#39 操獣士の責任
「お待たせー。どしたの?」
「いえ何でも」
ただでさえ小児性愛の変質者疑惑がかかっているところ、奇行を見咎められてはかなわないいので、慌てて表情を引き締める。
と、奥から出てきたのはリズベットだけで、肝心のリッカが姿を見せない。いや、扉の陰に隠れてこちらを覗う金色の目が見えた。
「ほら、マスターに見せてあげなよ。可愛くなったからさ」
後押しされ、おずおずと姿を見せたリッカは、小さな体格に合った冒険者服を着ていた。元の世界で言えばガールスカウトのような出で立ちだ。
「あり合わせでごめんね。負傷した冒険者用にいくらか用意しといたんだけど、小さい亜人用のがあってよかったわ」
つくづく不思議なのは、コミュニケーションを取りやすいからと言って都合良くなった姿に、知能まで従っているように見えることだ。
可愛らしい少女の恥じらいなどという高度な情動まで与えるマスターリングは、とてつもない力を持っているのではないだろうか。
――いやそんなことよりこれ可愛すぎないか。変態だとかロリコンだとかひどい言われようだが待ってほしい、これは可愛すぎないか。変な性癖なくても見とれるだろ。これは考察に過ぎないが、遺伝的要素によらずに造作が決まってしまうなら、審美的にある種の理想型のような造作に、必然的になるものなのではなかろうか。
――小難しい考察に逃避してるところ悪いけど、リッカが目の前に来てるから一言くらい褒めてあげなさいよ。念話で垂れ流してるあたり助けを求めてるのは何となく分かるけれども。
――分かるなら助けてくれ女の子を褒めろなんてコミュ障陰キャにはハードル高すぎます。
しかしドリーもリズベット嬢もにやにやしながら見守るのみで、不安そうなリッカが上目遣いに見てくる。
この空気で上手に振る舞うための訓練など受けていないし、学校ではこういうことこそ教えてほしい。
直視できず顔を逸らしながら、結局いつもの調子で乱暴に頭を撫でながら、
「ま、まあ? 可愛いんじゃねえの」
「何で素直になれない悪ガキ風なのよ、キャラ掴みづらいじゃない」
これで満足してくれただろうかと不安になったが、リッカは輝くばかりの笑顔を弾けさせて、腰に抱きついてきた。
火属性によるものか、容姿相応の幼さからか、高い体温が伝わってくる。その確かな温もりが、浮ついた気持ちを鎮めてくれたように思う。
決して勢いだけで決めたつもりはないが、出会って間もないリッカをスレイヴとしたのは、初めてのスキル行使だったこともあって、その重みを完全に理解してのことではなかったかもしれない。
生き物を飼うというのは、その生殺与奪に全責任を負うということだ。
食費を始めその生活にかかる負担はすべて無償で担う覚悟と、そうできる算段を付けておかなければならないのは当然として、実家の牛たちがそうであったように、最悪の場合にはその命を奪うことによって責任を果たすということでもある。
らちもなく重い思考に沈みかけたところで、妙な音が聞こえた。
気持ちよさそうに抱きついている、リッカの腹からだ。
あまりにテンプレート的な腹の虫で、お腹が空いているのだと思い至るのに逆に時間がかかった。
リズベットとぼくと、そしてぼくにしか聞こえない声でドリーも笑う。
やはり知性も人間のものらしく、リッカは顔を赤くして恥じた。羞恥心まで備わっているとは。
「変態呼ばわりしてごめんね。テイマーって言ったら普通は貴族の下働きで、見世物や変態趣味にあてがう魔物を無理矢理さらう連中だからさ。お詫びにおごるからさ、サロンで食べて行ってよ」
「いや、出すよ、二人分。これからずっとそうしていくんだから」
「だったらなおさら、甘えられるときに甘えなさい。したたかにならないと、守れるものも守れないんだから」
こういう女性の押しの強さには、この先、生涯勝てることはないのだろうと予感させられた。




