#15 新しい日常
……という夢を見た、という見事なまでの夢オチなのだが、ともかくそういう夢を見たのだった。
目が覚めてみれば、ぼくはリュートであって、ピュセルではなかった。いや、リュートでもない。古城優斗、その名を忘れてはならない。
それにしても、生々しい夢だった。ぼくは夢の中で完全にピュセルと名乗ったあの男になりきっていて、感覚や感情までも共有していた。ただし、最後のあの瞬間を除いて。
ピュセルが龍に反撃する好機をとらえたそのとき、ぼくは直観的に、それが悪手だと悟った。そのまま倒すのではなく、味方に付けるべきだと。
ぼくのマスターリングをピュセルが使えれば可能なのではないかと直観したのだが、冷静に考えればそんなことはできるわけがない。
それ以前に夢を見ているだけなので、そのような介入に意味はないのだが、何故かぼくは夢の中に割り込むことに成功した。
ピュセルにマスターリングの力が宿り、龍の調教に成功した。そうとしか思えないことが、起こっていた。
あれはやはり、一ヶ月前に、はげ山にピュセルが現れたときの情景なのだろうか。
だとしたら、魔物の軍勢を率いてやってきたという、もっぱらの噂とはだいぶ異なる実情だったのではないだろうか。
軍勢の侵攻というよりは、難民の逃避行にしか見えなかった。
それにしても、大した男伊達の人物ではあった。
彼と二心同体になれたのは、得がたい体験だったのだろう。
皮膚に当たる風の熱さや、それに混じる砂の不快感、そこまで歩いてきた疲れに、龍に相対した絶望感と、それを吹き飛ばす虚勢と勇気。何より、黒い翼から全身に力が満ちる高揚感。
格上の龍相手に啖呵を切る場面などは物語の主人公そのもので、男子としてかくありたいという願望をそのまま体現したようだった。
「かっこよかったなあ、俺」
「気持ち悪」
ノータイムでごく自然に罵ってきたのはリズベット、ここルーラ村落にある冒険者組合支部の支部長で、今まさにぼくが朝食をとっている組合併設サロンの看板娘でもある。
今しがた実演してくれたとおりの歯に衣着せぬ物言いが、荒っぽい冒険者たちには人気だ。
五歳は年上だろうか、金髪ポニーテールに、へその見えるレンジャー服という出で立ちが個人的には刺さるが、悔しいので当人には言わない。
「夢の中でくらい、いい目を見てもいいじゃないですか」
ここを拠点にしている大多数の他の男たち同様、罵られてうれしいと思っているのは当然、当人には言わない。
「だったら少しくらい討伐依頼も受けてくれれば、もう少しいいもの食べられるんじゃない?」
テーブルの上には、このサロンで一番安価な朝食が載っている。
保存用に硬く焼きしめられたパンと、申し訳ばかりの野菜が浮いた塩スープだ。このスープを含め、簡単なものはリズベットが作っているらしい。
リズベットはサービスの紅茶をカップに注ぎ、ごく自然にぼくの正面に座る。こういう距離の詰め方に、一ヶ月前はまだ慣れなかった。
はい、と言いながらリズベットがこちらに滑らせたのは、組合に寄せられた依頼の書かれた紙束だ。
組合に寄せられる依頼は大きく採取系と討伐系に分かれる。
獣肉や野草など、食材や薬の材料になる素材をとってくるのが採取依頼で、文字通り指定された魔物を討伐する討伐依頼に比べて、一般的に危険性は低い。
それでも、採取するものが角や内臓など、魔物の体の一部である場合や、採取地が危険な場所である場合も多く、気を抜けるものではない。
都会の組合であれば人捜しや浮気調査などの探偵業めいたものや、家事代行などの本当に雑用じみた依頼もあるらしいが、この辺境では滅多にない。
あれこれと吟味して、受けることにした依頼を手元に残し、断る依頼を丁重に返す。ついでにスープを一口。具材こそ少ないが旨味が濃い。
返された依頼の量が多いことが不満か、それとも返されたこと自体が気に入らないか、リズベットはせっかく整った造作を非対称に歪める。
「相変わらず草食系ね。本当にあなたが蒼龍を退けたの?」
「本当ですよ、退けただけ。ね、倒せてないでしょう?」
これまでさんざん罵倒してくれたリズベットが、眉をしかめ、煮え切らない表情で納得するのが痛快ではあった。
「ま、受けてくれるだけで有り難いけどね。この辺はダンジョンもないから冒険者自体あまり寄りつかないし、何故か最近は魔物も大人しいし?」
「……何でだろうなー、不思議だなー」
身を乗り出しつつ、いたずらっぽい疑念の眼差しで覗き込んでくるリズベットに、目を逸らしつつ棒読みで応じる。
何故魔物が大人しくなっているのかリズベットは勘づいていて、ぼくも見え見えのごまかし方をしているという、要するにただの茶番である。
それにつけても、これ見よがしにマスターリングを指先でつついてくるとか、思春期男子には刺激が強いのでやめてほしい。
「ふふっ、いいのよ。過程はどうあれ、この辺が平和になるのはいいことだもの。私としては、君が私たちの味方であってほしいってだけ」
私たちというのは誰のことだろうと、気にはなったのだった。




