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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第二章 聖剣の簒奪者

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#321 女たちの言い分⑬マリアベル(前編)

「奧を整えねばなりませんね」


「おく……?」


――後宮ね。


――ハーレムって言った方がうれしい?


 じゃれつく獣人や魔族の子ども達を四、五人抱えたまま真面目に言うマリアベル王女殿下に聞き返したぼくに、呆れながら念話で補足するドリーに五十鈴。

 城の大広間に、大使として訪れた王女殿下を迎えての一幕である。


 そうなった経緯として、王国側の事情。

 停戦会談の後、地震騒ぎが落ち着いた頃に、まだ国号も定まっていない当方に対し、ひとまず大使をおくことになったらしく、これにマリアベル王女が立候補した。そろそろ自分も外交を学ぶべき年頃であり、王族として民衆への責務を果たすべきであるとか云々、そういう建前で要するに好奇心が抑えられなかったという話だ。当人があっけらかんと語るのだから間違いない。

 それに対し、これはぼくの推測でしかないが、ぼくとの縁戚関係を望むウィリアム王としても、ぼくとマリアベル殿下との関係を温めたいという思惑があってか、快諾。


 さして急ぐ話でもないので訪問の日程を互いにのんびり詰めていたところ、友達の家に遊びに来たような感覚で、わずかなお供だけを連れ、出し抜けにふらっと彼女が城にやってきたのだった。


「本当はもっと早くに伺いたかったのですけれど、王都の方で少々取り込んでおりまして」


 とは、本日到着して間もなくの彼女の談。こういう持って回った言い回しに含意があることは、何となく察せられるようになった今日この頃だが、この辺の事情は後に、やや意外な筋からもたらされた。


 それはさておき、どうやらウィリアム王の人徳や人心掌握術はしっかりと彼女にも継承されているらしく、あっという間に子ども達と打ち解けてしまった。何でもアカデミー、王都の教育機関で幼い子と接する機会が多いらしく、慣れているらしい。

 一方で、この世界の人類と武力を交えて敵対してきた魔族の大人たちには、さすがに屈託がある。距離をおきながら、無邪気にじゃれつく子どもたちを気遣わしげに見守る膠着状態になっていた。時間が解決してくれると良いが。


 ともあれ、そういう経緯で、マリアベルは、子ども達の口からジャネットやザエボスのこと、さらに

フィオナのことまで耳に入れてしまう。

 デリケートなはずの外交機密を「リュート結婚するかもー」などとあっけらかんと子どもに漏らされたときのナイーマ達の動揺ぶりはなかなか見物だった。


 ぼくとしては、むしろ将来的に連合国と関係を結ぶとか、強硬な成り行きになれば併合だとか、そういう可能性を王国側に示すのも、やりようによっては良い牽制になるのではくらいに捉えているが。


 差し当たって、こちらの世界での結婚の常識、特に王家における在り方を教えてもらえないかと、ぼくとしては雑談程度の気持ちで聞いてみたところ、やたら真剣な表情で冒頭の助言が返ってきたという次第である。


「ええ。わが国の慣習に限って言いますが、まず正室がお一人。そちらの慣習で空席でもよいということなので措くとして、次に側室。ご結婚なさるとしたら、フィオナ様はこちらに当たりますね。何人いても構いませんが、体面上、家柄として同格の方が入られるのが無難と思われます。分かりやすく言えば、他国のお姫様や、上位貴族の令嬢ですね。その意味で、今フィオナ様の他に側室となる可能性があるのはマルヴィナ様ですね。アオイ様もそう考えて良いでしょう」


 アオイの肉体は元々王国から魔族に嫁いだサウジーネ姫だし、今も当方の魔族の代表という立場なので、格としては相応しいという意味だろうが。


「アオイはただの友達ですけれども」


 ぼくがそう言った瞬間、時間が止まった。

 マリアベルの顔がやや厳しめな目つきの無表情に凍りつき、魔族の女性たちも似たような表情でぼくを見る。子どもたちにまで、呆れ顔で見られてしまった。


「――次に、寵姫(ちょうき)愛妾(あいしょう)などとも言いますね」


 ぼくの発言など無かったように、咳払い一つおいてマリアベルは続ける。


――ぼく、何か間違った?


