#14 ピュセル凱旋
熱く、厚い砂塵の中に立っていた。この世界にありふれた、砂をはらんだ風がまとわりつく。
砂嵐に巻き込まれれば、視界が晴れるまで立ち止まらなければならない。見通しが立てばまた歩く。根気強く、粘り強く、ただ歩くことだけを繰り返す。
荒涼とした赤土の山、俺はその山の尾根に立っていて、乾いた熱い風を一身に受けていた。
この背には大きな一対の黒い翼があり、俺は今それをいっぱいに開いて、その抵抗で余計に自分を歩きにくくしている。そしてそのまま、歩き続けている。
何故? そうだ、後ろに続く弱い者たちに風が吹かないようにするためだ。極度の飢えと疲労で、少しの風でも紙のように飛ばされそうな、褐色の肌の者たち。
後方を歩く少女が転び、大人たちがうろたえた声を上げる。俺はすぐに駆け寄って助け起こし、声をかけてやる。
「大丈夫、もうすぐだ。もうすぐ、夜の底を抜ける」
空元気も甚だしい。しかし、彼らのためと思えば、腹の底からいくらでも、これから歩くための熱が湧いてくる。
その熱は俺の手を通して少女に伝わり、憔悴しきった頬に確かな赤みを灯した。
振り仰げば、永遠に続くかに見えた山肌の際が、その先の夜空が見えた。目指す頂上は近い。
「もうすぐだ。俺たちの城を、取り戻すんだ」
誰からともなく、嗚咽に低くくぐもった喜びの声が上がる。
逸らないようにと彼らを翼で静止ながらも、誰よりも急いていた俺は小走りに先へ進んだ。
そして視界が開け、はるか遠くから目指してきた城が、その姿を見せた。
「! ……これは…………」
追いついてきた流浪の者たちの、絶望の声が聞こえる。あるいは、膝からくずおれる嘆きの音。
それは、絶望をそのまま生き物の形に変えたようだった。
見る影も無く荒れ果てた城のはるか高くに浮き、俺の黒翼よりもはるかに大きい両翼をはためかせ、実につまらないものを見るようにこちらを睥睨している。
太古から、龍とはそういう上位存在だった。
しかし、王は、あの城の主は、俺だ。
虚勢がてら黒翼をいっぱいに開いて風を巻き起こし、これまで歩いてきた疲労ごと、恐怖を吹き飛ばす。同時に、腰の鞘から曲刀を抜き放った。
「俺はピュセル。故郷無き我が民のため、その城、返してもらう!」
答えるように龍が咆吼し、その喉の奥から真っ白な光が溢れだしてくる。ブレスの予備動作だ。
民人たちにブレスが当たらない位置まで飛び、黒い両翼を、体を包み込むように畳む。
それとほぼ同時に、龍が純白のブレスを放つが、黒い翼の魔力に阻まれて霧散する。
いける。そう確信した。
以外に学習能力がないのか、別に思惑があるのか、龍は再びブレスの予備動作に入る。
「レイヴン・フェザー」
黒い翼をいっぱいに開き、青白い魔力を帯びた無数の羽根を射出した。魔力を帯びた羽根は一つひとつが俺の意志を受けて自在に飛び回る。
龍はその素早い動きに翻弄されながらも、再び純白のブレスを放つ。しかし、その光条は黒い羽根によって反射され、屈折され、何度も進路を変えて龍自身へと戻っていった。
自らの光線を浴びて、龍は耳をつんざくような悲鳴を上げる。
今だ。
――駄目だ!
曲刀を構え、龍に迫ろうとしたところで、脳裡に強い否定の声が響いた。幼さの残る少年のようで、しかし強い意志のこもった声だった。
何事か訝る暇もなく、事態は進む。
左半身から強い光が発した。
見ると、左腕に大小二つが連なった光の輪がはまっている。ブレスレットのようだが、実体はなく、そのような形をした魔力の塊のようだった。
それが何であり、どうするべきか、何故か、俺には分かった。
龍に、呼び掛ける。
「頼みがある。その力で、我が民を守ってほしい。叶えてくれるなら、その心身と自由を脅かしはしない。応じぬならどうなるか、分からぬ獣ではあるまい」
光の輪が強く輝き、その呼び掛けに魔力を与えていた。
龍は強く輝く瞳でじっとこちらを見ていたが、やがて一つ、下腹に響くような咆吼を発し、飛び去っていった。
その行く先を見守っているうちに、いつの間にか、光の輪は消え去っていた。




