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【史上最大のしっぽ取り開始】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第一章 復讐の操獣士と黒い翼のピュセル

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#18 シンシア

「おいでおいで、怖くないよー」


ささやき声を掛けても獣相手に言葉は通じないので意味はないのだが、振り返れば人目がなければ自分も動物たちに言葉を掛けていると反省させられるところがある。


声の主は、今しがた再会したばかりの藤村美園で、声を掛けられていた褐色の齧歯類は、何ら抵抗することなく差し出された両手に乗った。


「ほらほら、可愛い~」


喜色満面でぼくに差し出されたそいつは、元の世界で言えばデグーによく似ているが、れっきとした魔物だ。


魔物の人に対するスタンスは千差万別だが、少なくともぼくがセイレーンを通してこの森の魔物を掌握した関係上、ぼく以外の人間にも友好的な反応を示しているらしい。というか、そう思いたい。かの齧歯類、何ならぼく以上に美園に懐いているように見える。


楽しそうに頬をこすりつける藤村に応えて、そいつも嬉しそうに目を細めている。どちらの立場に立っても妬ましいという、不必要に複雑な心境に陥っていた。


ちなみにぼくの右隣には山猫によく似た魔物が鎮座していて、元気出せよとばかりに前足をぼくの膝に載せてくる。


「こんなに動物に好かれる人が、ウサギを殺すわけないよね。分かってたんだけど」


美園は掌中の魔物を丁寧に抱えたまま、ぼくの左隣に腰を下ろす。鮮やかな翡翠色をした泉を二人で見つめる形だ。


「私たちがこの世界に来たあの日、古城くんが飛びだしていった後にね、もう一度話し合おうとしたの。毎日愛情を込めてお世話してた古城くんがそんなことするはずないって、西尾さんが言ってくれて」


「…………」


美園が語ったのは、飼育小屋で飼われていたウサギ、ぼくがアミと呼んでいた個体をめぐる、学級裁判の顛末だ。


クラスを牛耳っていた高良清吾の鶴の一声で、その殺害犯はぼくと決めつけられた。


彼を頂点とするパワーバランスの結果、誰も異を唱えることはできず、絶望したぼくは飼育小屋に逃げ込んだので、その後教室で何が起こっていたのかは知らなかった。


「本当は、みんな分かってたよ。ごめんね、お飾りの委員長で、君をかばえなくて」


「この世界に来ると、何故かみんなぼくに謝りたくなるみたいだな」


せいいっぱい茶化したつもりだったのに、美園はただ目をしばたたかせてこちらを見ている。ぼくが滑ったみたいな空気にするのはやめていただけないだろうか。


「その格好、ひょっとして錬金術師?」


いたたまれず、強引な話題転換を試みると、美園は大きな瞳を見開いて驚く。


「よく分かったね、特徴ない服装なのに」


確かに、白いブラウスにロングスカートはどこにでもいる町娘といった出で立ちだが、服の要所が革で補強されており、森や山でも歩けそうなブーツを履き、各種ツールを収めたベルトやポケットが裏地に仕込まれたマントを羽織っているなど、素人らしくないディテールに富んでいる。


それでいて本人の飾らない可愛らしさを損なっていないとなれば、某有名ゲームシリーズの主人公を彷彿とさせられるのは、ゲーム好きとしては無理からぬところである。


「この『シンシアの店』って」


「そう、私の工房兼店舗よ。ルーラで空き家をタダ同然で売ってたから、飛びついちゃった」


ぼくが示したのは、採集依頼書の一枚、その依頼主と書かれた店名だった。


例のUIによって、藤村の頭上には十二というそこそこ高いレベルと、シンシアという名前が浮いている。ぼくがこの世界でリュートという諱を与えられたように、彼女にはその名が与えられたのだろう。


「クラフト系のスキルを授かったから、戦うよりは向いてるかなって」


「世界を救うのはもうやめたってこと?」


「そこまで割り切ったわけじゃないけど、私が作ったアイテムがみんなの役に立てばいいなと思って」


ネタが通じるかどうかカマをかけるような問い方をしたが、それらしい反応はなかった。


いかに人気シリーズとは言え、二十年以上前の第一作のキャッチコピーなら通じないのも無理はないが、やはり自分だけ滑ったようで虚しい。


あと、駄目元とはいえネタ会話を持ちかけたのに、屈託なく笑いながら答えてくれるのが微妙に後ろめたい。

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