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国旗


保育園の頃だったか。

私が覚えている限り、一番古い記憶だ。


3歳か、それくらいだったと思う。


私は、安全ピンと、ビーズで国旗を作っていた。


なぜ、国旗だったのか。

それは、覚えていない。


見本があったから、作った。

そんなところだと思う。


それなりに、満足していた。


私は、見本の中にあった

"スウェーデン"の国旗が好きだった。


それは、今でも覚えている。


青色の背景に、非対称的な十字が入った国旗。

難しくもない、シンプルなデザイン。


けれど。


『見本』に描かれた国旗に、対称的な国旗が多い中。

"スウェーデン"の国旗は、ちょっとだけ、特別に思えた。


・・・スウェーデンの国旗に限らず。

私は、ビーズが好きだった。


"安全ピン"という名でありながら

棘のある、保育園児には危ないものを扱って。


"ビーズ"という名の宝石を紡いで。

どこか遠くの国の"国旗"を作る。


そんな自分は、なんだか、とても大人になったような。


いや、むしろ。


そんな言葉は知らなかったけれど。

"職人"というか、"クリエイター"になったような。

そんな気分でいられたのだ。


だから、私は、ビーズの国旗が好きだった。

自分で作った国旗を、服にいつも付けていた。


あのときまでは。


馬鹿な男子が、私のビーズの国旗を

無理矢理、取ろうとしたのだ。


それで、無理に取ろうとしたものだから

安全ピンで、ケガをしたのだ。


指から血が出ていた。

その男子は、泣いていた。


しかも、その男子は、私がケガをさせたみたいに言って

私が、まるで悪いみたいにされたのだ。


本当に泣きたかったのは、私の方だったのに。


でも、なんだ。


仲裁に入った、保育園の先生は

私の敵で、その男子の味方だった。


それで、危険だということで、没収されたのだ。

私の国旗は。


馬鹿じゃないのか。

理不尽じゃないか。


そう思っていた。

今も思っている。


私は、もう、泣きじゃくって

先生にも、友達にも、母にも言いふらした。


けど、私の味方はまったく誰もいなかったのだ。


それどころか、"安全ピン"を使うのを禁じられた。

危険だからという理由で。


「はあ?」


心の中で、ずっと、思っていた。

"安全"ピンという名前なのに?


どこが、安全だというのか?

安全じゃないのなら、安全ピンなんて名前を付けるな。


幼い子供ながらに、そんなことを考えていた。


私は今も、"安全"ピンという名前に。

その、ふさわしくない名前に。


嫌悪感を示すまでになった。


本当に、嫌だった。


でも、これで終わりではなかった。


さらに、嫌になったのは、そのあとだ。


私が手放したその国旗を、その男子が付けていたのだ。

もう、あれは。


怒りというよりも、憎しみというか

不条理さが、私の心を掴んでいた。


しかも、その国旗は、いつの間にか

『私があげた』ことになっていた。


「はあ?」


そうやって、あげたと言われるのが嫌だった。


嫌いなやつに、なんでわざわざ

あげたことに、されなければならないのか。


私には理解できなかった。


本当に、嫌だった。


真相は定かでない。

が、わかりきっている。


あの、保育園の先生が。


醜い大人が、泣いている子供をなだめるために

あげたんだろうな、と悟っていた。


それを、さも、『私からのプレゼント』かのように

言いふらしたんだ。


きっとそうなのだ。

いや、そうだと確信している。


そうやって。


子供の、理不尽さが。

大人の、嫌らしさが。


私の中に、こびりついた。


・・・その話を、誰にしても

信じては、くれなかった。


いや、今思えば、『信じてくれなかった』というのも

おそらく、正確には、違ったのだ。


そんなこと、私以外には、どうでもよかったのだ。


私の国旗なんて、誰も気にしていなかった。

その男子だって、すぐに付けてこなくなった。


いつまでも、国旗のことを考えているのは、私だけで

本当に、私以外には、どうでもいいことだったのだ。


そうだ。


母に言っても、何も変わらなかった。


それどころか、保育園の先生の前で

『いい顔』をする母を見て。


子供心に、失望したことを覚えている。


結局、誰に言っても、何も変わらなかったのだ。

それどころか、失望が増していくだけだ。


・・・どんなに言っても、どんなに思っても。

失ったものが、戻ってくるわけでもない。


私以外には、忘れられるだけの記憶だ。


だけど。


こんなに理不尽なことがあるのだ。

あってしまうのだ。


とても、簡単に、起きてしまって。

それが、私以外には、忘れ去られてしまうのだ。


奪われた"国旗"のことを。

"敵"である大人と子供のことを。


今でも私は、根に持っている。


でも。


過去は、戻ってこない。

私が泣いても、訴えても、何も戻ってこないのだ。


・・・ビーズの国旗を。


あのとき、手放さなければよかった。

無理矢理にでも、奪い返してしまえばよかった。


私は、今でもそう思っている。


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