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虫の知らせ


注意)このエッセイには、芋虫に関する少々気持ちの悪い描写が含まれております。

苦手な方は内容を読まれる前にブラウザバックをされるよう、よろしくお願いいたします。


あと、無駄に多い文字数の割に内容はあっさりと薄めです。




「虫の知らせ


 なんとなく良くないことが起こりそうな気がすること。予感がすること。


                      引用:精選版 日本国語大辞典」




 私は普段、食材などを買うためにスーパーへ行く時は、決まって自転車を使うことにしている。

 一年ほど前に買ったライトブルーに塗装された3万円くらいのママチャリだが、乗って走るだけで気分が明るくなるそれは、あまり物欲がない私にとって数少ないお気に入りの道具の一つだった。


 そのスーパーは自宅から大体2キロほどの所にあり、途中で高架下を貫く20mほどのトンネルを抜ける必要があるのだが、上りと下りの境目にあるその短く薄暗い空間は、上りの坂道でペダルを漕いで疲れを感じ始めた足への負担が一気に楽になる、ちょっとした癒しの場所だったりする。

 


 先日、冷蔵庫の中身に心もとなさを感じた私は、小雨が止み、晴れ空が見えてきた頃合いを見計らって自転車を玄関から引っ張り出し、いつものスーパーへと駆り出していった。

 雨に濡れきらきらと光るアスファルトの地面と雨上がり独特の湿り気のある瑞々しい空気に、走り慣れた道にも拘らず心なしかウキウキと気持ちが高鳴っていた。



 さて、ここで少しだけ話は逸れるのだが、人の記憶とは不思議なもので、ふとした時の何かをきっかけにこれまで忘れていたようなことを突然鮮明に思い出したりすることがある。

 特に、「匂い」を感じ取る嗅覚というのは人間の脳の記憶を司る海馬と密接な関係にあるらしく、「プルースト効果」と呼ばれるその現象により、何処からともなく漂ってきたその香りに、人は遠い過去を想起することが多いのだとか。


 その日も、私はいつものようにトンネルへと続く上り坂を走っていたのだが、その傍の生垣に生い茂っている葉たちが、直前まで雨が降っていたせいか一際濃い緑の香りを強く放っているように感じられた。

 そしてその瞬間、上に書いた効果の通り、気付けば私はまだ自分が小さかった頃の、とある日の出来事を突然思い出していた。




 それは、私がまだ小学校の4年生くらいだった頃。

 当時通っていたとあるスイミングスクールの先生らの引率のもと、私達生徒は夏の高原でのキャンプを楽しんでいた。


 キャンプと言っても決してテントを張って寝袋で寝るような本格的なものではなく、小綺麗なペンションに皆で宿泊しながら外で遊んだり料理をしたりするといったタイプのもので、あくまで子供たちに夏の大自然を満喫させる情操教育の一環のようなものだったのだと思う。

 

 二日目くらいの昼過ぎ。昼食を済ませた私たちは、予めスクールの先生たちが借りていたらしい自転車に乗り、近くの公園へとピクニックに行くことになっていた。

 きちんと舗装されている安全な道しか走らないため危険はないし、幸いというか自転車に乗れない子もいなかったため盛り込まれたイベントなのだろう。皆で縦長に連なりながら自転車に乗って走るというレアな体験に、皆の顔も少し興奮気味だったのを覚えている。


 その後、夏の高原の澄んだ空気と濃厚な植物の香りの中で自転車を漕ぎ続けた私達は、無事に目的地の公園へ到着。

 そこで皆と目一杯遊んだり、先生が持ってきていたお菓子を食べたりしながら、とても楽しい時間を過ごすことができた。



 例の出来事が起こったのは、その帰り道だった。


 私は、前を走る友人と3メートルほどの距離を隔てて列の半ばくらいを走っていたのだが、そんな折、少し前の地面を、何やら見たこともない程の奇妙な色をした芋虫が、にょきにょきと歩いていた。


 記憶の中では、緑はもちろんのこと、黒や黄色やオレンジや、ひょっとしたらピンクのような色もあったような気がするが流石にそれはないだろうから、勝手に記憶が変な補正をかけているのだろう。

 とにかく、突然目の前に現れたその珍妙な虫に唖然とした私はハンドルを切るのが遅れてしまい、なんとその芋虫を轢き潰してしまった。

 

 まさかのショッキングな展開に慌てて止まろうとも思ったのだが、後ろからは後続の子たちが走ってくるためそれは出来ないし、轢いてしまったのはもはや明らかだった。今更確認しに戻ったところで、奪ってしまった小さな命が戻ることはもうないだろう。

