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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第二章 聖剣の簒奪者

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#289 ムラクモ・ラプソディNo.12 ヨシツネ見参

 傷ついた黒龍の巨体が海面に叩きつけられ、舟や人だったものを巻き上げながら、高い水柱を上げる。

 あまりに異様なその光景に、驚きの声を上げる者もあれば、その気力すらなく呆然と見上げる者もあり。その反応でどちらの陣営にある者か、ありありと分かるのだった。

 すなわち、前者が源氏方、後者が平家方と。

 その両者による治承(じしょう)寿永(じゅえい)の乱は、ここ壇ノ浦にて最終局面を迎えていた。その結末は後世の誰もが知るとおり源氏方の勝利であり、平家に擁立された幼帝、安徳天皇らとともに、持ち出された神器、天叢雲剣――正しくはその形代――は、海中に没する。


 しかし、神代まで時間を遡る途中で見た光景が本当なら、ここで天叢雲剣・形代は、マルスガルド世界へ渡るための大きな転換点を迎えるはずだ。

 ただ、ここまでで黒龍は首二本と尾を失っており、その力はだいぶ弱まっているかに見える。このままこの時代の人々の手を煩わすことなく決着を付けられるのではないか。


「……そう思っていた頃が、ぼくにもありました……?」


 残った三つ目の首が咆吼し、表情を表せないはずなのに、深く切れ込んだ口が笑みを形作ったように見えた。

 ぼく以外の人にはどう見えているだろうか、黒いもやのような負のアニマが周囲からその口に急速に吸い寄せられていく。

 戦場に満ちた恨み、怒り、嘆き。それらあらゆる負の感情を養分として、黒龍は吸い寄せ、飲み込んでいく。

 失われた尾の付け根で筋肉がびくびくと動き、その先で、忌まわしい動き方でのたうちながら、自在の九尾・龍に代わる、色も形も同じ、新たな尾が生えてきた。あるいは、それが黒龍本来の尾だということがあるだろうか。

 残された三つ目の首に魔力が満ち、どこか羊のそれに似た、禍々しい形に曲がった二本の角が生えてくる。

 あれか、体力が半分だか四分の一になったところで形態が変化するパターンか。


――この辺の怨念を吸い上げてくれてるから、ある意味戦後のお祓いが楽になるかも。


――そりゃ神様視点だとそうかも知れないけれど。


――ごめんね、お兄ちゃん。タキリ姉様とタギツちゃんにも呼び掛けてるから、ちょっと時間がかかるかも。少し持ちこたえてくれる?


――そりゃあ、ここまで連れてきた責任は取る!


 息をするように情報量を増やすサヨリにもはや反論する気も起きず、なるようになれと開き直る。


「動ける者は逃げろ! そなたたちの敵う相手ではない!」


 黒龍の二本の角が黒紫色の電撃を発し、その間の口から、レーザーとも火炎ともつかない、紫白色の熱線が放たれる。

 避ければ武士たちに当たる。黒い翼をいっぱいに開き、力業で受ける。その隙に三本の尾を展開し、反撃の糸口を探っていた、そのとき。


法眼(ほうげん)様!」


 見上げんばかりの龍の巨体の、さらに上。高く上った太陽の中に、その声の主の影があった。

 影は急速に降下して龍の首に肉薄し、刀を叩きつける。信じられないことにいくらか利いたらしく、龍が悲鳴を上げ、ブレスが止まった。

 そのまま二本の角の一本に取り付き、鮮やかな緋色の甲冑に身を包んだ若武者が、晴れがましい笑顔をこちらに向けた。


「……ほーげん? え、ぼく?」


「はい、お懐かしゅうございます!」


「ああ、うん、久しぶり」


 同窓会で再会した同級生の名前を思い出せないのって、こんな感じか。適当に話を合わせつつ、頭の中でオタク知識を必死にたぐる。そんなことよりこの人は絶対あの人だと思うので、実際に会えた感激で考えるどころではないのだが。

 ……法眼、ああ、鬼一(きいち)法眼かな? 僧形の陰陽師として伝説に伝わる人物であり、一説に、鞍馬山で牛若丸の師となった天狗と同一視される。

 個人的には天狗などという妖怪より、出自の怪しい人間の方がまだ信憑性は高いと思うが、その真相はさておき、この黒い翼が天狗と誤解される要因になっていることは戦国時代へのタイムスリップで実証済みである。

 彼が鞍馬の師と誤解しているのか、それとも今後実際に幼い彼をぼくが教える時空を経験することでもあるのか――ともかく、ここは乗っからない手はない。


「あーうんうん、久しいな、牛若丸。立派な武者振りだ」


 憧れの人物に白々しい演技をしなければならない成り行きが恨めしい。


「はい!」


 頭上から輝かんばかりの笑顔を見せられるので、余計に後ろめたいのである。

 しかし、敵もさるもので、三つ目の首は煩わしい虫でもいるかのようにめちゃくちゃに首を振り回し、角に取り付いていたその人物を振り落とす。

 その人は空中で鮮やかに身を翻し、ぼくの隣りに降り立った。


「あなたと共に戦えること、我が生涯の誇りとなりましょう」


「こっちのセリフだ」


 師匠らしいので偉そうに言ってみるが、何から何までまさしくこっちのセリフなのだ。

 スサノオ、ヤマトタケルもビッグネームには違いないのだが、どうも神話上の人物という意識がまさって現実味がなかった。両者とも、因縁のある人物にそっくりだったし。

 しかし今回の共闘相手は掛け値なしに実在の英雄なので、実感の度合いが違う。黒龍なんてどうでもいいので握手とかサイン(?)とか欲しいくらいには内心舞い上がっていたりする。


「あの、二本の角を落とすぞ。それでだいぶ力を削げるはずだ」


 そんな心情を努めて押し隠し、師弟らしい設定を崩さないよう、尊大な言葉遣いを心がける。疲れる。


「はっ」


 彼は脇差しも抜き放って二刀流となり、ぼくとともに、改めて龍に向き直る。


「我こそは(みなもとの)九郎(くろう)判官(はんがん)義経(よしつね)! いずこより来たる荒ぶる神か存ぜぬが、ここに散る平家の猛者たちへのはなむけに、ひとつ成敗してくれよう!」


 その勇壮な名乗りに鼓舞されたか、居合わせた源氏方の兵たちが刀を、槍を振り上げ、勇ましい雄叫びを上げた。

 源氏武者と、異世界龍との戦いが始まる。

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