#229 勇者の失墜4
「野営慣れしてんな、お前ら」
「あんたが慣れてないだけじゃん?」
「お坊ちゃんだったもんねー」
「うるせ」
ランタンの頼りない光に照らされて浮かび上がる洞窟の中には、炊事場や寝床など、野盗たちの生々しい生活の痕跡があった。
特にこの洞窟にいた野盗たちは食事中に今回の襲撃を受けたらしく、食べかけの器があちこちに散乱し、劣悪な衛生状態も相まって、決して食欲をそそるとは言えない匂いが充満していた。
地上での戦いがあっさり終結した後、残党狩りが始まった。
ノクティス・ラビリントゥスに暮らす野盗の多くは無数に刻まれた断崖の間に洞窟を作り、その中で生活していた。任意参加の傭兵や冒険者がその中に押し入って、残った野盗をしらみつぶしに狩るという流れになり、せっかくだからもう一稼ぎと、ジークたちも近くの洞窟に入ったのだった。
結果としては空振りで、この洞窟内に盗賊は残っていないようだった。
緊張の糸が切れ、せっかくだから休憩していこうというマリンの一声で、洞窟の中での野営が決まった。
これまで野営の準備は全て人任せにしてきたので何をしたらいいか分からず、手持ち無沙汰にしていたところ、てきぱきと行動する二人に揶揄されることになった。彼女らに言われるとさほど不快にならないのが不思議なところだ。
盗賊たちが残していった食糧から安全そうなものを見繕って二人が作ってくれた野菜スープは、元の世界で食べていたものは言うに及ばず、王都の飲食店で出されるものにも及ばぬ味だったが、じんわりと腹の底から温まるものがあった。
「うまい」
言ってしまって、たぶん意外に思われるだろうなと思ったが、果たしてその通りのリアクションを二人はしている。
「なんか変なもん食った?」
「いやいや、あたしらが作ったものじゃん。あんた変なキノコとか入れてない?」
長年連れ添ったお笑いコンビのコントみたいなやり取りに、思わず笑ってしまった。
それを見た二人が、また狐につままれたような顔をする。やがてその二人の顔も、ほぐれて笑顔になった。
「あんたももっと早くそのくらい素直に振る舞ってればさ、今ほど嫌われずに済んだんじゃない?」
マリンは呆れた口調でこぼしながら、空になったジークの椀を勝手に取り、勝手にお代わりを装う。
「素直に振る舞ってたからああなったんじゃねえか」
「あははウケる、そりゃそうだ」
どうもその言い草が、ルナのツボにはまったらしい。
「やっぱ、分からねえ。俺は怪物なんだ、人の心が分からない」
「分かる努力をしてこなかったんでしょ」
新たに装われたスープを渡しながら、マリンは妙に鋭い目でこちらを見てくる。妙に核心を突いたことを言うときの目だ。
「それで許されてきたんだもん、そりゃ周りにどう思われてようが気にしないよね。でも生まれ育ちを言い訳に甘えたままでいたら、誰にも相手にされなくなるよ。今は環境のせいにできても、大人になるまでそうだったら、そりゃあんたのせいだ」
一気にまくし立てて、豪快にスープをすする。
「すげえな、お前」
「ね、ちょっとオカンっぽいよねマリンって」
「どこが」
唇を尖らせながらも、マリンは空になったルナの椀をひったくり、お代わりを装っている。ひょっとして無意識にやっているのか。
「そういうとこ」
「そういうとこじゃね」
期せずして同時に言い返されたマリンは羞恥に頬を染めながら、乱雑に椀をルナに渡す。
「さ、あんたら食べたら一眠りしてな。最初はあたしが見張るから、後で交代ね」
「……おう」
「あーい」
思えば、どこまでも脳天気だった。
彼女らが作った食事に毒なり睡眠薬が入ってなかったかとか、どうして疑わなかったか。無防備にその前で眠ってしまっていいほど信頼できる相手だったか。
ここまでの時間をともに過ごしただけで気を許してしまった自分が、ただただ愚かだったのだ。
マリンに言われた通り横になり、どれだけ眠っていたか。
目を覚ましたとき、二人の姿は辺りのどこにも見当たらなかった。
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