#6 勇者の旅立ち
同じくスキルを授与されて、クラスメート達が浮き足立っていた理由が分かった。
視界の隅に、何やら文字や模様が映っている。
すぐに眼に入るのは右下に見える数字で、64/64、その下に31/31、とある。
少しでもゲームをやっていれば、HPとMPだろうと察せられる。実際、その通りなのだろう。
左上にはアルファベットの「i」を丸で囲んだ記号があり、注視すると、様々な項目を並べたウィンドウが開いた。まるっきり、ゲームのUIだ。
「i」はinformationの頭文字だろうか。
これらは視野の端にずっと映っていて、どこに視線を向けても付いてくる。
なるほど、こんなものが見えるようになれば、ゲーム感覚で浮かれるはずだし、実際、ゲームだと思っている者もいるかもしれない。
五感すべてが没入してゲームの中に入り込んでしまうという体験は、現代で実現こそしていないものの、SFネタとしては定番だし、最近のAR技術の発達などを鑑みれば実現したのかと思うのも無理はない。
可能性としてなくはないとも思う。
スキルとやらを授かった途端に見えるようになったことを考えると、この世界でも自分たち以外の人間には見えないものなのだろう。これも含めて特別な力を授けられたともとれるし、自分たち以外はNPCとして存在しているゲームに、主人公パーティとしてログインしているとも考えられる。
ゲームらしく英語が混じっているがすべて日本語で書かれているところを見ると、やはりそういうゲームという線も捨てきれない。
いまさらながら気付いたが、老人もさっきからずっと日本語で話している。
あるいは、魔法だか何だかの翻訳メカニズムでそう聞こえているだけか。
加えて、色々な情報が表示されるものの、例えばその表示からアイテムを選択して使用するとか、能動的に機能するものではないようだった。あくまで、情報が表示されるだけである。
例えば装備欄には革の鞭、革の服、マスターリングがあり、マスターリングが赤字表示になっていた。
たぶん、外せないという印だろう。
アイテム欄には『操獣の笛』という表示だけがあった。
果たして、それらしき鞭が背中側で腰のベルトにくくりつけられており、右腰につけられた革のホルスターに横笛が入っている。
さらに色々と視線でUIをさらっていると、ステータス画面らしきものが目に付いた。
職業はテイマー、名前はリュート、となっている。
「リュート?」
おもわず口に出すと、老人は鷹揚に頷いて見せた。
「さよう、それは諱、この世界ではそう名乗るのだ。本当の名は真名であり、呪力を持つ。
誰にも名乗らず、しかし決して自身では忘れぬように」
そして、老人はその場にいる者たちを見渡す。
「今、汝たちは悪を滅ぼすための力を得た。しかしその力は正しく使う心とともにあらねばならぬ。ゆえ、道を誤らぬための縛めも、ともに施してある。どうかその力、女神の御名の下、弱き者のために振るわれんことを」
「つってもよ、まず何をどうすればいいんだ?」
清吾が無遠慮に問う。
老人は装飾の多い法衣をまとっており、その手のゲームに親しんでいればそれなりに高位の聖職者だと察せられる。
だから清吾の態度は無礼に当たるのではと危惧されたが、遠慮なしに聞いてくれるのは話が早くていい。
「魔王は地上を支配するために四人の魔将軍を遣わした。この地にはその一人、ピュセルの手が迫っている。まずは奴を退けてほしい。頼めるか、聖剣の勇者ジークフリートよ」
それが、清吾の諱なのだろう。神話上の英雄の名だったか、いかにも清吾が好みそうだ。
加えてゲームなどの創作物にはありふれた名で、ますますこの世界がゲームの中ではないかという印象が強まった。
さっそくリーダー扱いを受けていることも手伝って、ジークフリートこと清吾は満足げにうなずく。
「いいぜ、ただし元の世界に戻る手筈も考えといてくれよな」
「最善を尽くそう。汝らに女神の加護のあらんことを」
こうして、まずは将軍ピュセルの居城を目指し、ぼくらの異世界転生の旅は始まったのだった。