#133 優しすぎる友
無感動に振り下ろした曲刀は、しかし硬い手応えとともに阻まれた。
アニマを帯びた武器同士がぶつかる甲高い音が、妙に長い余韻を引いた。まるで、アクション要素のあるゲームでジャストガードが決まり、スローモーションの演出が入ったようだった。
「……アミ?」
真っ先に目に入ったのは、爛々と輝く金色の瞳だった。
いや、アミの瞳は赤色だった。白ウサギと同じ。これは、マスターリングの光だ。
無感情にこちらを見つめる瞳から下に視線をやると、スレイヴの証である金色の輪が、そこから伸びる光の鎖が、そしてそれにつながるマスターリングとその主が。
そのリュートは、ゆっくりとこちらに歩み寄るところだった。おそらく強制的にスレイヴを操るスキルで、オレの曲刀を阻ませたのだろう。
アミの瞳から金色の光が消え、アミとリュートとの間の鎖も消える。
アミはオレの正面から退き、代わりにリュートが、オレとジークとの間に割り込む形になった。しかし、依然リュートはうつむいたままだ。まるで、顔を見られたくないように。
「どけよ」
自分の声なのに、恐ろしく低い。もし立場が逆だったら、恐怖で抵抗できなかっただろう。
「だめだ」
しかし、リュートは抵抗した。うつむいたままの顔を横に振って、小声で否定する。
子どもが駄々をこねているようにも見えた。親の立場に立ったことはないが、こんなにいらいらするものなのか、それとも、些細なことで激昂するほど憎しみが募っているのか。
「どけ」
さらに、低い声が出た。
「だめだよ」
リュートも、理屈を用意せずに否定するだけだ。
「お前ごと斬るぞ!」
「いやだ!」
かなり食い気味に返ってきた叫びは、まるきり聞き分けのない子どもそのものだった。普段の怜悧さのかけらもないリュートは、叫びながら初めて顔を上げる。
その目は腫れぼったく潤み、両眼から涙の筋が引かれていた。泣いていたのだ。うつむいていたのは、涙を見られたくなかったのだ。
「……お前、藤村のこと……」
首を横に振ったのは否定か、激情を振り払おうとしているのか。
「ぼくは、お前みたいな奴が苦手だった」
いきなり何を言い出すのか、異常事態の心理がまた怒りの火に薪をくべようとするのを、イメージで止める。こいつは、大事な話は遠いところから始める奴なのだ。
「バスケが上手くて、テストで上位に入る努力ができて、誰からも愛される笑い方も鼻につかなくて。ぼくはその顔を見せつけられるたび、月の裏側から太陽を見上げるような気分にさせられてたんだ」
自分でも分からなくなっていると思しき論理がヒートアップして、嗚咽を孕みそうになった。
リュートが一端その高ぶりを飲み下す間が、オレにも冷静さを与えた気がした。
「でも、誰も見ていない放課後の体育館で、友達になれた、誇らしかった」
リュートは、中途半端に迷っていたオレの曲刀の、刀身を掴み、こちらに押し返す。
「その顔に、それ以上、自分で泥を塗るなよ。見ろ」
鈍い色の刀身が鏡になって、オレの顔を映していた。オレの顔のはずだった。そうか、だから、女子どもは怖がって直視できなかったのか。
「もうそんなに、泥だらけじゃないか」
美しかったサウジーネの顔はごつごつした樹皮とも、金属質のウロコともつかぬ黒いテクスチャに半ば覆われ、手を、体を見下ろせば、全身の皮膚が同質の黒い体になっていた。
その背には、明るい夜空を覆い隠す黒い翼。
これまで見てきた魔族の人たちがオレたちの基準で被差別人種なら、この姿はまさに魔物、その頂点に立つ者が魔王と呼ばれることが想像に難くない、上位の悪魔だ。
まさしく魔将軍ピュセルに、オレは成り果てていた。
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