期限
最近、無性にイライラする。
いつもイライラしているが、さらにイライラしている。
このイライラを、止められない自分にもイライラする。
原因はいくつかあるが、ひとつは仕事だ。
なんというか。
終わりが見えないのだ。
苦痛が永遠に続くかのように錯覚してしまう。
けれど、生きるために仕方なくやっている。
・・・にもかかわらず。
『ステップアップ』を求められるのだ。
そんなこと、私は望んでいないのに。
「チャンスだよ。経験はあなたの糧になるよ。」
そういう恩着せがましい言葉をかけられる。
なんだか。
マラソンで走っていて、今にも吐き出しそうなのに
「もっとスピードアップしろ」と言われているみたいだ。
私を追い詰めて殺すために
言っているのではないかとまで、疑心暗鬼になってしまう。
・・・なんか。
もう、ぶっちゃけると。
疲れ果ててしまっているのだ。
毎年の『ストレスチェック』で
徐々に上がっていくストレス値を見て。
この先、どうなってしまうのだろうという恐怖。
そして何よりも『諦め』が
私の心を包み込み込んでいることがわかる。
・・・なぜ私が諦めているのか。
それは、1年半ほど前に遡る。
私は、ストレスチェックの値が悪いことで
産業医の先生に呼び出された。
「悩む前に病院へ行きましょう。」
私は、先生にそう言われて精神科に行った。
そしたら、10分も喋らないうちに「適応障害」と診断され
診断書によって『残業規制』という大義名分をゲットした。
が。
何も変わらなかった。
・・・というより、むしろ悪化してしまった。
厳しい残業規制のため、上司からは一分一秒の効率化と
短時間での完全性を求められるようになった。
その上で、『ステップアップ』のために
新しいことまでも求められるようになった。
以前は、効率が悪くとも一応はこなせていたことでさえ
時間内でこなせなくなった。
私のキャパシティを、完全に超えるようになった。
それで、時間内に仕事をこなせなかったり
焦ってミスがあると、余計に叱責を受けるようになった。
最初から、破綻しているのに。
私には、無理なのに。
それなのに。
「期待していたのに。」
そうやって言われると、とても傷ついてしまう。
「勝手に期待なんてするな!」
そう言いたい。
面と向かって言いたい。
なのに、言えない。
「すみません」と言って
縮こまっていることしかできない。
そうしているうちに。
なんか。
どんどん期待されなくなっていって。
『お荷物』になっている気がする。
いや、実際『お荷物』になっているのだろう。
それが、私を余計に苦しめる。
そんな私に期待し続ける上司のことが
さらに理解できなくなる。
・・・ああ。
もし仮に『専業主婦』になれたなら
この苦しみから解放されるのだろうか。
甘く見すぎだろうな。
どこへ行っても、苦しみはあるものだ。
・・・空想的な、現実逃避に過ぎない。
いや、まず、なれる気がしない。
いま、この状況じゃ、出会いもない。
仮に出会っても破局しかみえない。
そもそも、根本的に私のような存在が
家庭なんて築けるイメージが湧かない。
だったら、ひとりしかない。
孤独しかない。
じゃあ、それ以外でも、どうにかして
大義名分を持って休めないのだろうか?
その『逃げ方』をいま、必死に考えている。
「休職したら?」
産業医の人は、簡単にそう言ってきた。
が。
いつまで休む?
戻ったらどうする?
戻ったら、余計に『ステップアップ』を求められて
永遠に破綻し続けるだけではないか?
そもそも、休職を言い出せないから悩んでいる。
堂々と休職できるような
強い人間だったら、どんなによかったことだろうか。
あるいは『ドクターストップ』がかかるような
弱い人間だったら、どんなによかったことだろうか。
・・・そうだ。
この思いは、経験したことがある。
『保健室登校』をしている子に嫉妬しながら
毎日、必死で教室に通い続けていた子供のころと同じだ。
・・・私は。
弱いくせに、強がって。
内心では罵詈雑言の嵐で毒づいているくせに。
それでいて、人並みのプライドはあって
波風立たないように人に合わせようとする。
そんな私よりも、休職をしている人や
保健室登校をしていた子の方が
よっぽどメンタルが強いように感じてしまう。
・・・私は、その人たちの決断までに至った心を
まったく知りえないまま、こうやって感じてしまう。
勝手なやっかみだということはわかっている。
でも、そういう『的外れな嫉妬』が止まらない。
上司や会社には、怒りやうらみは積もるせよ
もう諦めかけているというのに。
手に届きそうで届かない休職には
大いなる嫉妬心を抱いているのだ。
・・・やはり、私は馬鹿なのだ。
休職している人は、何も悪くないのに
勝手に羨望のまなざしを向け嫉妬しているのだ。
・・・だめだ。
こうやって、ただ嫉妬しているだけで
何も解決されないまま、貴重な休日が終わってしまう。
・・・ここは、もう少し建設的に
現実的に考えてみることにしよう。
母には、こうアドバイスされた。
「仕事なんかやめてもいい。
選ばなければいくらでも選択肢はある。」
本当だろうか?
