#21 料理か錬成か、それが問題だ
材料が揃ったのか、当のシンシアは上機嫌で釜の中身をかき混ぜ始める。
巨大な木のお玉を両手で操る仕草はいかにも素人らしく、可愛らしい。
本当にどうでもいいことだが、そういうディテールに着目でもしていなければ精神の安定を図れない状況である。何が行われているのか。少なくとも料理ではない。
思考を放棄しかけたとき、シンシアがかき混ぜている釜から、ゴム栓を勢いよく抜いたときのような気の抜けた音が響き、漫画のような白い煙が上がった。
「よし、できた」
改心の笑みを浮かべたシンシアの両手には、それぞれ完成した料理が、器から盛り付けまでぴったり同じ形で乗っている。
「おまちどおさま、ローストビーフ、丼」
丼、のタイミングに合わせて勢いよくテーブルに置かれたそれは、まごうかたなきローストビーフ丼である。素材に牛肉も米も使われていないことを度外視すれば、疑問の余地はない。
「男の子に手料理振る舞うのって初めてだから、緊張するなあ」
ぼくの向かいに座りつつ、照れ笑い混じりに言うが、それ以前に突っ込みどころがいくらでもあるのだ。
「いや、料理じゃなくて練成だろこれは」
「失礼ね。手作りには違いないでしょ」
むくれた顔が可愛いのは認めるが、ごまかされるものか。
「牛と米はどっから湧いた」
「近い素材を選べば何かいい感じに仕上げてくれるのよ。練成コマンドって便利ね」
「自分で練成っつったな今」
「あーもう、ツベコベ言わずに食べる」
乱雑にすくった一匙を、対面のぼくの口につっこんでくる。
「どう、美味しい?」
若干の口惜しさとともに味を噛み締めつつ、頷く。
ローストビーフ丼なんて意識の高いOLが昼休みに食べてそうなもの(偏見)は元の世界でも食べたことはなかったが、柔らかい肉の旨味に甘辛いソースが絡み、ガーリックの風味で飯もすすみそうだ。
……などと、下手くそな食レポを普通にしてしまうほど、これが害のない食物であることを自然に受け入れていた。
あと、わざわざ相手に食べさせるとか、頭の悪い(偏見)カップルのやってるやつじゃないかと思うが、自意識過剰と思われるのも癪なので指摘しない。
ぼくの反応に満足したのか、シンシアは不敵な笑みを浮かべ、自分も一口含む。
出来栄えに満足した風に一つ頷いたが、ややもしないうちにその表情は疑問から、次第に明らかな不満の色に変わった。
「我ながら美味しいけど、料理じゃないよねこれ。何度作っても同じ味になるの」
「認めてくれて嬉しいよ」
「ところで個人的に依頼したい素材があるんだけど」
「女子って本当に脈絡なく話題変えるのな」
「精霊のしずくって言うんだけど、知ってる?」
首を横に振る。
「相当レア素材っぽいのよね。村はずれの森深くに大きな樹があって、その樹液だとか、そこに住む精霊にお願いするともらえるとか、伝説レベルの情報しかなくて」
「そのレベルの根拠では組合に依頼も出せないし、店を空けて出張るわけにもいかないと」
「そういうこと。リュートと一緒なら魔物の心配もなさそうだし。日給プラス成功報酬でどう?」
「……いいよ、どうせ暇だし」
「やった。冒険者雇って素材探しって、錬金術師ゲームの醍醐味よね」
「ってことは、ぼくは仲間キャラか。主人公じゃない立ち位置を意識させられるって新鮮だな」
「いつから自分が主人公だと錯覚していた? なんてね。ところでこの皿、料理を錬成するたびに湧くんだけど、要らない?」
「お前と話すの、そろそろ楽しくなってきたよ」
何の前触れもなく話題が変わるのが、何だか癖になってきた。
ところで店舗でばらまかれていた皿の出所、そういうことだったのか。




