一章〜屈辱と後悔と〜
遠くから見ていた。
ある場所から出てきて少しすると囲まれた。でも大人達を置き去りにして一人で逃げ切っていた。
距離を開けて後を追っていると物思いに耽っていた姿を見て色々を問い質そうとして止めて帰った。
後に知ったことだけどあの後に襲った者達が居たらしく、全ての者達が病院の世話になりたくないのになったと聴いた。
勘が働いて良かったと安堵した。
もし問い質そうと近づいて。襲ってなくても沈められていたかも。
うぅ。考えただけで嫌な気分になる。
事件か事故か詳細は知らされなかった。
それはある日のこと事の概要だけは知らされた。
沢山の肉塊が散乱した現場には一つの大きな生物が立っていたという。
何かを食べては吐き出しを繰り返していたがそれを肉塊だと知るには少し憚られた。
なので発表には慎重を期してその辺りは暈していた。
なのに。何処から漏れたのか嗅ぎつけた者達が脅しを掛けてきた。
はあっ。全く仕事を増やしてくれるな。
対処はした。一応として上にも報告して終わらせた。
上がどういう処理をするかは自分には知らされないだろう。
島中に張り巡らされた網。
しかし見えない網に掛かる事はなく数日経過していた。
だのに痕跡もなく監視装置も引っ掛からず何日も無駄な時間を過ごして費用だけが嵩んでいく。
皆が苛立ち空気が重かった。
焦りもあったのだろう。
逃げた目標は島を出ていないことは監視装置で分かっていた。だが極小単位に設定している網に全く掛かることが無かった。
上からは数日前内に結果を出せという無茶な事を言われたようで自分にお鉢が回ってきた。そうして数日間は警戒を最大にしても引っかかるのは無関係な事件や事故ばかり。標的が一切掛からないのは不可解でしかない。
はあ全然、部屋に戻れてない。
動いたのは無為な時間を過ごして更に数日してから。
監視装置に件の者が映っていた。
でも情報を持ってきた者が見ることを止めた。 何故だと思いながらその時の映像を再生させた。
正直いうと後悔したよ。
見るのは良いけど。
これは本当に。嫌な気分にさせてくれるな。
映像は誰に対してなのかは理解しがたいが見るものに怒りを湧かせるには充分だった。
「これ、は。」
間を挟んだ。
「バカにしてるな。」
映像に映っていたのは件のものが大立ち回りを盛大にやらかした上にこれ見よがしに行動が監視装置全てに収まっていたのだ。
それも映っているのは背格好だけじゃなく表情が判るように工夫していると。
完全に此方を虚仮にしている。
映る表情も鮮明で見下しか馬鹿にしているような物ばかり。
これが相手から逃げながら倒し見下している筈なのに、表情は相手を通り越して監視装置の向こう側である此方を見てもいるように感じていたのは自分だけかと。流石に自意識過剰と自重する。
だが巫山戯ているとしか思えない。全ての監視装置の映像は位置、場所、限界角度。それら全てを理解した上での移動速度。全部を理解している動きだった。
歯を噛み締めた。強く。強く。
だけど感情に引っ張られて判断を誤るは滑稽。
目を床に伏せて気持ちと息を整える。
目線を上げて指示を出す。
逃げられないように範囲を狭めていく。
そうして確保する。
という作戦案を準備する事もなく件のものは直後に捕縛され移送された。
逃げられないよう特殊な檻に入れて。
厳重に表から見えないように収監させた。
これに伴って作戦終了を告げながら皆の努力の結果だ。
この時はそう口にして後悔した。
実際に皆の努力もあっただろう。
でも捕獲時の状況を聞くに抵抗している形を取っていて一人の負傷者も出ていなかった。
それどころか周囲への被害すら無かった。
はは完全に遊んでいたな。
兎に角もだ。不快な深い溜息と一緒に投げ出したい気持ちを吐き出して気を引き締めさせた。
目標は捕縛できたけど、後の諸々が残っている。
まだ緊張を緩めるには早い。
更に日数が経って。
自分の部屋に居る。
直ぐには会わない。
会えないというのが正解か。
自分には様々な権限が与えられているけど手続きは踏まないと示しがつかない。
だから手続きが完了するまで暇なく事後処理に追われていた。
