外食
・・・私は、野菜が食べられない。
魚も、食べたくない。
給食なんかでも、ほとんど何も食べることはなかった。
魚や味噌は生臭いし、野菜は苦い。
牛乳なんかも、これだったら
水を飲んでいる方がマシだと思えた。
かといって。
『カレー』とか、そういう食べられるものが
出されたときだけ、がっつりと食べるというのも
なんというか、みっともなく感じてしまう。
だから、『好き嫌い』ではなく
『小食』ということにしていた。
小心者の発想だ。
周りには、ばればれだったかもしれないけれど。
・・・なぜ、好き嫌いが多いのか。
色々、理由は思い浮かぶが
ひとつ、特に大きく、心に引っかかっているものがある。
小さい頃、レストランに連れていってもらったときの話だ。
レストランといっても、『ファミレス』だ。
ファミリーでないレストランなど
私たちが行けるはずもないからだ。
その、ファミレスに行って、幼い私は悩んでしまった。
メニューというものが、よくわかっていなかったからだ。
こういう時、気の利いた親なら
子供の注文まで選んでくれるはずなのだが
母は、これしか言わなかった。
「何にするか決めた?」
私は、何を選べばいいのかわからなかった。
だって、『ライス』が『ご飯』だってことさえも
わからなかったんだから。
だけど、私は頭がよかった。
母を真似て、同じものを選んだのだ。
そうすれば、失敗しないと思っていたのだ。
それが、失敗だった。
まず出てきたサラダには、ブロッコリーが入っていて
マヨネーズが上からかけられていた。
恐る恐る、マヨネーズをスプーンで口に運ぶと
気持ち悪いにおいと、強く濃い後味がした。
私の顔はしかめっ面になった。
「食べられない。」
そういうことを言った。
「頼んだからには食べな。」
そういったことを返されたのは、覚えている。
食育としては、正しいのかもしれない。
が。
食べられるわけがなかった。
でも、母は私を待ってくれずに
一人だけ、先にサラダを食べ終えている。
そして、もう一品のパスタが届いた。
けれど。
私は、そっちにも逃げることができなかった。
パスタという単語も、和風も洋風もわからない
過去の私にとっては、知るよしもないことだが
そのパスタは、和風だった。
過去の私が、恐る恐る、フォークを顔に近づけると
梅と紫蘇の葉の、つんとした臭いが私の鼻孔に届き
体は"拒否反応"を示した。
「おえっ。」
私は、そうやってえずいてしまった。
すると、母は私に怒りだした。
「食べられないものなんか、頼むな。」
そして、私が泣くと、こう言った。
「わめくな。」
幼く、愚かだった私は、「わめくな」という
理不尽なしつけにも、必死で適応して
「いい子」になろうとしていた。
涙をこらえながら、何もできないまま
ずっと、何も食べられないでいた。
・・・長い間、ただじっと、こらえていた。
「何円、かかると思ってるの。」
結局、母にそう言われて
何も食べないまま、店を出ることになった。
あの2品は、何円かかったのだろう。
それは今でも分からない。
でも。
食べられないお皿をそのままに
会計をする母を見て、あのときの私は
罪悪感でいっぱいだった。
そして、あの時の言葉。
「食べられないものなんか、頼むな。」
あの言葉は、私の胸に焼き付いていて
いまでも、私の『挑戦する意欲』を削ぎ続けている。
こうやって、できないことや、嫌いなことだけが
無限に増え続けていくのだ。