コ〇シマス
この現代社会に佇む無数のネオンに包まれたビルの最上階。
月明りの当たるベットに横たわった一人の男性。その手には赤く染まった一枚の紙が握られていた。
『今夜、外道のあなたをコロシマス
ヴラド 』
―――――――――――――――――――――――――
チリリリリリリリンッッッッッ!!!!
凍える早朝に鳴る目覚まし時計。
「アカーーーーーーンッッッッ!!!! 寝坊してもうた!!」
それに続いて我が家に響き渡る俺の声。俺は急いで支度を始めた。すると、とりあえずつけたテレビで物騒なニュースが流れた。なんと有名企業の社長が殺されたそうだ。しかも最近話題の殺し屋、ヴラドに。ニュースキャスターのお姉さんが言うには、その社長は賄賂を相手企業に渡したり、会社の金を自分の為に散財したり、かなり黒いことをやっていたらしい。
ワイシャツを着てネクタイを絞めている途中だった俺がテレビに見入っていると、スマホに電話がかかってきた。
「もしもし?」
「笑也君。今どこですか? もしかしてまた寝坊したのですか?」
電話は幼馴染の姫凪からだった。姫凪とは小学校からの仲だ。姫凪の家は金持ちだが、本人は金持ち扱いされる事をあまり好ましく思っていない。俺はそんな姫凪とは、一緒に泥だらけになって遊んで、一緒に怒られたりしていた。そうしていると、姫凪はいつも俺と一緒に居てくれている。
姫凪はよくボブヘア程の髪を耳に掛けており、目も奥二重で、幼馴染ながら、とてもかわいい。
俺はこんなかわいい子に、小さかったとはいえ結婚するとか言ってたんだからな~。今では恐れ多くて冗談で言えないね。
「ご名答やで~」
「も~。またですか……急いでくださいね!」
「分かっっとるよ~」
俺は急いで支度を済ませると、直ぐにアパートから飛び出て愛用の自転車を走らせた。
学校目前に来ると同時に、少し遠くでチャイムが鳴り始めていた。
俺は閉まりかけの校門に自転車をドリフトさせて突入すると、ギリギリ間に合った。
「セーフ!!」
俺がそう叫んで安心していると、いつも校門の前で生徒指導をしている青のジャージを着た体育教師の清水先生に怒鳴られた。
「おい! 笑也! いつもギリギリに来やがって! もっと早く来い!」
「ごめん! しみっちゃん!」
「だからあだ名で呼ぶな! そんなことより、早く教室に行け!」
「へーい!」
俺は、しみっちゃんが見守る中、教室に向けて走り出した。
なんとかギリギリ間に合ったようで、担任の足立先生は珍しくまだ来ていなかった。いつもなら教室に入った瞬間に「早く席について下さ~い」と、とんでもない圧をかけられていたところだ。
しかし、今日俺が教室に入った瞬間に話しかけてきたのは姫凪だった。姫凪は俺が席に座るなり、俺の後ろの席からいきなり怒鳴ってきた。
「笑也君遅いですよ! も~! いつもギリギリに来て……しっかりしてください!」
「まぁまぁ、そんなことより足立先生は珍しく遅れてんの?」
「そのようですね。珍しいですよね。バリバリ仕事の出来るOLみたいな方なのに……」
「なんかあったんちゃうか? というか姫凪、俺の口調がちょっと移ってるからきーつけてな。また姫凪のオトンに怒られんのはいややで」
「分かってますよ。そんなことよりも、足立先生は大丈夫でしょうか……」
「まぁ大丈夫やろ」
俺と姫凪が話していると教室の扉が開き、前から足立先生が入ってきた。
「はーい。みんな席について~。今日はみんなに転校生を紹介しま~す!」
「「「「エエエエエエーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」」」」
突然のことに一斉に騒ぎ出す俺達。それを止めるように、再び教室の扉が開いた。入ってきた子は、全体的に小柄な体系で、小さな手足に、小さな唇。目は奥二重だがとてもきれいな目をしている。そして、顔を隠すように整えてある、サラサラの黒髪のボブヘアが良く似合っていた。それに、どことなく姫凪と雰囲気が似ていた。
