ゼンマイ修学旅行
『どうして、誕生日っておめでたいの?』
遠い昔、ママにそう尋ねてみたことがある。
その日は私のお誕生日会があり、ママと私が一緒にその後片付けをしている途中。部屋にある唯一の時計は、11時59分を指していた。
ママは少しだけ考え込んでから、顔をほころばせて私の疑問に答えてくれた。
「誰かの誕生、特に大切な人が生まれてきたことは、とても嬉しくてめでたいことだから。その気持ちを忘れないよう、同じ日付を迎えたら『おめでとう』ってお祝いするのよ」
ママの答えは、それまでの私の知識にまったくないものだった。
私は無性に嬉しい気持ちになって、「そうなんだ!」と声を跳ねさせたのを覚えている。
当時の私は、何かを学ぶという行為を厳しく制限されていた。
何もない打ちっぱなしのコンクリートの部屋が、一日の大半を過ごす場所だった。
たまの外出には必ず大人の誰かが監視で付き添っていたし、図書館や学校といった施設には立ち寄ったことがない。
知識のほとんどはママたちから貰った本や、数少ないアクセス可能なインターネット・ウェブサイトから吸収していた。
理解はしている。
ロボットという存在である私には、人間とは違って何かを忘れるという機能がない。
だから世の大人たちは懸命に、私を有害な情報から守ってくれているのだろうと思った。
人間にも15禁や18禁といった閲覧制限があるのと一緒だ。そう納得していたから、私はその優しい言いつけを破ろうとは思わなかった。
……でもこの場所に来るとどうしても、それを悔やまずにはいられなくなる。
「久しぶりだね」
私は瓦礫の散らばる土の上へと腰を下ろして、視線を空へと向けた。
まだ日の高い、ごく薄い雲がかかった青空。
辺りに視界を遮るものはなく、ほとんど地の果てまでを見渡せる。
私の記憶では、確かに私はこの場所に住んでいた。
――私に知識があれば、人を誰も飢えさせなんてしなかったのに。
――私に知識があれば、人の仕事なんて全部私が肩代わりしてあげられたのに。
――私に知識があれば、ウシ王国やウサギ国から侵略なんて……させる前に滅ぼせたのに。
――教えてくれさえすればいくらでも、もっとママに自由な時間を作ってあげられたのに。
だけど最近は少しだけ、ママの想いが分かる気がします。
きっと私がこう考えてしまうことこそが、私に知識を与えなかった理由の一端なのだと。
私は食事も休息も必要がなく、その気になれば無限に身体を量産して働ける。
私が畑を耕して、人間から食料の心配を一切なくしてしまえば。
私が無給ですべての仕事をできるようになってしまえば。
働くのが人間である意味はなくなって、通貨や人間の価値は一変してしまうかもしれない。
まして私が戦争で、万の兵士に勝る軍事力を示していれば。
私は確実に、新たな争いの火種になっていたはずだ。
「ねぇ、それ、誰のお墓なの?」
思索に耽っていると、いつのまにか少女が隣に立っていた。
彼女は麦わら帽子を両手に抱えて、私の座る前にある墓石を物珍しそうに見つめている。
「私のママで、私の教師でもあった人だよ」
「先生の先生!? たいへん! ご挨拶しなきゃ!」
彼女は慌ててその場にしゃがみ、真っ白なワンピースを地につけた。
服の汚れが心配になったけど、それを指摘するのはやめた。
「それじゃあ私と一緒に、心の中でご挨拶してくれる?」
「うん!」
少女は明るい笑顔になって、私に倣ってお墓へと手を合わせてくれた。
ママ、317回目の誕生日、おめでとう。
私にも、子供と呼べる存在ができました。
見ての通り、みんな素直で優しい子です。
今は大きな責任を感じながらではあるけれど、子供たちと自由で幸せな毎日を送っています。
この子たちの旅行を引率する傍らで、私もこの地へ学びに来ています。
――あの時私は、本当にあのままでよかったのか、どうするのが正しかったのか。
私がこの先一度も間違えないために。答えのない問いに答える手がかりを探しています。
「ねえ、先生。ここが昔、戦争でこわい道具が使われた場所なんだよね」
私より一足先に挨拶を終えたらしい彼女が、手を合わせたまま私に尋ねた。
「そうだよ」
「もう少し、見て回っていてもいいかな」
「いいけど、自由時間の終わりまでには戻ってね」
「うん!」
麦わら帽子を被りなおして、少女が元気に駆けてゆく。
なんだか微笑ましい気持ちになって、私まで元気が湧いてくる。
私の体に内蔵された時計を確認すると、残り時間はあと19分だった。
「……さて、と。私ももう少し、一緒にこの辺りを歩いていきますか」
いってきます。と、もう一度手を合わせてから立ち上がる。
願わくは、この子たちは今のまま、争いとは無縁の世界で生きてほしい。
後ろから吹いた優しい風が、私たちの髪をふわりと揺らした。
最後までお読みいただいてありがとうございます!
短いお話ですが、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しい限りです。