#23 魔王の花嫁
――聞こえてる?
「体の中に、俺以外のアニマを感じる。精神魔法を使った新手の間者かとも思ったが、それにしては思考が澄んでいる」
――多分、強く念じれば言いたいことが伝わる。この状況、うかつなことは声に出さない方がいいだろう。
一応口元を隠しながら囁くように語りかけたつもりだったが、用心深い奴のようだった。
果たして、対岸に当たる崖、岸壁自体に刻まれた複雑な凹凸の隙間から、件の野盗が一人、姿を表す。
身の丈ほどもある長大な曲刀を背負った、長い黒髪の女盗賊だ。
名は覚えていないが、王都では剣聖とまで称された使い手が身をやつしたのだとか。風になびく髪に隠されてよく見えないが、煌々と光る強い目の光には、気のせいか、記憶を揺さぶられるものがある。
――……こうか?
――そうそう、筋がいいぞ。
――妙に上からなのが腹立つなお前。
――訳ありで、マウントとれる機会が貴重でね。許してくれ。
――面白いやつだな。そうそう、前は助けてくれたよな? 龍を従わせたあの光の輪、お前の力だよな。
――ぼくにとっては今もあの時も、寝ているときに見ている夢だ。干渉できるとは思わなかったよ。
女盗賊もこちらに気付いているようだった。
というか、相当前からこちらの出方をうかがっていて、今、あえてその身をさらしたというところか。
真っ直ぐこちらを見て、艶然と微笑んでみせる。その唇の形も、古い記憶を揺り起こすようだった。
――ちょっといいなとか思ってんじゃねえよ。
――思考が筒抜けなのはともかく、ノータイムで突っ込みが入るの、ちょっと気持ちいいな。
傍観か介入か逡巡するこちらの思惑を見透かしてか、女盗賊は鼻で笑う息を一つ抜くと、乾いた赤土の岸壁を蹴りつけながら、谷間の道へと素早く降りていく。
――外交的には助ける一択だろ。何を傍観している。
確かに、流浪の民の延命を考えるなら、婚姻を受け入れた上で外交していくしかない。
自分のスキャンダルの隠蔽を優先するなど以ての外だ。
ナイーマの提案には彼女の、否、流浪の女たちの王国への憎悪が滲んでいる。
ナイーマを否定しなかったのは、その感情に配慮したのもあるが、あの輿が罠であるかどうか、盗賊に確かめさせても瞬移で救助は間に合うのではないかと考えたのだ。しかし。
――いや、助ける必要はなさそうだぞ。
アニマの気配で分かる、あの輿の中にいるのは、相当の使い手だ。
果たして、高速で降下しながら女盗賊が長刀を振るうよりも早く、輿が二つに割れた。
女盗賊はとっさに空中で身を翻し、振るおうとしていた長刀を引いて守りの姿勢を作る。その判断が遅れていたら、その命はなかったかも知れない。
輿の中から飛びだした人影は、自ら乗ってきたそれを真っ二つに切り割った得物で、その勢いのまま女盗賊に迫っていた。
女盗賊は辛うじてその斬撃を受け止め、相手の姿を見極める。
中央の人類に一般的な金色の髪に、魔族の特徴である褐色の肌。
それだけでいわく付きの出自でありそうなのに加えて、花嫁衣装なのか純白のドレスを着ている。
その出で立ちに似つかわしくない二本の曲刀を両手に持ち、その一方で女盗賊と拮抗している。
「――! その指輪……」
女盗賊はその情報量の中で、特に相手がはめている指輪に目を留めたようだった。
一方で、輿から飛びだした女は油断なく視線を巡らせて、こちらにもう一方の刀を突きつける。
「貴様も一味か!」
凜とした声が夜の谷に響く。
名指しされては仕方がない。両手を挙げて敵意がないことを示しつつ、二人によく見える位置に出た。
「貴様とは、ずいぶんご挨拶だな――」
そのまま、黒翼を開き、瞬移を発動する。
「――仮にも婚約者に向かってさ」




