#9 追放宣告
たき火に照らされた一行の顔は一様に暗く沈んでいる。
リュートの尽力で危機を乗り切った後、どうにかあの場を脱して、こうして野営にこぎつけたところだった。もう少し進めば目的の魔将軍の城は目前だったが、誰もが満身創痍のこの状況で、先に進もうという意志のある者はなかった。
火を囲む一同から距離をおいて、リュートは全員分の武具を手入れしていた。
いつもと変わらない距離感である。距離を取っていなければ、聞いていられない話し合いが進んでいた。
調教の技で龍を退けた興奮が胸の中で冷めやらず、内容は聞こえていても上の空で、どこか他人事のようだった。
視線の動きに反応するステータス画面では、一回り以上成長した数値が開示された。
実際に体が軽い気がするのは勘違いではないらしい。
常人ではあり得ない成長を実感できるのはやはりゲームじみているが、その体性感覚がリアルすぎるのもまた疑問だ。
スキルを授与してくれた老人が言っていた通り、女神の加護というものなのだろうか。
先ほどの戦闘からゲーム的に分析してみると、テイマーは戦闘の勝利だけでなく、調教の成功によっても成長するようだった。そして上がり幅で言えば、後者の方が圧倒的に大きい。そして、パーティの他のメンバーが敵を倒しても経験は得られない。
この辺りは大半のゲームとは異なる部分ではある。
「……やっぱり、おかしいです。古城君のおかげで助かったのに」
「お前らのためなんだぜ? 見ただろ。あの力を使われたらタダじゃすまない。心も、体もな」
「今までと同じではいけないのか? ネリスがいれば封じられる」
「そのネリスを使えばやりようはあったんだよ。あのブレスを『封印』できれば、まだ逃げるチャンスくらいはあったはずだ。俺たちは強くならなきゃいけない。貴重な戦力を遊ばせとく余裕なんてないんだ。そうだろ、ネリス?」
「あ、うん。できたと思う。けど」
「けど、なんだよ」
「……私は、怖くて何もできなかった。けど、リュートは私を守ってくれた。守ってくれたもん!」
普段の大人しい様子からは想像もつかない大声で言い切り、ネリスは立ち上がって駆けていった。
「ちょっと、危ないよ!」
「ほっとけ、どうせ遠くへは行けないだろ」
ため息一つついて立ち上がる。それを、ジークフリートはめざとく見咎めた。
「聞いてたよな? パーティを外れてもらう。明朝発ってくれ」
「高良君!」
「ジークフリートだ。お前らの、リーダーだぜ」
「決めてはいなかったがな」
「……しょうもな」
清吾の独断を高嶋が咎め、なお押し切ろうとする清吾に、傍観していた立花が食ってかかり、桐島は我関せずを貫く。
パーティの離脱者が目立ち始めた頃から、この四人はだいたいこのパターンで言い争いをしていた。
益体もない応酬が続くのを聞いていられず、四人だけで盛り上がるのを尻目にその場を去る。気付かれることもなかった。
適当に当たりを付けて茂みに分け入ると、果たして暗がりの奥から二人の少女が歩いているのが見えた。
一人はもちろんネリスで、よほど感情が高ぶったのか、両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしている。
そんなネリスに寄り添うもう一人は、オリヴィアこと西尾まどかだった。
成績優秀な才女で、いじめには積極的でない、傍観組の一人だった。
この世界では鑑定のスキルを授かっており、羽根帽子に品のいい服装で、学者といった出で立ちになっていた。
鑑定スキルに必要な法具らしい、銀色のフレームの眼鏡をかけている。
ぼくに気付いたオリヴィアは、目顔で大丈夫、とばかり頷き、視線でテントの方を示した。
ネリスを休ませてくるという合図だろう。
これ以上できることもないが、たき火に戻るわけにもいかない。
結局、中途半端にテントに近い位置に立ち、見張りを気取るしか無かった。
砂漠の夜は冷え込み、吐く息が白くなる。
東京とは比べものにならないくらい多くの星がくっきりと見えており、やはり恒星の配置は元の世界と同じか、少なくとも大きく違わないように見える。