 子供ながらにそう考えた私は、私が虫を轢いてしまったことに騒ぐ後続の子たちの声に気まずさを感じながら、そのままペンションへの帰り道を走っていくことしかできなかった。


 そして、案の定、ペンションに帰った私を待っていたのは、その出来事を知る子たちによる揶揄いの嵐だった。



「虫轢いたとか気持ちわりぃ!!」

「あいつに触ったら潰れた虫が移るぞw」

「俺見たぜ! めっちゃキモイ虫だった!」

「避けられないとかダッセwww」



 …………。


 子供というのは良くも悪くもひどく無邪気で、特にそれが男の子だった場合、揶揄って優越感を感じられる要素があれば、結構な確率で、そして躊躇うことなく食い付いてくる。

 その例に漏れず周りの男子生徒たちから「虫潰し」のレッテルを貼られてしまった私は、私が潰してしまった可哀想な虫に対する憐れみよりも、そんな出来事に鉢合わせた自分の不幸を呪うことしか考えられなくなっていた。結局のところ、私も、私を揶揄う他の生徒と大差なく残酷だったのかもしれない。




 そんな、遠い過去に置き忘れてきたはずの古く苦々しい記憶が一瞬のうちにフラッシュバックした私だったが、気付けばその意識は再び雨上がりの坂道へと戻されていた。時間にしても、恐らく5秒もなかったと思う。

 幸い近くに通行人などはいなかったため事故等にはつながらなかったことに安堵しつつ、不思議な余韻を残したまま再び自転車の運転に意識を傾けようと試みる。


 とはいえ、やはりどうしても頭にチラついてくるのは、先程の気まずい体験の記憶のことばかり。

 あの瞬間の衝撃自体は記憶が戻ったとはいえもうほとんど頭から消え失せてしまっていたものの、その時に子供心に感じたあの状況の居たたまれなさ、そして、当時は自分のことばかりで情けなくも感じることができなかった小さな命のその重みに、今やすっかり大人となった私の心は落ち着きなくざわついていた。



(そんなこともあったっけ……。あの虫には、本当に悪いことをしたなぁ)



 そのようなことを考えているうちに気付けば私の乗った自転車は坂道を登り切ったようで、例の短いトンネルの入り口にようやく差し掛かっていた。

 峠に来たことで脚に感じ始めていた程良い疲労感がスッと抜けていくのを感じながら、私はそのまま薄暗いその空間へと飛び込んでいく。



 ここまでの話であれば、私はわざわざこんな長ったらしいエッセイを書こうとは決して思わなかったと思う。

 似たような記憶復活の体験であればこれまで幾度も経てきているし、取り立てて目新しい出来事でもない。


 実際その時も、「今はほろ苦い思いを抱いているとしても、数十分後には、どうせまた頭の片隅にこっそりとしまわれることになるんだろうなぁ」などと、その出来事を軽く考え始めていた。


 

 だがそんな折、自分が走る暗いトンネル内の歩道へと何気なく目を落としたの私の視界に、突然驚きの光景が飛び込んできた。

 なんと、黒く舗装され、ただでさえ薄暗く地面の様子が確認しづらいその道の上――さらに言えば、私が走らせる自転車のほんの僅か2ⅿ程先の車線上で、黒く小さな芋虫が、必死にトンネルの壁の方へと向かって進んでいたのだ。


 この芋虫が、一体どこからそのゆっくりとした小さな歩みで進んできたのかは分からない。

 車道と歩道の境目にある縁石に沿って進んできたのをちょうどここで曲がってきたのかもしれないし、その類稀なる幸運で、車道を挟んで反対側からここまでを見事に渡り切ってきたのかもしれない。


 いずれにせよ、その時の私の頭に中に咄嗟に浮かんだのは、先程突如として蘇ってきた例の出来事の記憶だった。

 そして次の瞬間、私は考えるよりも早くハンドルを切り、急な運転でひどくバランスを崩しながらも辛うじてブレーキをかけ、壁に衝突する直前で幸いにも急停止することに成功した。



 一瞬のうちに心臓の鼓動がバクバクと早鐘のように鳴りだし、寒い時期にもかかわらず冷や汗が噴き出す感覚にさらにヒヤリとしたものを肌に感じながら、私はしばらくの間、頭が真っ白になっていた。


 やがて安心感から震えるような息を吐く。だが直後、ハッとその顔を上げた。



(あの虫はどうなった……!?)



