#1 はげ山の一夜
これがぼくの復讐か。
強大な魔物の一方的な蹂躙を、震えて見ているだけの体たらくが。なけなしの言い訳にクラスの女子を背後にかばい、怪物相手に何も出来ないでいることが。
夜の底が燃えている。烈火の明かりに照らされて、クラスメート達が倒れている。
聖剣の勇者も、大魔法使いも、大賢者も。
ともに異世界に投げ出され、最強の能力を授かったはずの彼らはたった一体の敵を相手に、紙人形のように散らされて動けなくなっている。
そのクラスメート達から遠ざけられ、後方で戦わなかったぼくともう一人だけが健在で、次に倒されるのを待ちながら震えていた。
青黒く光る鎧のような鱗に覆われた巨体、紫色の膜を屈強な骨格が支える翼、異世界なんてところにいなければ実際には誰も会わないであろう巨大生物は、しかし不思議と元の世界のそこかしこで空想され、怖れられていた。世界中の誰が見ても同じ名前で呼ぶだろう。
竜、龍、ドラゴン。
ここまで順調に旅を続けてきた仲間達は、突如現れたその理不尽なまでの力に、ただ屈するしか無かった。
無理もない。ぼく以外はそれぞれに強大な力を得て、ここまで旅をしてきたとは言え、元は無力な中学生に過ぎない。
この世界に投げ出されたときに受け取ったスキルにまかせて強敵に挑み続け、勝ち続け、慢心していたかも知れない。少なくとも、最前線の彼らは。
勇者だの賢者だの、その分不相応な肩書きも、小さな体とともに吹き飛ばされた。
「……逃げて、あなたたち、だけでも……」
その魔力も底を突き、今は無用の大賢者が、倒れたまま震える声を絞り出す。
元はカースト上位グループだった彼女にしては意外な気遣いだったが、ともに失格の烙印を押されて震えるだけの、もう一人のクラスメートをかばうだけで精一杯だった。
逃げる? そうだ、できなくはない。ドラゴンはその場を守るように不動のままで、クラスメート一人の手を引きながらでも、全力で逃げれば終われはしないだろう。
このままあいつらを見捨ててしまえば、龍の力を借りて復讐は成る。
――それでいいのか。それが、お前の復讐か。
燃える炎を凝結させたような深紅の瞳が、矮小なぼくに問いかけるように睥睨していた。
地底から響いてくるような低いうなり声とともに、凶悪な形の顎の奥から煌々と青白い光が漏れる。
高純度エネルギーの塊を放射する、ブレス攻撃の前兆だ。
逃げるか、立ち向かうか。最後の選択を迫られている――。