#114 操獣士の本領
戦いは続いている。かすり傷程度の攻撃が時折奏功し、わずかなダメージが入っていく。蒼龍の最大HPに比べれば微々たるものだが、現在HPに照らせば決して看過できるものではない。
蒼龍は、自身の状態を把握しているのだろうか。瀕死を自覚してなお、退かず戦っているのだろうか。
長考に沈んでいたからか、私はそのときの戦況を把握するのが遅れていた。気付くと、蒼龍は攻撃を受け流しながら、再び口腔から青白い光を漏らし始めていた。ブレスの準備だ。
しかし、あのブレス攻撃は一度、ネリスが封印スキルでしのいでいる。ネリスも心得たもので、前回同様に後衛から進み出、杖を構えた。
蒼龍は鎌首をもたげてネリスをにらみ付けるようにし、ブレスの予備動作に入る。
ネリスの杖から再び強大な魔力が発せられ、封印の黒球が出現した。
そのとき、私は、固い鱗に覆われた蒼龍の口の端が、わずかに持ち上がったのを、確かに見た。笑っている。
「――逃げて!」
嫌な予感に真っ黒に塗りつぶされた心のままに叫んでも間に合うはずがなかった。何を考えて紙のような防御力しかない彼女を、最前に晒していたのか、疑問を持たなかったことをいくら悔いても遅い。
蒼龍は、ブレスを放とうとした大口を瞬間的に閉じ、代わりに、長大な鉤爪を備えた前肢を、ネリスに向かって振り上げた。
こんな単純なフェイントの可能性に、私も含めて何故誰も気付かなかったのか。
しかし、もう誰がどう動いても、その単純な物理攻撃を止められる時間はなかった。私は思わず両手で顔を覆ってしまった。
しかし、誰もがネリスの死を覚悟したとき、鋭く、乾いた音が響いた。
聞き覚えがある音だった。記憶にある展開だった。乾いた砂をゆっくり踏みしめる音がする。
誰だろう。いや、決まっている。あの時ネリスを助けたのも彼で、助けられたネリスにこっそり嫉妬していたのは内緒だ。
恐る恐る目を開けると、あの時と同じように抱きとめたネリスをかばうようにして、彼はすでにそこにいた。
「リュート……」
その名を呼んだだけで、胸の奥が切なくうずく。
過日と同じように、鞭の威嚇一つで龍の攻撃を止めたリュートは、ネリスを下がらせ、彼女をかばう位置に立つ。
その手厚さに嫉妬する暇もなく、事態は進行する。
リュートのマスターリングから黄金の光が発せられ、蒼龍に向かって金色の鎖が真っ直ぐ伸びた。黄金の光が輪となって竜の首に絡みつく。
テイマー専用スキル、コントラクトが発動したのだ。リュートを鑑定したときに見た、その詳細を思い出す。
コントラクトが成功する条件は大きく分けて二つある。双方の合意か、力量差による強制だ。
強制にも二種類あって、テイマーのレベルが上回っている場合か、相手のレベルが上であっても、十分に消耗しているか。今は、後者の場合に当てはまる。
強制コントラクトは確率勝負だが、たとえレベルが大きく離れていても、敵の残りHPが五パーセントを切っていれば、契約はほぼ百パーセントの確率で成功するはずだ。
果たして、その成功の証か、龍の首に絡んだ金色の輪が、視界を塗りつぶす目映い光を放つのだった。