 改めて思い出すのは、当時は残酷にもすぐに気にしなくなってしまった、あの可哀想な芋虫のこと。

 走行中だったため轢いた後の姿は見ていなかったが、おそらくはとてもひどい姿にしてしまっていたことだろう。


 その記憶の内容と同じく恐らくはその表情を苦々しくさせながら、私は自身の後方――先程まで走っていた辺りの地面へと、恐る恐ると目を向けた。



 そしてそこには…………。
















 うねうね……うねうねうね……(「ん? どうしたの?(´・ω・`)」)
















(い、芋虫さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!)
















 堪らず心の中で歓喜の叫びを上げる私(笑) そう……そこには、先程と変わらない姿でマイペースに地面をのしのし這って行く、元気な黒い芋虫の姿があった。

 その光景を見た瞬間、私の中で、不思議と堪らなく嬉しい気持ちが一気に込み上げてきたのを今でもはっきりと覚えている。


 ここまで来て言うのもなんなのだが、正直、私は虫が大の苦手だ。

 そもそも大抵のそれの姿形が生理的に受けつけないし、と同時に、人などとは比べようもない程小さいにもかかわらずそこに秘められたその膨大な生命力に、一種の畏怖のようなものを感じてしまうから。とにかく、他の種の生物と違って色々と得体がしれないと思えてしまう。

 だが、この時ばかりはその芋虫に対し、まるで近しい友人にでも向けるかのような愛情らしきものがふつふつと湧いてくるのを、私は感じていた。


 その後、いずれここを通るかもしれない誰かに踏まれでもしたらと思うと居たたまれなくなった私は、近くに生えていた何かの植物の葉っぱでその芋虫をそっと掬い、その進行方向にある、ここなら安全だと思われ辺りに放してやった。

 そして、芋虫がゆっくりをその歩みを再開させたのを確認すると、私はひとつ大きく深呼吸をしつつ再び自転車にまたがり、きっとどこかへ行こうとしていただろうその芋虫に倣い、私は私で本来目指していた場所に向かって、ゆっくりと自転車を進ませていった。






 日本語には、「虫の知らせ」という慣用句がある。


 調べてみると、「なんとなく良くないことが起こりそうな気がすること。予感がすること」という意味だと載っていた。

 ちなみにここでいう「虫」とは、「古く、人間の体内に棲み、意識や感情にさまざまな影響を与えると考えられていたもので、潜在意識や感情の動きを表す(引用:語源由来辞典)」とのことらしい。


 この言葉がいつ生まれたのかは分からない。

 人の中に脈絡もなく生まれる様々な感情やインスピレーション、あるいは私の場合のように、ふとした折に記憶が蘇ることへの理由説明として、昔の人が「虫」なるものに答えを求めようとしたのかもしれない。


 正直、私の中では、この言葉は上述した引用にもあるように、あまり良くない状況で使われる印象の方が非常に強かった。

 「身内が大けがを負ってしまった」「職場で失敗を犯し、上司に怒られた」「初めて決まったバイト先が何故か火事で全焼していた」など、虫の知らせと結び付けられる事象というのは、大抵が碌なものじゃなかったりする。そして、恐らくそれは事実なのだろう。


 だが、今回、私はふと感じた生垣の香りから突然降って湧いたように蘇った昔の思い出のおかげで、過去の自分と同じ轍を踏まずに済むことができた。トンネルの中での出来事の前にそのことを思い出していなかったら、私はきっとハンドルを切るのが遅れ、あの頃と同じようにまた小さな命を奪うことになっていただろう。

 これを「虫の知らせ」と呼ぶのは、果たして大げさすぎるだろうか。



 今回のことで、あの時のカラフルな芋虫が救われたわけでは無い。

 全く別の時代の、全く別の場所で生きていた、全く無関係な別の虫を、たまたま似たようなシチュエーションで救えたことに運命を感じ、忘れかけていた罪悪感から逃れようとするような、実に自分勝手で都合の良い現実逃避に過ぎないのかもしれない。



 でも、例えそれでもいいじゃないかと、今の私にはそう感じられる。


 今度こそは、奪わずに済んだ。

 それ以上に喜ばしいことなんて、きっとないと思えるから。




 ……なんて感じにちょっと気取ってみましたけど、まあ個人的には満足です。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

追記:誤字報告してくださった方、本当にありがとうございました。

やはり、しっかりと見直しをしないと駄目ですね……(^ω^;)

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― 新着の感想 ―
[一言] 私も、春になると毛虫が道路を渡っているのに遭遇します。 車で引くのに罪悪感があって。 だから共感しながら読ませてもらいました。 イモムシ一匹といえども、生きている命。 助かったイモムシが命を…
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