それにしても正面から会うのは何時ぶりだろう。
了承が得られたのは捕縛から一月経ってからだった。
今。大木に繋がる道を進んでいる。
この島の象徴である大木は何処からでも殆ど観ることができる島の象徴。
その側には崩れかけの建物がある。
危険だからと周囲を柵で覆い禁止区域としている場所。
そしてその崩れかけの建物に入っていく。
扉を閉めると音声が流れ、その指示に従いながら手続きを進めていく。
完了すると部屋が変化して頭上に門が開放され吸い込まれていく。
到着したのは金属を多重に加工成形した煉瓦を敷き詰めた廊下。
その中間地点だった。
移動距離が省かれたのは良かった。
ふうっ。と息を一つ。
持っていた施設専用端末に従って廊下を歩いていく。
廊下の終着点に到着すると複数人の警備員が厳重装備で立っていた。
やり過ぎだろと言われるかもしれないが、あれ程の事を仕出かしたんだ。
仕方ないだろう。
敬礼して相手も同様にして扉の鍵を開けさせた。
取っ手に手を着けると認証音か鳴り、開いて、扉の向こう側へと入っていく。
全面透明な材質で造られ頑丈な紐で宙に固定された檻。
周囲には多量の重火器と監視装置が檻に向けて設置されていた。
端末を操作して内部の端末へ接続する。
相手が端末を取り操作して此方を見ながら繋げた。
第一声は。
「久しいな。」
『そうですね。全くと言って通えてないので。』
「なぜ来ない。」
『おや休学届けは提出してますよ。聞いてないのですか。』
「聞いてはいたが虚偽だと思ったんだよ。そうか。それでお前は何がしたかったんだ。」
少しの間。
『さあ。此処に来たのなら知ってると思いますけど。見てないんですか。』
「ああ報告書は読んだ。それと観た。」
『では何故この様な処遇なんですか。』
「あの報告とは別件でのこの処遇だ。まあそれも含めて話せ。」
『はぁ、仕方ないですね。幾つもの依頼をこなしている内に気になる一つの依頼を受けたんです。幾日かの準備をして例の場所まで行ったまでですよ。まあその依頼を証明出来ないように細工されてましたから証明はできないですね。』
「そうだな。お前以外の方々にも同様の聴取をして、しかし、その依頼を見たものは居ないのが現状。幾つもの手を使って調査した結果、お前の妄想と幻想だという事で結論が出た。」
『まあそう成るでしょうね結果だけを見るなら。では、このままだと僕はどういった処分になりますか。』
「良くて追放。悪くてこのまま永遠に閉じ込める。」
『そうです、か。なれば現状は従いましょう。ここ数日は休みなく働いていたので良い休息に成りますよ。』
持っていた端末から軋む音がする。
無意識に強く握りしめていた。
「それが最後の言葉となっても良いのか。何か言い逃れしたいとか考えないのか」
『ふはっ。なぁこれが最後と誰が言った。んん。言い逃れも何も実際に行ってましたからね。さて用は済んだでしょう休みたいのでお帰り願いたいのですが。』
何か言おうとして止めた。
怒りに身を任せて暴言を吐いても何の益にもならないからだ。
「ではさよならだ。」
『そう。願いたいな。』
端末を切り檻を後にする。
車中で考える。
手を貸して貸しを作る。
それに対する報酬は。
笑えない。
無益しかない。
自分の首を絞める要因を自分で作ってどうなる。
これが父上の課した試練なら下手な事をして逆鱗に触れるなんて愚行だろう。
僕は自分を律する。と言うことをあの時に経験した。
二年前の屈辱の優勝行進で。
賭けに負け。
試合に負け。
そして約束を違えてしまうという結果を。
対外的には僕の勝ち。でも実際は勝ちを譲られ、賭けである規定の試合以上まで進まれた。最後に試合を負けにした。
そして返還する所有物は僕が全てと言っていいくらい使ってしまっていた。
あの額を返済しろ。と言われると思っていたけど。更なる屈辱を味わされた。
クソッ。傲慢だった。
あの時。島の全ては自分の所有物。
そういう思考に支配されていた。
違うだろう。
僕に逆らえないのは父上の権限があるからだ。
島の主である父上の存在があるから皆が僕に従っていた。
僕に何かあればそれは父上の怒りに触れると同じ。
だから皆が僕に従っていた。
