#62 TS主人公現る
「すげー、本当に妖精だ。ファンタジーだ。ちっこいなー」
確かにファンタジー世界の定番を具現化したようなドリアードをぼくの肩に認め、そいつはさっそく手を伸ばしてちょっかいを出す。ドリアードが見えているということは、こいつもそれなりに特別な存在だということになる。
「精霊よ。ドリアード様と呼びなさい」
肩から飛び離れてそいつの手から逃れつつ、ドリーはべえっと舌を出す。可愛いでしかない。
思わぬ再会を果たしたそいつとぼくは、互いに警戒を解き、とりあえずの安全を確認して話し始めたのだった。
ドリーの反応を受けて快活に笑う明るさも、元の世界にいた風間蒼依その人の資質に違いなかった。口を横に大きく開き、白い歯をむき出しにする笑い方にも見覚えがある。しかし。
「あの、」
「どこに行ってもお前の噂を聞くよ、勇者も倒せなかったドラゴンを退けた影の英雄って。清吾はいい面の皮だな」
自分の思いついた順に言葉を並べる癖も変わっていないようだ。
そして、それ以外は大きく変わってしまった容姿で、そこだけは変わっていない大きな瞳をリッカに向ける。
「で、君が使い魔――スレイヴって言うんだっけ?」
「リッカだ」
変わり果てた姿の友にどういう口調で話せばいいのか定められないまま、とりあえず紹介だけはする。
野生動物の警戒心が残っているのか、人見知り気味なリッカはぼくの後ろに隠れてしまった。
「初めまして、オレはアオイ。ご主人様の友達だよ。さっきは悪かったな、強かったぞお前」
アオイ――確かにその名前だけならば、今の姿にも違和感がない。疑問符ばかりが脳内を飛び交う状況で、しれっと友達扱いされたことは嬉しかったのだが。
しかし、幼女の姿をしたリッカに目線を合わせるためにかがみ込んだとき、元の世界ではありえなかった豊かな部位が揺れ、目の毒でしかなかった。一体全体、何がどうしてそうなっているのか、そろそろ問わずにはいられない。
「風間蒼依だよな、お前。……なんでそうなった?」
「ん? ああ」
ぼくの視線を追って、アオイ――本人の名乗りに合わせ、とりあえずそう呼ぶしかない――は、自分の体を見下ろす。どことなく中東の民族衣装を思わせる服で、露出が多いながら、ところどころあしらわれたレース素材の意匠が涼やかで上品だ。どこかで、見覚えがある。
しかし、その服も、そして服に包まれた褐色の体も、もはや男のものではなかった。細身で引き締まった体躯ながら、女性らしく主張する部分は大きく、色んな意味で目のやり場に困る。
「そういや、お前こそ一目でよくオレだと分かったな」
「いや、名前出るだろ、ゲームっぽい表示」
実際はろくに確認していなかったのだが、何となく言い訳してしまう。
「そういやそうか」
そして彼女は、元の姿よりも一オクターブ高い声で、ころころと笑うのだ。
「ラノベだとあれだな、異世界転生したら親友が女になっていた件、ってところか?」
「唐突に面白そうな別作品をねじ込んでくるなよ、主人公気質め」
あと、細かいことを言えば、ぼくの場合は転生ではなく転移だ。
「そんなに褒めるなよう」
口を横に開いて笑う癖はそのままだったが、褐色の肌には白い歯が余計に映えていた。
とても理解が追いつかない状況ながら、親友呼ばわりされて嬉しかったのは本人には内緒である。
そして、決してついでで済ませられることではないが、その姿には、夢で見たサウジーネ姫の面影があった。彼女がぼくと同い年のころは、こういう美少女だったのではないか、と言う程度の。
ついでに美少女ではあるが元は男なわけで、それよりもどうやってここまでたどり着いたとか、聞くべきこともあり、何からどう情報を整理していいのか、皆目見当もつかなかった。




