに人がいてくれると、それだけで嬉しいよな。
――なんて、本当は、お前も自分の時間が限られてるってこと、知っているのか?
わからない。けど、そんなちっぽけな願いをお前は俺にするのか。そっか。
「おう! もちろん!」
「本当!? 約束だよ」
「女に二言はねぇ、俺とお前の約束だ。ただし、条件がある」
「え、後出し? ずるい……」
「ずるくない! ちゃんと寝て食うこと! あと、今もだけど少しして落ち着いたらちゃんと歯を磨け。そのまま寝ると虫歯になったり、口ん中きったないからな! 口が臭くなって、女の子にも嫌われるからな」
「はをみが、く?」
「そうだぞ。魔力の勉強すればそのうち浄化魔法とか使えるだろうけど、今は使えないしな。自分でしっかり綺麗にしないと。虫歯菌はな、一度できるとずっとできるからな」
「うん、わかった」
「エライぞー」
聞き分けの良い返事が返ってきたので、ゴキゲンに頭をわしゃわしゃしてやったら、ノエルはきゃっきゃと喜んだ。へ、かわいいやつ。
歯についてはな、俺も少々うるさいからな。何しろ、姉・友里恵は歯科衛生士。毎日毎日、口酸っぱくご指導されていたのだ。
言われてみてよく観察してみると、確かに、ちゃんと歯を磨けているヤツって思ったよりもいない。学校で昼休みに欠かさず磨く子も見たけど、ほとんどが磨かないし、それよりゲームしたりマンガ読んだりSNS漁ったりする方が楽しいって言う。それも一理ある。
「いい、ユズ。歯はね、乳歯から生え変わったら、それを一生使い続けないといけないのよ。変わりはないの。インプラントだって、差し歯だって、本物にはなれない。それをしたら、ずっと煩わされて生きなきゃいけなくなるよ。あんた、40代で総入れ歯になりたいの? それ、マジで悲惨だからね。食後は歯を磨いて、飴やグミを食べたらせめて口をすすぐ。時々はフロスする。これだけでぜんっぜん違うんだから。言うこと聞かないなら、あんた、知らないよ」
いくらやんわり窘めてもびっくりするくらい歯を磨かないくせにタバコやカフェインを好む人の口がどれほどのものかとガン詰めされた時のことを思い出してしまって、ない金玉がヒュンってなった気がした。友里恵を怒らせるとヤバい。なんせ、黒帯だ。
その教えは、今の俺にもちゃんと沁みついて残っていた。それも、なんだか妙に嬉しかった。
だが、このせいで女子を見る目が厳しくなりキスすらできずに人生を終えてしまった俺は、今世こそはと静かな野望を抱いていることは誰にも秘密なのであった。余談すぎたか、そうか。みんな、ちゃんと意識して歯磨きしろよな。お幼女さんとの約束だぞ。
歯磨きをノエルと一緒に終えて、またくるぜーって言って、俺は家まで送ってもらった。
玄関で母親がなんか言いたそうにしてたけど、無視して自分の部屋に籠った。
長いので分割。次は少し短めです。
なるべく読みやすいように段落と改行多くしています。