#4 決断
鏡の中では引き続き他の生徒たちがスキルとやらの授与を受け、当たりだの外れだの、和気藹々としている。
その雰囲気はまったくゲーム気分で、元の世界に帰ってこられないという悲壮感はない。
いくら何でも気楽すぎないか。
しかし我が身を振り返って考えると、どうだろうか。自分がいなくなって、誰か困るだろうか。
父にとっても後妻にとっても、ぼくは必要な存在ではない。
自分たちの世界を生きるのに精一杯のあの人たちにとっては、ぼくはいない方がいいに違いない。
――将来のこととか考えると、多分、行かない方が正解だと思う。こいつらのいない世界で生きる方が、ぼくも穏やかに暮らせる可能性があるんだと思う。でも、きっとふとした瞬間に思い出すんだよ、あいつらはあれだけぼくを苦しめておいて、知らない世界で英雄に祭り上げられて、ぼくよりずっと幸せになって。この先どれだけ成功しても、絶対あいつらの影が消えなくて、絶対幸せになんてなれないんだ。だから、思い知らせてやらないと、ぼくは前に進めない。あいつらが弄んだ命がどれだけ重かったか知らないまま、奴らを英雄なんかにさせられない!
強く言い切らないと消え入りそうな気力を奮い立たせ、立ち上がった。
――うん、よく言った。君を選んだ俺の目に、狂いは無かったな。
先ほどのおどけた口調から一転、驚くほど穏やかな、優しい声で悪魔は言った。その真摯な態度こそが悪魔の詐術の真骨頂なのだろう。そうして許しを、承認を与えることでこちらを安堵させ、自分の選択が間違っていないと思わせる。分かっていても、甘美だった。
その白い手から鏡が浮き上がり、まるで身震いするようにうごめいて、大きな生き物が口を広げるように、そのフレームが広がった。
ほどなく姿見ほどの大きさとなって、ぼくの正面に落ち着く。
その中身はもはや鏡面ではなく、さながら異世界へと続く扉だ。いや、実際そうなのだろう。
あの中に足を踏み入れれば彼らと同じ世界に入り、もう戻って来られなくなる。
――連中は分かっていないようだが、あそこはここのような平和な時代、世界ではない。日常そのものが切った張ったの鉄火場だ。覚悟はできているか?
――行ってみないと分からない。でも、あいつらよりは生き死にに慣れていると思う。
――そうだな、今はそれでいい。いいか、機会を覗い、しばらくはじっと待つんだ。連中はまた君を手ひどく扱うだろう。でも短気を起こしちゃいけない。大事なのは得られる力そのものではなく、それをどう使うかだ。奴らには分からなくても、君には分かるよ。
――でも、
――分かっている。奴らを排したら、あの世界の救い手がいなくなる。私怨のために世界を危機にさらしていいのか、迷っているんだろう。
どこまで見透かしているのか、黙って頷くしかなかった。
――だからこそ、よく見るんだ。奴らが世界を救うに足る器かどうか。奴らが本当に勇者であったなら、世界でも何でも救わせてしまえばいい。事を為すのはその後さ。君なら待てる。そうでなければ然るべきときに討て。そして。
悪魔はまたおどけた仕草でぼくに近寄り、ドクロの口元をぼくの耳に寄せた。
――君が、世界を救ってしまえばいい。
悪魔のささやきにしても、大言壮語が過ぎる。ただのいじめられっ子をどれだけ買いかぶっているのか。呆れるしかない。
――とても、その器じゃないよ。悪魔にそそのかされて復讐に走る奴なんて、どんな物語でも小物じゃないか。
――悪魔か、言ってくれるね。
――そうでなければ、何なんだよ。
――さあな、君があっちでうまくやれれば、また会えるかも知れないよ。さあ、行くんだ。ぼくは悪魔かも知れないが、君はただの小物じゃない。雌伏のときは君の手で終わらせるんだ。
ぼくは頷き、それこそ悪魔の罠のように口を開ける、異世界の扉へと踏み込んだ。