なのに。
アイツは。
あの存在はそれまでの当たり前だった常識と日常を壊したんだ。
全てが思い通りに行っていた。僕の言葉は絶対だ。
跪いて頭を地面に擦り付けるよう低く姿勢を向けて、それを上から見下げる満足感。
なのにアイツだけは。逆らって歯向かって。そして賭けを持ちかけ、没収して驚いた。一人が持っていい額の資産じゃ無かった。で、勝つことが当たり前だったから全部を使い果たした。
そして賭けに負けた。初めてだった。
あの人以外で負けたのは。
勝ったから全部返してください。
でもそれら全ては使い果たした後だった。
でも許された。
情を掛けられたような気分で父上もそうだと思いたかったけど。
そうじゃなかった。
あの表情はアイツに向けてその先の何かに対したような視線だった。
あの時の敗北はそれまでの自分を振り返る切っ掛けになった。
あの人と同じだと自覚して。自戒して。
それで思い至って島を出た。
目的はアイツの事を知りたかったから。
そしてあわよくばあの人に会えるかも。と期待したけど会えずに帰島した。
帰ってからあの人が帰島して父上と会って秒で喧嘩してまた出ていった。
これは帰ってきて暫くしてから聞かされた。
どうして直ぐに言わなかったのかを聞くと疲れているようだったと。そう言われ反論しようとして止めた。
本当に疲れていたから。
それであの人の行き先を知っているかを聞くと知らないという。なら父上。とも考えて、あり得ないと思った。
喧嘩して行き先を告げる暇もなかっただろうから知らないだろうな。
では誰に聞くか。
はあっしょうがない。
彼女に聞いてみるか。
機密が膨大に詰め込まれた空間を歩いている。
それは宛ら知識の世界。
始まってしまうと終わりはなく。
そして果てない欲が止まることなく膨れ上がる。
そんな世界で塗れずに涼しい表情をしながら作業している女性。
この場所の全権を持つ人。
去年。
突然に集団で現れて島主に合わせろという。
普通なら門前払いになるはずが、どういう事か父上が面会を許可した。
それは何を意味するのかその時は分からなかったけど、今現在は理解できる。
彼女は世界が様々なあらゆる手段を用いても欲してしまう貴重な存在にして見えない拠点の研究者だと少ししてから知らされた。
その時にはこの島の情報全てを統制する権限を持って懸念事項だった情報処理が改善され強化され今では世界に対して絶対の防御を誇る完全自律型感染破壊装置が組み込まれている。らしい。
そして今。その彼女に会っている。
でも言葉を挟む隙がない。彼女の周りには情報の渦が絶えず。それでも涼しい顔で処理している様に見えて手元は忙しなく動き続けている。
触れている時間は瞬きにも満たない。一瞬を越えている。
だけど、ただ立っているだけで事は動かない。
だから一歩を踏み出す。
しかし、言葉が出てこない。
首の奥から出ようとして出ることを躊躇うように掠れた声すら喉を振るわせてくれない。
でも。だからなんだっ。知るかっ。
咳払いをして。声を上げた。
彼女の手元が止まったけど直ぐに動き出す。
「教えてもらいたい。数日前にあの人が帰っていただろう。直後に出ていったらしいけど。行き先を知っているなら教えてください。」
手は動き続けていた。
そして一つの情報を寄越してくれた。
その情報は島を出るあの人の姿が映っていた。
でもその先は映っていなかった。
この意味を考えて諦めて礼を言って出ていった。
足に力が入らないけど自分の部屋まで態度を崩さず何とか歩いて、入ってから崩れるよう椅子に座った。
数回だけど、あの空間は自分にはきつい。
それに彼女は何かを忘れるように没頭している様にも見える。
ふふ。それは無いかな。だって彼女はあの場所の統轄者なんだから。
ふう。教えてくれなかったな。
あの人。今は何処に居るのだろうか。
懸念一つ。あの約束を破ってしまった。
あの時の映像は生中継をして嘘を挟む余地もない。
当然見ているだろう。
自分としては破棄しても構わないと今なら考える。
それでもこの思いは本物だから諦めたくない。
砕けたくないけど。
当たってみるしか無いよな。
端末を取り出して掛けてみる。