#5 マスターリング授与
ソーシャルゲームというものはやったことがないのだが、ガチャっていうのはこんな気分でやるものなのだろうか。
スキルと呼ばれている能力を祭壇で得て、互いに開示し合って喜んでいる様は、とてもこれから待ち受ける運命を理解しているとは思えなかった。
それぞれに鎧やローブなど、着慣れていないこともあってまるで似合っていない格好で、どこかコスプレじみた様子なのも緊張感のなさに拍車をかけている。正直、混ざりたくはない。
「――なんだ、お前も来てたのか」
鶴の一声というべきか、清吾がそう発すると、部屋中の視線がぼくに集中した。
数人の女子を初めとした清吾の取り巻き達にも見られ、鉛を飲み下したような気分になる。
いくら悪魔の前で威勢のいいことを言っても、これまでいじめを受けた記憶が恐怖心を呼び起こし、うつむいてしまいそうになる。
「せっかくだからお前も引けよ、どうせろくでもないスキルだろうけど」
引く、という言い方が完全にゲーム感覚であることを示している。
周りの連中も面白半分に剣や杖を振り回していて、彼らを呼び出したとおぼしき老人は苦い顔をしていた。
しかし、清吾の取り巻きの中で一人の女子だけが、口元に手をやって思案顔だった。何なら、はっきりと不機嫌そうだった。
立花あさぎ、長い黒髪に切れ長の瞳で、上背のある美人だ。しかし、この時に限らずいつも不機嫌そうな表情と、深夜に幾度となく補導された経緯などが相まって、周囲からは恐れられていた。
ぼくよりも拳一つぶん高い長身を和服のテイストの入った衣で包み、最近のゲームによくありそうなサムライといった風情である。
彼女だけは事態の深刻さを正しく受け止めていて、他の連中の暢気さにいらだっている、そういう風に見えた。
こちらの視線に気付くと、常のように侮蔑を込めて睨まれ、舌打ちまでもらった。
さておき、復讐するにしてもスキルとやらを得なければならない。
それには清吾たちのいる方へ行き、祭壇に上らなければならない。
怯懦にすくむ足を叱咤し、歩みを進める。
「びびり過ぎじゃん、ウケる」
嘲笑とともに吐き捨てるのは桐島悠香、いつも清吾の隣にいる、垢抜けた女子だ。
校則に触れない程度に髪を脱色し、瞳を大きく見せるメイクが巧い。
明らかに魔法使いと分かる、ゆったりしたローブにとんがり帽子を被っている。
隣にいるのは高峰遥、艶やかな黒髪に黒目がちな瞳で、男子からも人気が高い。
清楚と形容するに相応しい白いローブは僧侶というのか、聖職者めいてよく似合っていた。
ぼくと目が合いそうになると、慌てて視線を逸らす。
それを見た清吾は愉快そうに鼻を鳴らし、粘度の高い笑みを浮かべた。
奥歯を噛みしめ、祭壇へ向かう。こいつらの今の顔を、忘れるな。
そして、祭壇を上り、老人の前に立った。
「お願いします」
頭を下げると、老人は意外そうに眉をはね上げた。これまで、丁寧に接してくる者がいなかっただろう。
うむ、と咳払いし、大仰に両腕を掲げる。
「いと貴きエルドラ、慈しみ深き女神よ、この者に恵みを、悪しきを討ち滅ぼす力を」
たちまち、視界が光に満たされる。目映いというより温かさに包まれるような感覚があり、心地よさに目を閉じる。
清吾達への敵愾心を忘れ、身を委ねたくなるような甘美さがあった。
どれくらいそうしていたか。ふと眼を開くと、他の連中と同様に、服装が替わっていた。
体を見下ろすと、軽装で、関節などの要所を革製のプロテクターで固めた服のようだった。
他の者にならってゲームとして考えれば、レンジャーだとか、盗賊だとかいった職種が思い浮かぶ。
「その力は『ファッシネイション』、いかなるものも魅了し、ひれ伏させる奇跡の業。法具として、これを授ける」
また眼前が光に満ち、金色に輝く腕輪が現れた。大小二つの輪が連なっているデザインだ。小さい方の輪から同じく金色の鎖が垂れ、その先には同じ直径の、やはり金色の輪がいくつか連なっている。
きれいだ、と思い、手を伸ばすと、腕輪はひとりでに動いてぼくの右腕にはまる。
目映い光はやがて収まり、それとともに、鎖から先もかき消えた。見た目、ただの地味な腕輪になる。
「マスターリングである。汝と、絆で結ばれた者との魂を結び、無限の力を与える。使い途を過たぬよう」
周囲から、ざわめきが広がる。
「魅了ってやばくね?」
「洗脳されるってこと?」
「味方は大丈夫なのかよそれ……」
口々に疑念と、警戒の声が上がっていた。いずれも明確な敵意を孕んでいる。
非現実的な出来事に、そうした周囲の反応にいちいち傷つくほどの実感は得られない。
ただ、腕輪だからリングではなくブレスレットではないかと、今ひとつ的外れなことを思った。