序章〜汚泥〜
始まりの変化は目覚めた瞬間。
奇妙な感覚を実感してこれまでの人生を反芻していた。
現在。
自分の年齢。生い立ち。立ち位置。
ふむ。と納得して更に現在の状況と状態と現状を把握していた。
「そうか。これは嫉妬からきた命の簒奪か。ふふ面白い。」
行動は早く。
崖底に横たわる体を身体操作で無理に動かす事を瞬間で止めた。代わりに全力と全開での治癒を最優先させる。
その最優先は体液の流出停止。
そして体内外の欠損部位の治癒。違う修復という方が正解かな。
これらを瞬間で行い先程から聞こえている轟音を強化と同時に回避して崖上に着地した。
全てを計画した者に対しての報復は近々行うとして身を眩ませるために即席の人形を拵えて崖下へ投げ捨てた。
着水と同時に潜んでいたのか激流の中から怪物が大口を開けて人形を一呑みにして激流に潜んで消えていった。
数日後。
高名たるノウル家の訃報が国に伝播し震撼させた。
ノウル家は魔術を含めた深淵の先を探求する一族とされている。
その研究は国により厳重に管理され一握りの者しか知ることを赦されていない。
それだけに一族の者は厳重に管理と監視をされ国の所有物としての側面を持って存在している。
訃報の内容はノウル家の子供一人が訓練中の事故で崖から足を滑らせ激流に呑まれて命を失ったという痛ましい事故。
でも。
失形という言葉の後には全ての人が興味を無くすように表情が消えていた。
《失形》とは様々に嫌われる意味を持つ言葉。
この世界では生まれながらに大なり小なり不変の力を持って誕生する。
それはこの世界からの祝福であり生きる指針ともなる。
でも幾つかに一人の割合で誕生する祝福の逆。即ち呪いを持ってしまったものを指針の形を失ったという意味をもって失形と呼んでいた。
正にそれが現在の自分自身なんだけど。
酷いな。まあそれが常識の世界なら仕方ないのかな。
でもだよ。
そうだよ。言葉自体があるなら過去にも存在していたと言うことだよね。ならその者達の中には数える程で在ったとしても抗ったんじゃないだろうか。
対象は様々とろうけど。
そして最後は悲運と非業に塗れて人生を終わらせたんだろうか。
それは必ず禁忌とされているから国の厳重な場所で管理されてるよね。
彼か彼女かは知らないけれど。その痕跡は必ずこの世界に存在し続けているんだ。
まあ目星は幾つか付けているけど、時間は有限。無駄な行動をして無駄な体力消費は避けたい。
世界の真実を知るのは極限られた人しか知らされないのが常なら国の中央。城の地下最下層。その先に封印されているはず。
その場所に無かったなら。仕方ない。世界中の遺跡を勝手に調べさせてもらうだけ。
数年後。
最近、頻繁に起こる事件が国中を恐怖に陥れていた。
それが何を意味するのかは誰も解らないが、たった一つの感情だけは確認できた。
憎しみという感情が。
この感情は全ての事件に汲まなく平等に証明するように証拠として存在していた。
だが誰の感情なのかは要として知れないのが現状で、調査は初手から暗礁に乗り上げていた。
しかし、ある者に依っては死活問題である。
なぜならその憎しみから溢れる物の対象が自分自身であるからだ。心当たりは無い。
件なら証明出来ないように怪物が喰った事は見えていた。
だからこそ平穏に生活できていたのだ。
しかしこの憎しみは知らないのだ。
だから困惑して混乱し混迷して支離滅裂な事を言ってしまったが遅かった。
どうして、そう口走ったのか。
気づくと皆の視線は感情がなく誰かの言葉でその場所から強制退席させられ、暴れる事を一瞬考えてやめて素直に従い監禁された。
監禁としても地位は低くなく、下手に扱えばどういった結末になるのか見ないでも判るのだろう。
だから通されたのは質素を少し抑えた中々の部屋へと入れられ、外から施錠の音が聞こえて、人の気配が遠ざかっていったのを認識し確認して再び自問していた。
疑問でなく答えは出ていた。
「くそっ。があぁっ。」
近くの机を叩いた。
当然、痛みはしたが。
辿り着いた答えは何度視点を変えても。
一つしか出なかった。
数時間後で。
当主と補佐。そして其々の派閥を束ねる者達が謁見の間に集められていた。全員の表情は例外なく疲労が見えていた。
誰も隠そうとしないのは関連した組織等に被害が及び、その処理を連日連夜行っているからである。
それも王の勅命となれば無碍にも出来ず。人員を割いてまで事に当たっていたのだ。