「血原 瑠々です。よろしくお願いします」
その声は川のせせらぎの様な優しい声だった。
「じゃ~、血原さんはあの奥の窓際の席ね」
「はい……」
血原さんの席は俺の隣だった。
俺はなんだか愛想の無い感じだったので、少し意地悪をしてみることにした。俺は血原さんの方を不思議そうな顔をして向いた。
「で? あんた誰や?」
すると、チハラさんは案の定最初は驚いていたが、直ぐに恥ずかしがり、もじもじしながら改めて自己紹介をしてくれた。
「え、え? チ、チハラ ルルです……」
「なーんてな! ちゃんと聞いとったわ! 血原さんやな! ごめんな。俺な、関西出身やから、つまんなさそうな顔見たら笑かしたくなんねん。そうや! 名前言ってなかったな。俺は杉本 笑也っていうねん。よろしくな!」
「笑也君が失礼なことしてすみません。わたしは大仏 姫凪と申します。笑也君とは幼馴染なのですが、笑也君は正直どうしようもないので何かあったらわたしに言ってくださいね」
「どうしようもないってなんやねん!!」
「実際、毎日遅刻ギリギリで性格も杜撰じゃないですか」
「なにおーー!!」
「何ですか!!」
俺と姫凪の喧嘩を血原さんは傍観していた。
「よ、よろしくお願いします!」
チハラさんはもじもじしながらも、コクリと頭を下げた。
「あぁ。よろしくな!」
「わたしもよろしくお願いします」
その日から俺らのクラスには血原さんが加わり、少しにぎやかになった。血原さんは大人しい性格だが、運動神経はずば抜けてよく、男子でも敵わない人も多かった。
そんな血原さんだが、あまり人とは関わりたくないらしく、クラスでは一人でいることが多かった。血原さんからは何か近寄れない様なオーラがあり、俺と姫凪以外の全員が血原さんに話しかけにくそうにしていた。
そんなある雨の降る日。俺はいつもの様にカッパに身を包み、自転車で学校から帰宅していると、途中で傘も差さず道端にしゃがみ込んでいる見覚えのある影があった。
手前で自転車を降り、恐る恐る近づいてみるとやはりしゃがみ込んでいたのは血原さんだった。
「血原さんやんな? 何やっとんの?」
「えッ!! 杉本君!?」
「にしし。そうやで~。杉本 笑也やで~。ほんで今何やっとってん?」
みゃ~お
細い路地の間に一つのダンボール。そしてその中には小さな黒い子猫が入っていた。
「偶然この子を見つけてしまって、なんだかほっとけなくってしまい……」
俺は目を丸くした。失礼だが、いつも一人でいて、冷淡そうな血原さんが子猫に夢中になっていることに俺は驚きを隠せなかった。
「そうやったんか。それにしてもえらい可愛い子猫ちゃんやな」
「そうですね。連れて帰ろうか悩んでいるんですが、猫の飼い方なんてよく分からなくて……」
「それやったら、俺が教えたろうか?」
「えッ……」
「俺動物好きでな。大体の生き物の飼い方分かるで」
「それじゃ~。家、来ますか?」
俺は困惑してしまった。
女子の家なんて姫凪の家しか行ったことないし、そもそも、血原さんて意外と家とか入れてくれるタイプなのね。
「俺が行ってもええんか? 確かに最近はよく姫凪と俺達で一緒に遊びに行ったりしてるけど……」
「うん。杉本君はわたしが転校してきて初めて話しかけてくれたし……そんなに嫌じゃない……というか、友達? みたいだなって勝手に思ってます……」
血原さんは目を合わせてくれなかったが、恥ずかしがりながらも俺の方をチラチラ向いてはっきり言ってくれた。
俺はいつも内気で、目もあまり合わせてくれない血原さんが本人なりに堂々としていたので、答えねばと思った。
「なら、しっかり道案内してや。瑠々」
「うん。って瑠々?」
「だって俺ら友達なんだろ? 名前で呼んだってええと思ったんやが……嫌やったか?」
「嫌じゃない、です……では、行きましょうか。シ、ショウヤ君……」
俺は猫ちゃんをダンボールごと抱え、瑠々と一緒に雨の降る帰り道を一緒に歩きだした。
「なあ。瑠々? 瑠々の親には許可とらなくて大丈夫なのか?」
