#201 戦国天狗奇譚8
「私、二番目の女なんですね」
はてこの人、楓じゃなくてカエデだったっけ、と我が耳を疑った。
言った当人も自分で驚いているようで、口に手を当てて目をしばたたかせている。
「すみません、何だかほぼ初対面という気がしなくて、こういうやり取りをずっとしていたような気がして。歴史を変えたとか言って二番目かよって」
「それは主にこっちが味わっている既視感なんですが」
シリアスな会話が始まると思っていた緊迫感を返してほしい。いや、二番目の女とか何とか、ある意味シリアスなのかも知れないが。あとイマイチだったセリフにちゃんとツッコまれて地味に凹む。
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですが、〝本命〟さんに比叡山がどうとかって仰ってたのが気になって」
「本命とかではないですよ? 成り行き上、桜――あの子がこの国の歴史上初めてドーナツを食べた人になったというだけで」
「それはもういいですから」
「すみません」
何でぼくが怒られているんだろう。
「話を戻すと、あの子、魔王殿――この寺の奥の院に捨てられた赤ん坊だったというので、時期的に比叡山焼き討ちで焼け出されたのではないかと」
「……そうでしたか。私も、似たような出自です。魔王様は私をご存知のようですが、どこまで?」
何だかなし崩しに魔王呼びが定着してしまいそうだが、話が進まないので流すことにする。
「武田家に仕えた歩き巫女と」
「……ええ。ご存知と思いますが、主家を失い、放浪していたところです。いっそ襲われるに任せてもよいかと」
史実通りに事が運んでいるなら、武田家の滅亡は二ヶ月ほど前ということになる。
「長篠合戦の経緯も、ご存知ですね?」
「概要は。設楽原では鉄砲と野戦戦術が活用され、一方的な戦だったと」
「……はい。あれは、私たちが知っている戦ではありませんでした。お金さえあれば揃えられる鉄砲の弾に、精鋭の騎馬兵が次々倒れていく様は、見るに堪えず」
有名な三段撃ち戦法が史実だったかどうかは疑わしいらしいが、鉄砲を効果的に使って武田の騎馬隊に大打撃を与えた戦としてあまりに有名だ。
それまでの武勇と武勇とのぶつかり合いや、あるいは名軍師による策略が敵を翻弄する戦とも違う、エポックメイキングな出来事だったに違いない。
耳敏い者ほど、織田信長のことを得体の知れない怪物だと思っているだろう。しかし。
「その信長も、あと三日で、家臣の弑するところとなります」
いかに聡い彼女とはいえ、飲み込むのに時間がかかったらしい。表情を塗り替え、身を乗り出すのに若干の間があった。
「誰に!? ――いえ……」
諜報員としての矜恃か、身を引き、思案を巡らせる。未来人として意地悪なことだが、彼女の思考の道筋がよく分かる。家臣のうち誰に動機があるかではなく、誰が信長を襲えるか。
主だった信長の家臣が今どこにいるか考えているはずだ。信長は安土から京に入っており、柴田勝家は北陸、滝川一益は関東、丹羽長秀は四国、羽柴秀吉は中国。他、信長に近いのは。
――楓がその名を口にしたとき、屋根裏で二人のやり取りを見聞きしていた半蔵は、わずかでも感情が乱れた自分の未熟さを呪った。
天井板の小さな節穴から覗いている自分を、さらに誰かが見ているような、大きな気配の動きを確かに感じたからだ。
しかし、二人は相変わらず向かい合ったままで、不思議な神通力を持ったあの少年も、楓に肯定の頷きを返しており、こちらに気付いている様子はない。
少年の未来予知じみた発言の真偽はともかく、一言一句漏らさず見届ける必要がある。かと言って、意識を集中しすぎればその気配を楓に悟られる。緩やかに息を吐き、周囲に気を溶け込ませる心持ちで、半蔵は二人をなおも見守る。――
「……不思議です。今、あなたは未来のことを言ったのに、私は少しも疑わなかった」
その違和感は、楓との対話のはじめからぼくも抱いていたものだ。会話が噛み合いすぎている。
今の〝予言〟だって、どれだけ信頼している相手が言ったとしても、普通なら一笑に付して取り合わないとか、全面的に信じるようなことはないだろう。
「ただのズルです。ぼくは今から四百五十年ほど後の時代に生まれました。この国に限って言えば戦のなくなった、その意味では平和な世です」
しかし、さすがにこれには眉根を寄せ、いくつか頷きながら、内容を噛み砕こうとしている。
「……そのくらいの背景がないと、あなたの神通力も説明しようがないと思いますし」
「すみません、そこはもっとズルです。その時代から、さらに別の世界に飛ばされて、ぼくはその力を得ました。今、そこからこの時代に来ています」
こういう顔をした猫の画像、一時ネットで流行ってたな。そういう表情を楓はしていた。
全然要領を得ない説明だったのは分かるが、しかしこれ以上細かく言ってもさらに混乱させるだけだと思う。
「……どーなつ美味しいです」
「どうぞ、もっと食べてください」




