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第1章 7.恩返し?  

 それから…


「さてと…、とりあえずあなたを家まで運びたいんだけど、()()()()()()が邪魔よね…。ごめんね、すぐ戻って来るからちょっと待っててね?」


 女性は一旦その場を離れると、十数分後に小走りで戻って来た。

 工具入れが付いた腰ベルトを装着している。


「危ないから動かないでじっとしててね?」


 女性はチロにそう声を掛けると、片手サイズの鋸を取り出して器用にも手枷の木枠を切り落としていく。

 チロはやっと不自由の状態から解放された。


「よし。じゃあ行きましょ」


 衰弱したチロを背負って女性が向かった先…、それはそこから10分ほど歩いた、森の中の一軒の小屋だった。

 見た目は継ぎ接ぎ建築のバラックのように見える。

 だが中は広さ6畳ほどの部屋が二つ…、ベッドにクローゼット、本棚、食器棚、竈、トイレ、水洗い場、物置小屋が完備されており、意外にも快適そうな住環境だ。

 特に注目すべきなのが、こんな森深くに電気など通っていないにもかかわらず、この小屋には電球がぶら下がっている。

 よく見ると、小屋の脇には蓄電器が設置されていた。

 さて、ここが女性の自宅のようである。


「とりあえず体を洗いましょ。あと怪我の治療も…。痛むだろうけど我慢してね?」


 女性はチロの汚れた体はもちろんのこと傷口も入念に洗うと、これまたテキパキと消毒をして包帯を巻いていく。

 なんと傷口の縫合までやって退けた。




 こうして一通り治療が済んだチロ。

 女性の肌着をワンピースのように着て、ちょこんとテーブルに座っていた。


(猫型の獣人の子か…、じゃあちょっと温めのホットミルクでいいかな。それにしてもこの子の格好…、ボロボロだけど、着ていた物自体は結構な高級品だったわね…。それでいてあの手枷……。愛玩用奴隷として、どこぞの金持ちに売られる寸前で逃げて来たってとこかしら? ここまで背負って連れて来た時も、痩せこけててとっても軽かった…。本当に命辛辛ここまで逃げて来たのね…可哀想に……)


 妙に観察眼が冴える女性。


「はい、どうぞ。召し上がれ」


 女性はチロのために作ったホットミルクを差し出す。

 しかし当のチロ…、ずっと俯いたままで女性に視線を合わせようともしない。

 というよりも、女性の視線から逃げていると言った方が良いか。


(どうしてわたしあんなひどいことしちゃったんだろう…。わたしを助けてくれたこんなにもいい人なのに……)


 チロは女性にした自身の蛮行を甚く後悔した。

 女性の腕に巻かれた包帯が、ちらちらと視界に映る度に良心が痛む。

 ましてや以前、セリーナに連れて行ってもらった街のカフェで大暴れをして、彼女から咎められたこともある。

 結果として、あの時から全く成長出来ていない自分に、チロは大きく落胆していた。


「あれ、どうしたの? あ、ごめん、もしかしたら牛乳嫌いだった?」


 なおも(ねんご)ろにチロを気遣う女性。

 すると…


「あ、あの……ごめんなさい…。さっきはかみついてしまって……」


 女性の一途な優しさに心を開かざるを得なかったチロは、初めて彼女に気持ちを伝えた。


「ふふふふ…、やっと喋ってくれたわね。気にしなくたって大丈夫よ。こんな程度の傷、野良仕事してたらしょっちゅうなんだから。それより早く飲まないと冷めちゃうわよ?」


 女性に促され、ミルクが注がれたマグカップを大事そうに口に運ぶチロ。

 それは猫舌であるチロに合わせて温めに作られており、さらに砂糖を入れたのか仄かな甘味もあった。


「うっ……うううう……」


 その温かさと甘さがチロの荒んだ心に優しく溶けていき、彼女はぽろぽろと大粒の涙を溢す。

 どうやら女性は、チロの体の傷だけでなく心の傷まで治療してしまったようだ。




 そうこうして…


「あ、あのぅ…、助けてくれて本当にありがとうございました…。なんて…お礼を言ったらいいか……」


「そんなに畏まらなくてもいいわよ。当然のことをしたまでなんだから。それにしても、ちゃんとお話し出来るようになったみたいで良かったわ。そろそろお腹も空いたでしょ? 大したものは出せないけどお菓子でも用意するね。あっ、そう言えばまだ、あなたのお名前聞いてなかったわね」


「あ、ごめんなさい…、チロです…」


「そう、チロちゃんって言うの。可愛らしいお名前ね。私の名前はエルコリッタ。でも長いし呼びにくいだろうから、気軽にエルコって呼んでね」



 ……………………


 女性ことエルコリッタは、チロにここに至るまでの事情を尋ねることはしなかった。

 大凡(おおよそ)察しが付いていたこともあるが、それ以上にチロに辛い経験を思い出させたくなかったのだ。

 それから、決して言葉数は多くはないが、二人は和やかな憩いの一時を過ごす。

 だがそんな中で、チロには一つ大きな懸念があった。

 それは()()()()()()()

 当然行く当てなどないし、ここがどこなのかもわからない。

 そもそも今の負傷している状態で、森の中を自由に歩くことすらも儘ならない。


(あとちょっとだけ…、せめてまともに歩けるようになるまでここにいさせてくれないかなぁ…。この人なら頼めば『いいよ』って言ってくれそうだけど……)


 こんな打算的思考に自分自身が嫌になるが、それでも生きていくためには背に腹は変えられない。

 しかしチロは、恩人エルコリッタに怪我を負わせてしまったことが負い目となり、なかなかお願いを口に出せずにいた。

 そんな彼女の心境を察したのかどうかはわからないが、エルコリッタの考えはチロの一枚も二枚も上手だった。


「ねえ、チロちゃん。私あなたに一つお願いがあるの」


「え…、『お願い』?」


「うん。実は私一人でここで暮らしていて、毎日寂しいなぁって思ってたの。だから、あなたを()()()()()()見返りとして、しばらく一緒にこの家で暮らして欲しいの。こうやって出会えたのもきっと何かの縁だろうしね。あ、もしかしてお金の心配してる? そりゃあこんなボロ屋に住んでるけど、私これでもちゃーんと稼いでますから。あなた一人を養うぐらい全然大したことじゃないわよ」


 命の恩人にここまで頼まれたら、流石に断るわけにもいかなかった。

 チロは何だか可笑しくて、一瞬クスッと朗らかに笑う。


「はい…、おせわになります」


「ふふふふ、よろしくね、チロちゃん」


 こうしてチロとエルコリッタ…、森の中での数奇な出会いによる、二人の共同生活が始まったのだった。


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