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【魔王デーヴァプッタ編更新中】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第三章 誰がISSを墜としたか

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#374 彼岸窟へ

「くじけたっていいじゃないか、これ以上何をどうしろって言うんだよ? 前世ではさんざんいじめ抜かれて、好きになった人には死なれて、挙げ句に目が見えなくなって……いったい誰が、ぼくなんかに、どんな恨みがあるって言うんだ……」


「…………」


 ネリス相手には呑みこんでいた甘えた本音が、温かく堅い胸板を湿っぽく叩く。

 返す返すも、違う形で、タイミングで再会したかった。それだけ大事な人だった。こんな雑な弱音を聞いてほしい人ではなかった。でも、黙って聞いてくれる人ではあった。ろくに久闊を叙す言葉も交わさず甘えてしまうくらいには、信頼しきってしまっていた。


「何もかも投げ出して、終わりにしたい……」


「そうしちゃいけないって思ってんなら、筋が違う」


「…………?」


 力を封じられたとは言え相当数の従者と契約し、一国一城の主という立場になった。自分の一存で自暴自棄な行動には出られないという責任感に縛られ、むしろそれを言い訳に泣き言を言っていたのだが、総長の言葉はその甘えを喝破するように冷たい。


「人ひとりいなくなったって、そいつがどんな立場だったって、案外それで世の中回っていくもんだ。自分が動かない言い訳に他人を使うのはやめろ」


「――――!」


「ついてこい。全部投げ出したいならうってつけの場所に、連れて行ってやる」


 目の見えないぼくを気遣うそぶりなど見せようともせず、踵を返して遠ざかろうとする足音。それだけを頼りに、ぼくも歩き出した。ひたすら総長の足音だけに集中していれば、つまずくこともなく、誰にもぶつかることなく歩くことができたが、その感覚の進歩に気付いたのは、しばらく後のことだった。



「ダンジョン探索だ、ポータルの使用許可を頼む」


 目が見えないので、ここがどこなのか、周りの音声や温度、雰囲気から察するしかない。

 幸いそこは分かりやすい熱気と活気に満ちていて、ルーラにも支部のあった冒険者組合と思われた。

 外よりも荒々しい雰囲気の会話、気のせいでなければ、よそ者である自分たちへの無遠慮な好奇心にあからさまな不快感が、肌を刺すように伝わってくる。

 ことり、というた音は、総長が自分の冒険者章をカウンターに置いて提示したのだろう。金属よりも軽く、湿った質感から、冒険者階位では最高位の翠玉級を示す、双玉章ではないだろうか。

 その聞き分けで質感を察せられるということは、目が見えなくなった分、聴覚が鋭くなってきたのかも知れない。


「どちらまで?」


 低く落ち着いた、女性の声が答える。滅多にいない翠玉級の冒険者であるが、敵対人種である総長に対し、気圧されながらも態度を決めかねている逡巡が、震える声に顕れている。


彼岸窟(ひがんくつ)


「!? ……あんたはともかく、そっちの連れは大丈夫なのか? あんなとこまで死体拾いは、骨が折れるよ」


「そうなったらこっちで回収する。手間は掛けさせんよ」


 ダンジョン内で出た死体は、モンスターに食べられると彼らの異常な強化に繋がるなど、ダンジョン内での〝生態系〟にとって悪影響が多いらしい。

 だから人死にが出て、パーティメンバーが逃げ帰ってくるようなことがあれば、組合で捜索隊を組織して遺体を回収することになる。

 話の流れから察するに、それも困難な難所に行くと、総長は言っているようだった。


「……そう願いたいね」


 根負けするように吐き捨てた受付の女性が、羊皮紙か何かをカウンターの上で滑らせ、総長に寄越す音。

 察するに、ポータルの使用許可を求める書類を書かされているのだろう。ポータルとは転移魔法陣のことで、冒険者章――総長のものであれば、先ほど取り出されて双玉章に魔術的に記録されたダンジョンの到達階層と照合して、すでに到達した階層へと瞬間移動させてくれるものだ。

 前述のように、ダンジョン内での死亡事故は組合にとって最大限に回避すべき事態であるため、ポータルの不正使用が厳に禁じられ、その魔法陣自体も厳重な管理下にある。

 なので、


「それじゃ、規則だからね。ポータルの部屋までは目隠しでついてきてもらう」


 と、眼帯を渡されることになる。手渡された眼帯を、総長が身に付ける衣擦れ。


「ん、そっちのあんたも――」


「必要ない」


 と、これは総長に遮られた。


「見えてねえんだ、そいつ」


 見えなくても、無遠慮な視線に撫で回されるような気配がした。いくらかの逡巡の後、受付嬢の大きなため息が響く。おそらく彼女には、ぼくの眼がどこにも焦点を合わせておらず、ばかりか何に反応して視線が動くこともない様子が見えたはずだ。そんなぼくを危険地帯に連れ出そうとする総長の意図を測りかね、また呆れたに違いない。


「……本当に、死体は引き取ってくれよ」


 色々と諦めた受付嬢に先導され、総長とぼくは歩を進める。


「……夢、叶ったんだね。学校の先生になるっていう」


 沈黙に耐えかね、そんな話題がつい口をついて出た。


「ああ……そうだな、先生らしくお節介の一つくらいは言ってやるか。お前、どうして清吾を殺さなかった?」


「…………?」


「あいつが憎い一心で、この世界まで追ってきたんだろう? どうして知ってるかは詮索するなよ」


「それは……」


「着いたよ」


 重い金属が擦れ合う音は錠前が外されているのか。

 わずかに移動を強いられた後、また重い錠前の音。ポータルの魔法陣が敷かれた部屋に入ったと思しい。


「……気をつけなよ」


 受付嬢の声がそんなことを言って、足音が遠ざかっていった。立場や、種族的な恩讐を超えた良心がふと漏れ出たような、そんな気遣いに聞こえた。


「目を閉じてろ――って、大丈夫か」


 おそらくこうして誰かと一緒に転移するときの口癖が出たのだろう、ぼくが見えないことに途中で気付いて気まずそうに言葉を濁しながら、総長はポータルの転移術を発動した――。



 ――潮風。

 真横から吹き付ける風圧と、塩分を含んでべたついたその感触を含む、視覚以外のすべての知覚が、ぼくにそのような印象を与えた。

 ただ、それ以上に聞いたことのない獣や鳥たちの声、地響きを伴う大きな足音が聴覚を浸し、しきりとぼくに危険信号を送っていた。

 何か恐ろしいものがたくさんいる。逆に周囲の地形などの、それ以外の情報は一切分からないという焦燥の中に、総長の声が冷たく言う。


「ほとぼりが冷めたら、文字通り骨を拾いに来てやるから安心しろ。お前の知り合いや関係先にはオレがナシつけといてやるから、何も心配しないでいい。……それじゃあな」


 総長が周囲の草を踏み分け、去って行く足音がしばらくは聞こえたが、やがて絶えた。

 ――かくして、ぼくは死地に取り残されたのだった。

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