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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第二章 聖剣の簒奪者

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202/363

#202 戦国天狗奇譚9

 食べかけのドーナツを見つめながら、しみじみと楓は吐息する。


「……途方もない話ですね。家一つ潰れたことで思い悩むのが、ちっぽけに思えるくらい」


 引き比べて、我が身のふがいなさが嘆かれる。つい最近まで、惚れた女の子一人のことをずいぶん持て余していた。


「ちっぽけではないでしょう。人ひとりの胸には十分余る。ぼくはただ、無感覚になっているだけかも知れない」


 それをどうにか飲み込んだからと言って、成長と言っていいのかどうか。つい口を突いて出た無感覚と言う言葉は、かなりもっともらしく反響した。


「その、ご冗談とはいえ、〝二番目〟のままというのも心苦しいので」


 胸中を吐露してしまった気恥ずかしさを誤魔化すために、話題の転換を試みる。

 インベントリから先ほど使った道具を取り出した。種明かしというわけではないが、空き時間にこっそり練習していた錬金術で手に入れた、簡易錬金釜である。


「ずいぶん、きらびやかな茶釜ですね?」


 形といい大きさといい、確かにこの時代の感性では茶釜と呼ぶしかない代物だ。ただ、色と材質は、鉄茶釜の侘び寂びとは無縁のものだ。

 銅と真鍮の中間のような金属光沢が眩しく、宝石というよりは色ガラスといった感じの石がふんだんに飾られている。

 正直安っぽい感じだが、これはこれで、おもちゃのような味がある気もする。


「これを持っていてください」


 インベントリから何の変哲もない白い皿を出し、楓に渡して両手で持たせる。自分でやらせておいて何だが、給食の盛り付けを待つ小学生みたいな様子で可愛らしい。先ほど、ドーナツで同じことをやらせた桜の愛嬌たるや。


 さらに、インベントリから材料を次々と取り出し、釜に放り込んでいく。小麦粉(薄力粉や強力粉の区別はない)は袋ごと、卵は殻も割らず、砂糖も見た目に量が多すぎるし、牛乳も懐かしのガラス瓶に入ったまま。


 明らかに自分よりも大きいそれらの材料を、簡易錬金釜は雑に吸い込んでいき、その度に楓の表情が虚無へと近づいていく。

 材料が揃うと、錬金釜は自分で蓋を閉じ、中身が沸いているエフェクトか、漫画のような蒸気を噴きながら、ひとりでに小気味よく跳ねる。


 完了すると、チン、としか言い表しようのない軽い音とともに、釜の蓋が勢いよく開き、出来上がったものが勢いよく飛び出てくる。ドーナツに続いてこの時間軸の日本で始めて出現した、シュークリームである。

 それらは狙い過たず、意思ある生き物のように、楓が持たされた皿に次々と飛び乗っていった。


「…………」


 それは先ほど同様に大量のドーナツを皿に受けた桜と同じ反応で、ついでにぼくがシンシアのローストビーフ丼錬成を見たときと同じだったであろう。

 目の前の現象に対し考えることを放棄した楓が、表情を失ったまま無心にシュークリームを受け止める様子には、味わい深いものがあった。


 しかし、その錬成が終わると、楓は甘い匂いにつられ、一つ手に取ってしげしげと眺め始める。


「柔らかい――きゃっ」


 施設で、初めてシュークリームに触った子どもを思い出す。力加減を誤って潰してしまい、飛び出したカスタードクリームが頬についてしまった。

 楓はクリームを指先にとり、恐るおそる口に運ぶ。


「~~~~~っ!」


 それはそのとき日本人が初めて経験した、乳脂肪分の甘味だったであろう。


 食べ方が分からないからか、楓はそのまま潰してしまったシュークリームから指でクリームをすくい、夢中で舐め取るという食べ方を始めてしまう。愛嬌があるのはともかく、艶めかしいというか、いかがわしい感じがするのは、ぼくの心が汚れているのだろうか。


「かぶりついていいんですよ」


 これ以上見ているのは後ろめたい気がしたので、お手本とばかり皿に山と積まれたシュークリームから一つ取り、かぶりつく。ぼく自身久しぶりに食べたので、暴力的な甘味に舌がしびれてしまう。


 それを見て、楓は自分の食べ方を省みて羞恥に頬を染めつつも、残ったシューにかぶりつく。


 そうか、シュークリームを食べるには、これまで日本人がやっていたよりも大きく口を開ける必要があったのかと、地味な発見をしてしまう。


 あっという間に一つ平らげてしまった楓は、満足げに一つ吐息する。その仕草一つとっても艶めかしさがある。

 そのまま、若干頬を染めながら、楓は遠慮がちにこちらに身を寄せ、ぼくの胸に額を付けてきた。深い吐息が、ぼくの胸を湿らせる。


「不思議です。これを食べる前は世をはかなむほどに塞いでいたのに、今は満たされていて。女子(おなご)に生まれた(さが)が、いっそ恨めしい」


 束の間さまよった手を、結局小さい頭に乗せ、撫でる。柔らかい髪の感触が温かい。


「私、初めての女になれましたね」


「だから言い方」

読んでいただき、ありがとうございます!


ついに200エピソードを超えましたが、物語は絶賛脱線中です笑。


サブストーリーが続く展開も面白いかと実験しているところですので、

温かく見守っていただければ幸いです。


少しでも面白いと思っていただけたら、

ブックマーク、★★★★★評価、コメントなどいただければと思います。


今後ともよろしくお願いします!

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