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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第一章 復讐の操獣士と黒い翼のピュセル

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#31 初めての契約

一人で歩く森の道中は、数日前と何ら変わらないはずなのに、妙に寂しく感じられた。シンシアがいなくなっただけなのに。


例の夢から覚めてシンシアの店を訪れると、シンシアはすでに王都に出発した後だった。店に閉店中の看板が掛かっていたのを見掛けたところ、道行く人にそう伝えられた。


別に今生の別れでもないのだからとは思うが、出発前に会ってくれてもよかったのではないかと思ってしまう。


お互い交際の意思表示をしたわけでもあるまいし、相手の振る舞いに不満を言い合うような関係性にもなっていないだろうが。


案外自分は束縛がきつい質かもしれないと、益体もないことを考えてしまった。


さて、鍵は昨日受け取っていたので入ることもできたが、どうせここに帰ってくるのだからとそのまま探索に出た。


例によってセイレーンに呼び掛け、昨日探索した大樹の元にたどり着く。


昨日と同じように、時間が止まったような静謐さに溢れ、妖精の姿も見えない。


どうせ、急ぐこともない。


手頃な岩に腰掛けて、操獣の笛の歌口に唇を添える。


流れ出すのは、吹き慣れたバッハのアリアだ。ちらつく少女の幻を努めて意識しないようにしながら息を吹き込み、指を繰る。


吹きながら周囲の様子を窺うくらいの余裕ができてくると、まず、近くの木の枝から、子リスがじっと聞いているのが見えた。


見える限りでも鳥たちは羽を休めて聞き入り、ウサギやイタチなどの小動物たちが少しずつ周りに集まってきていた。


タマリンの親子だろうか、子どもが目を見張って聞いているのを、母ザルが優しく見守っている。


例によって操獣の効果が発揮されているのだろう。自分が優秀な奏者というわけではないとは分かっていても、小さい聴衆が集まってくるのはうれしい。


適当な区切りで演奏を止め、無邪気にじゃれてくるリスや子猿を撫でていると、遠くからこちらを覗う気配に気付いた。


決して小さい獣とは言いがたい、赤い鱗に覆われた大きなトカゲ。見覚えのある、すらりとした立ち姿。勇者一行に放逐されたぼくを村まで乗せてくれた、あのファイアリザードだ。


おずおずと周りを気にしているのは、自身が他のモンスターと比しても攻撃的な種族であり、その場にいるだけで彼らを刺激してしまうことを理解しているからだろう。こんな繊細な感性の持ち主を、どうして敵性存在と見なせるか。モンスターの定義とは何か、考えずにはいられない。


周囲の動物たちも警戒しているが、攻撃される様子はないため、ぼくにじゃれつきながらファイアリザードを遠巻きに見ている、という膠着状態が生じた。


どうしたものかと思っていると、視界の端から目映い光が発し、思わず目をしばたいた。


見ると、つけていることさえほとんど忘れていたマスターリングが、青白い光を放っている。初めて見たが、オリヴィアの銀縁眼鏡がスキル発動に合わせて同じように光っていたはず。


ゲーム画面さながらのインターフェースが自動的に開き、メッセージを表示する。曰く、

『主従契約の条件を満たしました。スキル〝コントラクト〟を使用してください』


マスターリングから青白い光の鎖が宙へと伸び、ファイアリザードに届く。


やはり青白い光でできた輪がその首に現れ、マスターリングと光の鎖でつながれる。


どうすればいいかは何故か分かっていた。


「おいで」


表情に乏しい硬い顔が、はっきりと歓びに輝いて見えた。やや小走りに駆けてきたファイアリザードの首にはまったリングに、マスターリングを重ねる。


瞬間、脳内に膨大な量の映像と、音がなだれ込んでくる。


それらは匂いや温かさ冷たさ、痛みも伴い、すべての刺激がこれまでのファイアリザードの経験であることが分かった。


走馬灯という、合ってそうで合ってない単語を連想していると、流れ込む映像がひどくゆっくりになっているのに気付いた。


手前に草むらがある。というか、自分は、いや、この視点の主は、草むらの中に隠れている。


視界の前方、やや遠くには一回り大きいファイアリザードがいて、人間たちと戦っていた。


考えるまでもなく、戦っているのは、このファイアリザードの母親だろう。


そして、戦っている人間たちが誰かも、考えるまでもなかった。ジークフリート率いる、勇者パーティ一行だ。


そこまで見て、ようやく思い出した。


ピュセルの城を目指す行軍の途中、幾度となく立ち塞がった魔物たちの一体だ。


母リザードは懸命に立ち向かうが、やがてジークの聖剣に喉を貫かれ、息絶えた。


そうだ、覚えている。


この母リザードは絶命の瞬間、確かにぼくを見ていた。まるでその口が動いて何か言おうとしているかのようだった。


何を言おうとしていたのか、何を託そうとしていたのか、その答えが、今、目の前にある。


やがて、記憶の奔流はすべてマスターリングに平らげられ、二つのリングが金色に輝く。


ぼくはファイアリザードの冷たい皮膚に指を這わせ、その首を抱く。


頬を擦り合わせると、優しい動物が喜びに震えるのが感じられた。


金色に光るリングがさらに語りかける感情の渦が、名前という形を為した。


「……リッカ、そう、君の名は、リッカだ」


そして、ファイアリザードが目を閉じ、頷いた瞬間、二つのリングから金色の光があふれ出した。


光はファイアリザードの体を包み込み、その体そのものを同じ色の光に変えた。


ぼくは堪えきれず、目を閉じてしまった。


やがて光の波が収まり、目を開けると、そこには燃えるような赤い髪と、同じ色の大きな瞳を持った女の子が浮いていた。


見た目年の頃は小学校低学年くらいだろうか、まだ膨らみを知らない肢体に一糸まとわず、しかし首にだけはマスターリングと同じ輪がはまっていて、そこから伸びる光の鎖がマスターリングにつながっている。


姿形はまったく違うが、その女の子が先ほどまでそこにいたファイアリザードだということは直感で分かった。

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