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【魔王デーヴァプッタ編更新中】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第三章 誰がISSを墜としたか

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#367 封印術士ネリスの献身5

 一転して緊迫したノアの声を脳裡に受けると、ほどなく、前方に見えた空間の裂け目から闇の塊――そうとしか言いようのない禍々しい気配の塊が四つ湧き出し、四方へと飛び散っていった。

 そのうち一つはこちらの方角へと飛び、黒煙のような尾を引きながら上空を飛び、はるか後方へと去って行く。思わず目で追ってしまい、あれが王国に害を為すことがあるだろうかと思いを致してしまうが。


――あそこにパパがいる。急いで。


 切迫したノアの意識の先にはリュート(推定)の安否しかなく、脳内に直接語りかけられる分、私にもその気分が伝染していた。勤務中だったのに何をしているのだろうとか、現実に根ざした思考はすでにない。急がないと大変なことになる。いや、大変なことが起こるのはすでに決まっていて、そこから生じる怖ろしい余波から何としてもリュートを守らなくてはならないという、何の根拠もない切迫。

 後で冷静になれば後悔と反省に苛まれそうな先走った焦燥は、しかし異変の生じた方角から、およそ最悪の方向で正当化されるのだった。


――伏せて!


 先ほど生じた、時空の裂け目――その中心あたりがみるみる膨れ上がっていき、かと思う間もなく、そちらの方角から膨大なエネルギー量の衝撃波が襲ってきた。

 先んじてノアに警告されたとおり、魔導騎に乗ったままできるだけ上体を伏せていたので、どうにか振り落とされずに済んだが、まるで大気を伝わる空気の大津波が駆け抜けていったようだった。おそらく、立っていたら吹き飛ばされていたであろう威力の衝撃波。全身を揺さぶる波に耐えると、数秒後に、ようやく音が追いついてきた。大気と摩擦しているのか、稲妻のような甲高い音と、地鳴りのような低い音がない交ぜになった轟音。

 どうにかやり過ごせたかと再び前を向いたとき、不意に、その姿が目に飛び込んできた。


――パパ!!

「リュート!!」


 先ほどの衝撃波に吹き飛ばされたと思しい、満身創痍で力なく四肢を伸ばしたリュートが、紙人形のように、はるか宙を舞っているのが見えた。

 そして、先ほど空間の裂け目から飛び出してきたものと同じに見える、黒々とした煙のような邪悪な気配の塊が、リュートへと真っ直ぐ迫っているのも見えた。

 魔導騎のスロットルを引き絞るように回し、最大推力でリュートの方へ向かう。


「間に合って!」


 方向的にはこちらへ落ちてくるように見えるリュートの姿は、もどかしいほどに、ひどくゆっくりと近づいてくるように見えた。それをあざ笑うかのように、黒い気配の塊は刻一刻、リュートに近づいていく。

 緩慢に流れて感じられる時間の中で、私よりも敵の方が早くリュートに追いつくと、はっきり分かってしまったその時、凛と響くその声が聞こえた。


「――法眼(ほうげん)様!」


 その人影は、ルール違反というか、ひどくでたらめな軌道を描きながら、視界の外から飛び込んできた。明らかに空中で細かく方向転換し、何もない空を蹴りつけるたびにかえって速度を増しながら、息を呑む暇もなくリュートへと迫る。空中であんな動き方をする人は、それこそリュートくらいしか思い当たらないといった具合に。

 しかし、その容姿は。


「……メイド服?」


 黒髪の東洋人風としか遠目には分からなかったが、丈の長い伝統的な仕事着を着ていた。およそ荒事に向いているとはとうてい思えない出で立ちながら、圧倒的な機敏さでその人はみるみるリュートに近づいていく。どういう取り合わせなのか、腰には大小二本の日本刀のようなものも見える。


「御免!」


 そして、暗黒の気配の塊がリュートに接する寸前で、ついにその人は、妙に時代がかった言い方をしながら、気絶したままと思しいリュートをその両腕に抱きとめた。そのまま飛行機が不時着するように地面に降り立ち、地面にそこそこ深い轍を二本引く。どうでもいいことだが、反動で大きく煽られたスカートの中に、流麗な意匠のガーターベルトが見えてしまった。

