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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第二章 聖剣の簒奪者

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268/363

#268 旅の始まりに

「あたしらさ、総長に言われてジークを地走竜の巣に放り込んだじゃん?」


「ああ」


「もしジークが地走竜倒せたらって、総長は期待してたんじゃないかなって」


「……そういうことも、あるかもな」


 セシリアが再び盾に乗り、こちらに向かってくるのに手を振って、用意してあったという馬車に乗り込む。この時から、そいつがいるという予感はあったのだった。

 幌の中の暗がりに目をこらせば、わざとらしい位置に転がっている麻袋がガサゴソ音を立て、見知った少女の顔が恐る恐る出てくる。


「……もう、終わりまして?」


「お前、ずっとそこにいたのかよ」


 追いついたルナが不平を漏らせば、受けたクラリスも袋から顔だけ出したまま頬を膨らませる。


「荒事は専門外ですもの。それより、領地視察のためと休学届出しましたから、私も同道しますわ。行く先はアーバスノット領ですから、嘘ではありませんもの」


「いいけど、お前御者な」


「お安いご用でしてよ」


 危険を避けたペナルティという訳でもないが、公平のために言ってみたところ、思いがけず快諾が返ってくる。お嬢様育ちのこと、渋るかと思ったが。

 御者台に座る仕草も堂に入ったもので、どういう経緯か経験があるらしい。


「先生、おつー。すごかったよー」


「えへへー。この盾、もうちょっと借りてていい? サーフィン楽しい」


「あいよー」


 どうも先生としては、尻尾の力で拡張した魔力感度を利用し、馬車の外から索敵を担ってくれるつもりでもあるようだ。


「さあ、きりきり働いてもらいますわよー」


 若干穏やかでないセリフを飛ばしながらも、クラリスは、思いの外鮮やかな手綱さばきでコルノ鳥を繰り出す。


「半日ほど行けばオアシスがあります。まずはそこを目指しますわよ」


「? オアシスってあれじゃね? すぐ着きそうじゃん」


 ルナが指差すのは、地平線に揺らめいて見える水場の像だ。学校で言えば、教師の立場でこう間違ってくれれば授業を進めやすいという、言わば模範誤答である。


「蜃気楼って習ったろ? むしろ半日で着くんだな」


「遠くの方角が分かるなら、むしろ便利かもね」


 さすが先生と言うべきか、知識量だけでない、頭の回るところを見せてくれる。


「メラスに行くときは、いつも目印にしてますもの――さあ、飛ばしますわよ!」


「お前、手綱握ると人格変わるタイプかよ……」


 こういう心理は自動車登場以前からあったのかと、役に立つか分からない学びになった。

 ともあれ、そんなこんなで賑々しく、馬車は遥か荒野へと動き出したのだった。



 ……半日よりは、短かったか。日が落ちる前にオアシスにたどり着いたのは行幸だった。


 水辺に野営地を構え、四人で火を囲んだ。

 冒険者暮らしをしてきた私たち三人はともかく、クラリスも野営に慣れているのは意外だった。聞いた限り、メラス地方へは頻繁に赴いているらしく、慣れた道程の気楽さもあるのかも知れない。

 保存食のパンに加工肉、スープという簡単な食事を済ませると、各々火の周りで思い思いに過ごす、憩いの時間となる。

 見上げれば元の世界とほとんど同じ星空が、元の世界とは比べものにならない克明さで見えている。

 星座なんてまったく詳しくないが、悠々とたなびく天の川はすぐに分かる。


「先生に教わったよ、火星と地球って広い宇宙からすればすごく近いから、星座の配置とかはほとんど同じなんだって」


 私と同じように武器の手入れをしていたルナが、私と同じように空を見上げて言う。

 クラリスは何やら本を読んでいて、やや離れた小高い丘にいるセシリアはハープを弾いている。優しい音色が、オアシスを浸していた。


「遠くまで来たなー」


「それな」


 王都を出奔したことか、そもそもこの世界に転移したことか。どちらにも共感できるので、適当に返事をする。


「何だかんだ言って、毎日楽しいね。お金を稼ぐ苦労はあるけど、自分の力で自分を自由にできるのって、生きてるって感じがする」


 元の世界では私ですら不自由に感じていたのだから、ルナの立場ではなおさら生きづらいと思えることが多かっただろう。思い返せば、ルナはこっちでより活発になり、作り笑いをしなくなった。


「うん、分かる」


「ジーク、生きてるかな」


 空を見上げているので、どういう表情でルナがそう言ったのかは、分からない。ただ、こうして気持ちにゆとりができてみれば、自分たちがしたこととは言え、成り行きが案じられる気持ちは分かった。


「……そうだといいな」


「先生のあれさ、リュートと話してるんだってよ」


 それにしても、コロコロと話題を変える親友である。


「どういうこと?」


 言われて注視してみれば、丁寧な手つきでハープを弾いているセシリアの体が、うすぼんやりと金色に光っているように見える。何らかのスキルを使っているのか。


「お互い楽器を演奏していると、見たこと聞いたことをそのまま共有して、その気になればテレパシーっていうの? 会話もできるんだって。主従契約っていうんだっけ? そういうのなしにそんなことできるの、あの二人だけらしいよ」


「まじか。運命の二人じゃんそんなの」


「ね。聖女しか――」


「――勝たんな。……お前はいいのかよ、それで」


 ルナは分かりやすく動転し、顔を赤らめて私を睨む。可愛い。


「マリンこそさ。隠せてないよ、全然」


「……こういうのって、自分より周りの方が分かるものなのな」


「ね。っていうか話に聞く限りリュートの周りってさ、競争って雰囲気じゃなくない? だったら別に、おこぼれに預かるくらいでもいいかなーって思うんだけど、これってあんまり好きじゃないのかな」


 親友が乙女すぎて可愛すぎる件。


「だったら、あたしも似たようなもんだよ。案外アイツの女ってみんな、こんな感じなんじゃね?」


「そうかな――」


「ええ”え”#%$※■◎’$%○▼――!?」


 突如響いた素っ頓狂な声に、私たちだけでなく、うとうとしかけていたクラリスまでしっかりと覚醒し、何事かと辺りを見回す。


「今の、先生?」


「っぽいけど――」


 顔を見合わせるが、ともかくも立ち上がり、ぱったりと手を止めたセシリアの元へ向かう。

 どうしたことか、セシリアは表情を失い、大きな瞳からも光が消えていた。


「先生、何があった?」


 油の切れた人形のようにゆっくりとこちらを振り向き、感情の薄い声を漏らす。


「……リュート、結婚したって……」


「「はあっ!?」」


 当人の与り知らないところで、聖女は敗北していた。

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