たが成果は一行よりも全く無いという状況。時間が過ぎ去り費用が嵩んでいくだけであった。
その事を咎められるものかと皆が考える中、王が入廷して来る。
第一声は労いと罵倒だった。
これまで尽力した労い。
報奨と補填と約束。
直後に経費と叱責により国に対しての返還で全てが帳消しとなり代わりとして国庫から龍鱗を贈呈して事なきを得た。
憤怒と暴食が同居した存在達が傲慢な態度で進行を開始した。
良い意味は無い突如の喧伝がこの世界に轟いたのは事件に悩んでいて手をこまねいていた時期と重なる。
しかしこれは一国を震撼するに十分で殺意と混乱を持っていたし仕方なく当たるしかなく。
してもその方法は世界に。時代としては悪辣悪癖悪意の混合生成された認識の異なる行いだった。
そう倫理常識が通用していなかった。
だから全員が全力を少し抑えて当たってしまった事で事態は想定を超えて。
腹を抱えながら転げ落ちて尚も抱えて笑っていた。
気がつくのに遅く全員が行動不能となり命が平等に刈り取られ、幾つもの命が散っていた。
一番に恐怖したのは国の中枢に居た者達。
対象一覧が送られ、その中に自分自身が入っていたのだ。
中には外れている者も居たが、そこは貴族社会。
外れていた者の汚い部分を密告し陥れる事が多発し国の上層は崩壊していった。
短期間で国の至る所で暴動が発生。
しかし、軍としての機能は瓦解して抑える事は不可能。
まるで誰かが描いた筋書きの様に事は無限に転がり落ちて一つの国はとある日にて崩壊した。
残った瓦礫に暴動を起こし成功させた人々は歓喜に沸きこれまでの暮らしから脱した喜びを何時までも噛み締めていた。
噛み締めて。
その先はどうするのだろう。と。
誰かが言う貴族共を倒して、王を倒して、その後はどうするんだ。と。
しかし誰も何も言えないかった。
これまでの圧政に耐え兼ね奮起して蜂起したて国を終わらせた。までは良かったが、さて。その先は。誰が舵を切るのだろう。
誰も上に立ちたいとは考えなかった。
上に立つとは命を危険に晒すと同位。なら上に立ちたいと誰も思わなかった。
そしてこれが愚かと。
臨時だけでも新政権を樹立させていればまた違った景色が見えていただろう。
遅い。
気づくと。周囲には敵国の旗がはためいていた。
空も陸も地下も全ての逃げ道を封鎖した状況で誰も動けななくなっていた。
唯一用意していた道さえ崩され通り抜けは不可能にされていた。
指揮をしていた一人が懇願のため敵国へ向かったが何も成せないままその場で切り捨てられ地面に倒れた。
そう問答無用で殲滅させに来たと全員が理解して逃げ惑った。
数刻後。
地面を赤一色に染め上げ物云わぬ肉塊と化した元国民は平等に命を無駄に散らせていったのだった。
しかし、解せなかった。
どうして生かさなかったのか。
国民であれば外に知られていない事も知っていたかもしれない。
しかしそれを解っていて殲滅させたのならなにか意図があるのだろう。
終わった事。
過去を掘り返すのは未来の人がすればいい。
目的も達成した。
うん。感情が微々も動かない。
仕掛けたのは自分自身。でも、こう簡単に運ぶのは。
止めよう。
もう振り返らず。進んで行こう。
心は晴々。足取り軽く。進む先に阻む物なし。
さあ何をしようかな。
という妄想を膨らまして気づけば何もかもが無駄だったんだと理解させられていた。
ぁあぁ。どうしてこうも上手く事が運ばないんだっ。
復讐を遂げてから世界を旅しようと考えてた直後に敵国の兵士に阻まれ、拘束され手足を使えなくされて今は処刑を待っている。
あぁ。どうしてっ。どうしてこう成ったのだろう。
分かっているし解りきっているから判らなくもない。
そうどう隠したとしても何かの切っ掛けというのはあるんだ。
だから。事が終るまで放置して、後は全てを擦り付けて処刑する。
開かれた裁判なんて形だけ。
自分以外は敵。
言葉以前に喉さえ潰されていたから反論なんて出来ないし略当たっているし最悪。
何か言い残すことはありますか。という善意のような悪意の塊の言葉を掛けてきた裁判長の目には侮辱の意思しか見えず、声が出せないのでそのまま立っていた。
何か呆れたような表情をしていたけど、そのまま連れ出されて牢屋へ収監され現在になる。
うあぁ。何を間違ったのか。疑問だけどしたい事はやり遂げたからもう良いや。このまま。終わらそう。
これが今回の人生と思うと満たされずかな。
正直、消化不良もあるかな。
そして処刑は滞りなく執行され。
一つの国の住人はこの世から完全に駆逐された。