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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第二章 聖剣の簒奪者

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241/363

#241 ゴーストライターの独白2

 古い油の臭いに、貧乏学生たちの喧噪。ホダラク食堂はとにかく安さと量が売りの、学生街に昔からある定食屋だ。

 サークルやゼミの仲間内で固まった大学生たちが主なターゲットで、彼らが求めるのは味ではなくコストパフォーマンスだ。そこに一点突破した結果、決して衛生的とは言えない環境と、昭和レトロというのか、独特の趣の人気店が出来上がった。もう五十年ほどになる老舗でもある。


 地方から上京したばかりと思しい、垢抜けない学生たちを見ていると、同じく苦学生だった自分に引き写して懐かしく思い、かと言ってその頃から精神的にも社会的にも成長していないことが顧みられもする。それでもいまだに通っているのは、懐事情以外に心情も大いに起因していた。


「味変わってないな。油も代えてないんじゃね」


「はは、懐かしいなそのネタ」


 あんパンくらいの大きさがあるメンチカツにかぶりつき、頬張りながら竜次は言う。中卒のこの男とはキャンパス生活を共にしたわけではないが、同じ学校法人が運営する教育機関を保育園から中学校までともに通っており、その過程で何度となく通った店なのだ。

 経済的にはお世話になっておきながら味や油の質に文句を言うのも、常連客の昔から変わらない楽しみ方である。


「……やっぱさ、オレ顔出すのやめとくわ。園長先生に、合わせる顔がねえ」


 揚げ物の油を麦茶で流し、うつむいたまま竜次は言う。


 任侠の道に足を踏み入れた時点で、カタギの世界と決別したという思いもあるだろう。それ以上に、今回の服役は殺人という罪状だ。恩師に会いに行くのに、忸怩たる想いがあるのは分かる。しかし。


「お前、殺してないんだろ」


 彫りの深い顔立ちの奥で、純粋な瞳の色が揺れた。


「お前に、何が分かる」


「組に入る前に、園長先生にあいさつに行ったろ。先生、何て言ってた?」


「……〝どこに行っても、どの道を選んでも神様は見ています。歩く道は選べなくても、その道をどう歩くかは決められる。あなたの信ずるところに恥じない旅をしなさい〟」


「一言一句違えずに覚えてるじゃないか。だったら、お前が道を踏み外しているはずはない。……悠香ちゃんも、会いたがってたぞ」


「……だったら、尚更だ。オレみたいな極道には、二度と関わらない方があの子のためだ」


「迷ってるな。そういう迷い方をする人間は、信じられる。何かする度に迷い、考える方が、間違いは少ない。迷いがない方が危うい」


 麦茶のコップを持ったままうつむいていた竜次が、再び手を動かす。山盛りの千切りキャベツにソースをぶちまけ、一気にかき込んだ。この食べ方も、昔から変わっていない。


「相変わらずの口八丁だな。書き物でもそんだけ弁が立つなら、小説も売れそうなもんだけど」


 これも、昔からよく言われていたことだ。それだけ自分に成長・成果がないとも言える。


「相変わらず、鳴かず飛ばずさ。けど……最近は、こういうのも書いてる」


 小説投稿サイトの自分のページを表示し、スマートフォンを渡す。


「今は何でもスマホだな。落ち着いたら、オレも契約しなきゃか」


「つき合うよ」


「助かる」


 それなりのボリュームになった自作を、竜次は黙って読み始めた。リアクションが気になるが、反応を知るのが怖くもあり、横を見ないようにしながら揚げ物との格闘を再開する。


「……この、龍玉ってさ」


 しばらくして、ぽつりと竜次が口を開いた。戦国時代にタイムスリップした下りで、そういうアイテムを出したか。


「うん?」


「いや、何でもねえ」


 結局、それ以外には何の感想も言わず、竜次はスマートフォンを返した。それはそれで気になるリアクションだが。

 ちょうどそのタイミングで二人とも定食を食べ終わっていた。


「何かあれ読んだら、鞍馬ドーナツ食いたくなったな。まだコンビニにあるか?」


「こんだけ食ってよくドーナツが入るな……ぼくは天狗シューにしよう」


 まあ、自分の食べ物の描写で食べたくなったなら、それも肯定的な感想か。義理堅い性格のくせに、人の金で食べるの前提で言っている神経の太さが可笑しい。こういうところも変わっていない。

 これから会う面々への手土産にもなるかと思いつつ会計を済ませ、二人で店を出た。

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