私は立って仕事ができない。
数時間でさえ立っていられない。
気が遠くなって、気持ち悪くなって倒れてしまう。
ただ突っ立っていることさえ出来ない。
工場バイトも出来ないくらいなので
接客なんて夢のまた夢だ。
こんなゴミのような奴は
パソコンをカタカタすることくらいしか出来ない。
そして「事務職」や「コールセンター」なんかも
あまり出来る気があまりしない。
「電話」というものがどうしても苦手である。
何を言っているのか聞き取ることが困難だし
焦って嘘をついて取り繕ったら、大問題になるだろう。
でも、立ち仕事よりはマシだ。
背に腹は代えられない。
・・・けど。
今のところをやめて、別のところに勤めたって
同じことの繰り返しなんだろうなあ。
何も変わらない。
堂々巡りだ。
・・・そして。
こういうことを口に出すと。
また「選んでいるだけ」とか
「きついのはみんな同じ」とか
言われてしまうのだろうな。
・・・色々考えてしまうと。
巡り巡って、やっぱり
結婚したくないけれど、した方がいいのかなあ。
そしたら、解放されるのかも。
・・・と。
結論付けそうになって、我に返る。
そもそも、夢を見すぎだ。
まず、結婚しようと思って出来るものでもないし。
きっと私が「専業主婦」と呼んで想像している存在は
世間では「ヒモ」と呼ばれる存在なのだろうし。
『理解のある都合のいい彼』なんて存在が
私の前に現れ、一生働かないで済むようになる可能性なんて
宝くじの一等を当てるようなものだ。
そして「結婚」を「ヒモ」になるための
ただの現実逃避の手段と捉えていることも
私がクズであることの証明でしかない。
・・・どうしたらいいのだろう。
どうしようもないのだろうか。
このまま、何も変わる気がしない。
せめて、自己憐憫に浸っていたいのに。
やり場のない怒りの中で
とうとう自分が悪いような気がしてまう。
「悲劇のヒロインぶるな。」
「何も動かないままでは、何も変わらない。」
「自分が我慢すれば、全部終わりだ。」
そんな私の中にいる『正論アドバイザー』は
こんな『正論もどき』を言って、私を攻撃する。
苦しい。
私は『正論アドバイザー』と口論を繰り返す。
「もっと他人の声に耳を傾け、成長すべきだ。」
成長したくない。ありのままの自分でいたい。
「それじゃ誰も振り向いてくれない。」
振り向いてくれなくていい。
「一生孤独でいることになる。」
それでいい。
実際問題、何が悪いのだ?
言ってみろ。
「世間体が悪い。」
世間サマとなんて、元から関わりたくないんだよ。
あああ。
もう。
話にならない。
違うのだ。ズレているのだ。
仕事にせよ、結婚にせよ、生きていくことにせよ。
変わらなければダメだということに。
頑張ることを前提とすることに、私は嫌気が差している。
なぜ頑張るのだ?
『人類のため』か?
本当に人類のためと思っているのか?
心からそんなことを思っているのか?
どこに人類のために、人生を捧げる義理がある?
『親への恩返しのため』か?
本当に恩返しがしたいのか?
心からそんなことを思っているのか?
そんなことのために、一生を捨てるのか?
「暴論を、駄々っ子みたいに言うんじゃない。」
駄々っ子みたいでいて、何が悪いのだ。
駄々っ子の私も間違ってはいないのではないか?
「仕事をしていないと、結婚していないと
子供がいないと、老後が大変になるぞ。」
うるせー。
老後の私を心配する前に今の私を心配しろよ。
本当に老人まで生きられるのかすらわからないのに。
・・・。
あーあ。
結局、こんなことを考えていたら
もう夜になってしまった。
貴重な休日を、自分と自分の口論に費やすなんて
なんと有意義で、なんと無意味な過ごし方だったことか。
カウンセリングのときに
この『架空のアドバイザー』とのやりとりをさらけ出せば
産業医さんはドン引きしてくれるかな。
・・・ドン引きされても、何も変わるまい。
自分の心を無駄に痛めつけるだけだろうな。
そう思いながら、私はメモ帳を閉じようとする。
もう『タイムアップ』だ。
月曜までには、まとめておこうと思っていたのに。
『休職するかしないか』の考えでさえ
やはり、休日中にまとめきれなかった。
それを考えるだけで、キャパシティを超えていた。
仕事と同じだった。
こうやって、仕事も結婚も出産も人生も
タイムアップを迎えていくのだろうな。
ああ。
本当にさらけ出してしまおうかな。