――うん。彼女がここにいなくてよかったわね。


――後で反省会だね。


 とりあえず、この場にぼくの味方は一人もいないということは分かった。


「明確な決まりはありませんが、ざっくり言って、主人の寵愛を受ける方は、みな寵姫としてよいでしょう」


――寵愛を受けるって……


――まあその、あのね……


――ヤっちゃうってことね。


 妙にぼかした言い方が気になってしまったが、説明してくれているマリアベル本人に聞き返さず、念話チャットルームに流したのは正解だったようだ。言いよどむドリーに対し、五十鈴がやたら得意げに答えてくれた。

 しかし、こういう話を子どもに聞かせるのは如何なものか。


「正室、側室、寵姫の違いは対外的な、体面上のものに過ぎませんので、そこに序列が生じることはありません。無論、あなたなら、みな平等に愛してくださいますよね?」


「……そういうことになればという仮定の話ですが、まあ当然のことかと」


 気のせいか、場の雰囲気が和らいだ気がする。マリアベルも満足そうな笑顔になった。ゲーム的に考えると、正解の選択肢を引いた感じだろうか。外交的には、せいぜい好感度が上がってくれると良いが。


「たいへん結構です。……それに、彼女らに仕えて世話をする女中を加えて、奧とします。女中が寵愛を賜ることも無論許されますが、諸々できるだけご配慮くださいますよう」


 あまり配慮しない人が身近にいるのだろうな、と某ウィリアム王の笑顔が思い浮かぶ。

 それにしても大奥みたいな話だな、とのんきに思ってしまったが、まさにその話をしているのだったか。しかし。


「そこまできっちりと組織立てなくてもよいのでは? 現状、問題は生じていませんし――」

「甘い、甘すぎます!」


 ぼくが怯んでしまうくらいの勢いで、かなり食い気味にマリアベルは一喝する。

 その声量だけで外交的に意味が生じそうな否定の言葉だったが、絶妙に声音をコントロールしているのか、怖がっている子どもは一人もいない。逆にみんな「あまいー」と口々に追随している。

 魔族の女性たちも、何か深く噛みしめるような表情でうんうんと頷いていた。


 やはり、一人も味方がいない。逆に、マリアベルは味方を増やしている気がする。双方の友好にとっては喜ばしいことだが。


「アオイ様のことと言い、ご自覚が足りないようですが、これからもあなたに思いを寄せる女性は雪だるま式、指数関数的に増えていくでしょう。……スレイヴでしたか、絆で結ばれた従者の方がすでに十数名いらっしゃるとか。ですが、密かに思っている方、あわよくばとお思いの向きを含めれば、すでに相当の数に及ぶかと推察いたします」


 そこでマリアベルが鋭い視線を周囲に巡らすと、相当数の女性がさっと顔を伏せた。地獄かな。


「――その人数をまとめるには互いの思いやりだけでは足りません。組織が、秩序が必要なのです。増えてからでは遅いのです。……それに、今のうちに奧に入ってしまえば、後の方より多くの機会に恵まれると請け合いますわよ?」


 後半はややトーンを落とし、まるで女性たち一人ひとりに囁きかけるような口調、俗なメリットもちらつかせてくれる、演説の名人というべきであろう。

 魔族女性たちの喉が一斉にゴクリと鳴る音が本当に聞こえた。地獄かな。


「王国とみなさまとの架け橋になると意気込んで参りましたが、今はっきりと分かりました。わたくしはこの仕事のために、ここに来るよう巡り会わされたのですね。不肖わたくしマリアベル、あなた方の奧の繁栄のために、助力を惜しまないと誓いましょう!」


 立ち上がって、威風堂々と宣言する姿に、魔族女性たちから惜しみない拍手が注がれた。


――堂に入ったものね。あなたより首長に相応しいんじゃない?


 ドリーが、彼女ならではの皮肉を利かせてくれるのに、妙な安心感がある。


――大いに見習うべきだね……いや、本当に代わってくれないかな。


――魔族と人類がこんなに打ち解けてる姿、初めて見たかも。


 何だかんだこの世界の歴史に寄り添ってきた五十鈴が、妙に感慨深げであった。


――それが一番の収穫だろうけど、こんな形でわかり合ってくれなくてもよかったんじゃないかな……。


 誰にも同意してもらえない独白を、せめて念話で残す以外、ぼくにできることはなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今後の励みになりますので、

ブックマーク、下の★★★★★評価、感想など頂ければ幸いです!


今後ともよろしくお願いします!

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