#368 封印術士ネリスの献身6
みんな違って、みんなママ。
――お料理でしたら、冷蔵庫の食材を何でもお使いください。私の趣味でお恥ずかしいのですが、最近オルトゥス経由でよく手に入る和食の材料がふんだんにあります。リュート様のお口にも合うかと。
王国騎士団が用意した宿舎だという建物にたどり着いた後のこと。
きびきびとした動作で気絶したままのリュートを寝室のベッドに寝かし、諜報活動のためにまた慌ただしく出ていくコナラの背中に、リュートのために食事を用意したいと申し出た私に対する、それが答えだった。
おかげで今、味噌汁に焼き魚という極めてオーソドックスなメニューを調えている最中だ。
母親と、その恋人が雑に食い散らかすために食事を用意していた時分を思い出す。その時よりもはるかに作りがいのある状況ではあったが、あの時だって、こんな私でも役に立てることがあると、我ながらいじらしく喜んでいたものだ。
――そんな余計なことを思い出したせいで、リュートのために料理しているという喜びが妙な妄想を生む。たとえば、ろくでもなかった母+αくらいにリュートに甲斐性がなかったとしたら、亭主関白を気取って怒鳴り散らす彼のために甲斐甲斐しく世話をしながら、実質彼の生殺与奪を握っていることに、この上ない悦びを感じられるだろう……。
――つまり、ママはダメンズ好き?
声の出所は、冷蔵庫――そんなものまである――の脇に立てかけた封印の杖だった。砂漠で破壊的な現象に遭遇してから聞いていなかった、自分から封印されてしまった魔族の娘ノアからの念話である。
――……聞こえた? っていうか、久しぶりに声聞いたような。
どうも妄想が強すぎたせいか、封印の杖の中にいる(?)ノアまで聞こえたらしい。念話のコツがまだつかめていないせいだろうが、それにしてもリュートは常にダダ漏れのリスクを負いながらスレイヴ達と暮らしているのだろうか。
――あの、時空に干渉してたヤツの衝撃波? あれが私には特に効いたみたいなのね。ちょっと気絶してたけど、もう平気。ところで、ダメな男が好きなの?
話題を逸らすのは失敗したようだ。
――こうやって料理するのもそうだけど、私、世話好きみたい。世話し甲斐があるほどいいというか。
――じゃあパパとは相性悪いんじゃない? たいてい何でもできるスーパーイケメンだし、世話し甲斐ないでしょ。
言いたいことは分かるが、身内(?)ならではのひいき目が多分に感じられる。父親好きな感じは可愛らしい限りだが。
――何言ってるの。実情と乖離があるから妄想がはかどるんじゃない。
――お、おう?
――普段は何でもそつなくこなしているからこそ、落ち目に付け入る隙が出るのがたまらないというか、ふとした隙に見せる弱みというか、そういうときに自分が優位に立てる快感というか、すごく生きてるって実感できるというか。
――お、おう……。
――そういう妄想の対象として、リュートは理想的なのよ。完璧超人みたいなようで、子どもっぽいところあったり、母性本能くすぐるところもたまらないよね。
――あ、それは分かる。パパだけどよしよし撫でたい。でも娘だからよしよし撫でられたい。そういうジレンマを日々味わっている。
――……変よね、こういう性癖。
――んーん、色んな人がパパを好きでいてくれて嬉しい。みんな違って、みんなママ。
――それ、相当いかがわしいというか、大変なことになってない?
半ば開き直って性癖を垂れ流すような会話をしてしまったが、思えば前の世界からこのように肚を割って話せる相手に飢えていたのかも知れないと、後になって思った。
目を覚ました後のリュートの荒れ様を思えば、まだ幸せな調理時間ではあった。
……正直なことを言えば、あまり大っぴらにできない性癖のおかげで、失意に荒れるリュートを責める気にはなれなかった。むしろ先ごろのノアとの対話通り、歪んだ欲求を満たすチャンスになりそうで喜んですらいるのだが、むろん表には出さない。
八つ当たりに近い仕打ちを受けて泣きじゃくるコナラの頭を撫でてやりながら、昏い悦びに浸る罪悪感を慰めてなどいる。
「ごめん、なさい、私……憧れの主様に会えて、緊張して、お役に立てなきゃって……」
「大丈夫、ちゃんと伝わってるよ」
肩をふるわせ、嗚咽の隙間から言葉を絞り出す小さい体をゆるく抱きしめながら、こんなに純真な気持ちで彼を思ってはいない自分と引き比べて落ち込んだり、我ながら忙しい。
――嫌な雨の匂いがする。パパを、助けに行かなきゃ。
そして、ある意味でこの三人中最も純真かも知れない少女ノアは、おそらくもっと忙しかったのだ。この中で誰よりもリュートのことを気に掛けていたという意味で。
――分かった、行こう。
ねじ曲がった性癖の持ち主として、この罪悪感との付き合い方には心得があるのだ。
すなわち、どうせ他人には隠していて分からないのだから、自分で納得できる、誰にも分からない罪滅ぼしをするしかない、ということ。
今この時、自分のできることでリュートに役立てることがあるなら、何でもやるしかない。一周回って同じところに帰ってきた決意を胸に、小さいコナラのために、ややかがんで視線の高さを合わせる。
「心配だから、様子を見てくるね。あなたは、自分の仕事を頑張って」
それで、どれだけ伝わったか。ほどなくコナラは力強い仕草で涙をぬぐい、王国式の敬礼をしてくれた。
「……はいです!」
眩しいほどの笑顔から、私は半ば逃げたのだろう。ごくかすかに笑みを返しただけで封印の杖を引っつかみ宿舎を飛び出し、コミュ障特有の色々な後悔を置き去りにすべくさっさと魔導騎に飛び乗った。
頬に生温かい感触があり、見上げると赤錆色に濁った雨が降っている。
この街で支配的な獣人たちはどこかしらにある毛がその色に染まるのを厭い、軽い悲鳴や悪態とともにそれぞれ帰路を急いでいるようだった。
――嫌な雨って、これ?
――そう……あの高台! ひとっ飛びで行って!
何故か、指差されたわけでもないのにノアの言っている場所が分かった。街を見下ろすなだらかな丘にある展望台だ。確かにそこに、お腹の奥がぐるぐる鳴りそうな、嫌な気配を感じる。それくらいには、アニマというものを感知できるようになっていた。
そして、その使い方についても、魔導騎を通じて感覚的な理解が深まっていた。
――任せて!
要は単純に、魔導騎は、強く思い描けば割と忠実にその姿になってくれるということ。
思いつく限り最も速い姿を思い浮かべれば、果たして光に包まれた魔導騎は流線形からさらに翼が生え、明らかにオーバースペックな二基のジェットエンジンを備えた。
――え、ちょっと、
ここまでの進化はノアも想定外だったのか、慌てる気配が杖から伝わってくる。
――相手が誰だか知らないけど、轢くつもりでいくよ!
――ちょっと待ってえええええぇぇ――っ!
豪速で後ろに流れていく景色を見送りながら、ノアの上手を取れたことが内心とても愉快だった。
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