 私は急停止したその人物にちょうどぶつかる軌道を全速力で走っていたので、慌てて魔導騎を横倒しにしながら急制動をかけ、辛くも衝突を避けて停止した。

 その人は、その細腕のどこにそんな力があるのか、未だ意識のないリュートの体を左手だけで抱きとめたまま、腰の日本刀を抜き放った。

 対するのは、リュートを追ってきた闇の気配の塊だ。それはおぼろげな黒い煙の中から、妖艶な女性の姿を顕した。インド風の民族衣装らしき衣服に身を包み、何故かお尻から猫らしき動物の尻尾がついている。こちらはこちらで相当にいかがわいし容貌だった。

 しかし、事態はさらに混迷を極める。


「コナラ殿」


「はいです!」


 闇の中から現れた女性と対峙したまま、メイド服の女性は誰に呼び掛けたのか思ったが、答える声もどこから響いたのか、一瞬分からなかった。

 しかし、間もなくメイド服の女性が砂漠の赤土に落とす影が立体的に盛り上がり、私よりいくらか幼く見える少女が地面の中から姿を顕した。こういう理不尽なことをする人に心当たりはあったが、同じ忍というやつか。


「法眼様、いえ、我が君……やっと……」


 抱きかかえたリュートをコナラと呼ばれた少女に引き渡しながら、メイド服の女性は力のないリュートの顔をいたわしそうに、愛おしそうに見つめ、リュートの頬に自分の頬を添わせる。


「天子様を探し出した暁に、飛んでお迎えに参ります。それまでほんのしばらく、ご辛抱くださいませ。八幡大菩薩のご加護を」


 名残惜しそうに手をリュートの頬に当てていたが、やがてコナラと力強く頷き合い、敵と思しき女魔と向き合う。


「横取りする気かしら? 魔王の娘たる、このタンハーの得物を」


 同性の自分ですら官能を揺さぶられそうになる甘い声が、思わず膝を屈しそうになるほどの威圧感を伴って発せられる。

 が、対するメイド服の女性は身じろぎ一つしない。


「たかが矮小なる仏敵ふぜいが、魔王を名乗るとは片腹痛い。世に魔王とは護法魔王尊の現し身たるこのお方ひとり、またいずれは、征夷大将軍にこそお成りあそばされる。――この方が欲しいか? ならば、まずはこのシャナを倒せ。幾多の時代を超えて醸したる、この私の覚悟を超えてみよ!」


 可憐とすら言える容姿に反し、涼やかな声に乗った長広舌は堂に入ったもので、芝居の一幕でもあるかのように思わず聞き入ってしまった。天性のカリスマと言うべきか、注目せざるを得ない何かを敵方も感じたらしく、手出ししかねている様子だ。

 その隙に、シャナと名乗ったメイド服の女性はこちらに目配せし、リュートを任せるとばかり強く頷いてよこす。

 コナラもこちらへ、と私に向き直ったかと思えば、気絶したままのリュートを軽々と担いで先に走り出した。ここから、強化された魔導騎の走りでも、ついにコナラに追いつくことはできなかった。

 やがて刃を交える激しい音と気配が背後に起こり、思わず振り返るが。


「この程度の鉄火場、幾多もくぐり抜けてこられた英傑です。リュート様も一命を取り留めておられますので、いずれもお気遣いなきよう。……さあ、間もなくアルシア街道より、アスタマルに入ります」


 そう言えば先ほどからノアの声がしないとか、シャナという人が何を言っていたのかとか、そう言えば隊の任務中だったのどうしようとか、それ以前にやはりリュートの容態が気になったりと、忙しく考えていたため、いつから道が現代的に舗装されていたのか、気付くのが遅れてしまった。


「……アスファルト?」


 そう、いつの間にか街道は現代的なアスファルトで舗装され、私たちはその上を疾走していた。リュートに意識があったら、古代アスファルトの可能性とか言及してくれていたかも知れないが。


「じき、もっと驚かれますよ――さあ、あれがアスタマルの街です」


「…………」


 やがて見えてきたのは、現代日本人の感覚では現代ロンドンや、パリなどが近いか。石造りの伝統的な建造物と、コンクリート製の現代建築が混在する街並みが地平線の方から迫ってくるのが見えてきた。

 とりあえず、道路標識と思しき看板や、高速道路でよく見たタイプの青看板のような案内板なども、現れ始めた。ピクトグラムというものか、馴染みのない絵柄でも何を伝えようとしているのか分かるのが興味深い。が、こうして具体物を見せられると、どういうものか分からないにせよ、当地での交通法規というものを意識させられる。このままの速度、方向で走っていっていいものかどうか。


「……私、無免許で大丈夫?」


「は?」


 それ以前に、人ひとり抱えながら乗用車と同じ速度で疾走する少女に聞くことではなかった。

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