「それなら大丈夫です。わたしのマンションはペットOKですし、両親も今海外にいるので……」
「そうやったんか! 俺も今一人暮らしなんや! 仲間やな!!」
「そうなんですね。やっぱり普通の人は寂しいと思うんですか?」
「そうやな。やっぱり時々寂しくはなるな。偶にはオカンのそば米汁でも食べたいな~。瑠々はならんのか?」
「そうですね。小さい時から気持ちは無くせって言われてきたので……泣いたことも無いです……」
小さい時から感情をなくすように言われるなんてどんな家系なんだと思ったが、確かに瑠々は今まで話していても、ほとんど表情を変えていない。それが今まで瑠璃に人を寄せ付けなかった一つの原因だったのかもしれない。
「それこそ寂しいな。人間ってもんは思いっきり笑って、思いっきり泣かへんかったらあかんで!」
みゃ~お
子猫も賛同してくれたようだ。
「ほら。こいつももっと感情出せって言ってるやん!」
「そうかもですね」
瑠々はこの時、わずかにだが微笑んだ。その時の瑠々の顔はいつもの愛想の無い人形ではなく、可愛い女の子だった。
「着きました。ここが家のマンションです」
着いたのは、この辺りでも一、二を争うほどの高級マンションだった。
「ひょっとして、瑠々の家もお金持ち? こんなとこの家賃払えるなんて」
「家賃? 払ってませんよ」
「え?」
「家のマンションですから」
「あ~まさかの大家さんでしたか……両親が海外に行ってるって言ってたけどもしかして……」
「両親とも仕事の都合で、今はお父さんはドイツに、お母さんはイギリスに居ます」
「あはは。そうでしたか……」
確かにここまでの金持ちだったら厳しい教育をするのもドラマとかで見たことあるから、まだ納得できる。
というか、どうして俺の周りにはこんなにも金持ちが寄って来るんだ……
「笑也君? 大丈夫ですか?」
「応! 大丈夫、大丈夫!」
どうやら、考え事をしてボーっとしてしまっていたらしい。俺は瑠々に付いて行くと、当然のように最上階の一番奥の部屋の前に着いた。心なしか子猫も圧巻されている感じだった。
「どうぞ。あ。猫ちゃんもらいますね」
扉の先にあったのは高級感のある玄関だった。廊下のフローリングは木材だが、玄関の床が明らかに大理石だった。壁紙もきれいな白で、廊下も広く、正面についている扉以外には左右に三つずつ扉があった。
「猫ちゃん洗っちゃうので、先にリビングでくつろいでいてください」
「出来るのか?」
「はい。それくらいなら」
そういうとルルは一番奥の部屋を指さした。俺は言われるがまま扉を開けると、俺の借りてる部屋が丸ごと入ってしまいそうな広さのリビングだった。正面には昔撮ったであろう家族写真が飾られており、右手には大きなテレビとソファー、左にはダイニングキッチンがあった。俺はどうすればよいやら分からなかったので、とりあえず部屋の中をうろちょろしていた。
すると俺は机の上に置かれた一通の赤く分厚い封筒が目に入ってきた。なんだろうと不思議に思っていると、扉が開き、綺麗になった子猫を抱いた瑠々が入ってきた。
「お~! 綺麗になったやないか!」
「でしょ? まってくださいね。今お茶出すので」
そう言うと、瑠々は封筒をさりげなく奥に持っていこうとしたが、スリッパが大きかったのか、つまずいてこけてしまった。俺はルルのもとに駆け寄ると、封筒の中身がぶちまけられていた。その中身には現金の束と一通の手紙が入っていたが、その手紙の内容は見えなかった。だが、一つの単語だけ分かった。それは、『ヴラド』……
「大丈夫か? 瑠々?」
「うん。わたしは大丈夫です。そんなことより、封筒の中身見ました?」
「まあ、お金は見えたが、手紙は見てない」
「良かった。両親から仕送りが来たのですが手紙付きで、読まれたら恥ずかしかったので、良かったです。本当に……」
「あ~。そうやったんか! やっぱりお金持ちの仕送りは額が違うな~」
違う。ただの仕送りなんかじゃない。それだけはわかる……
「まぁ、そんなことより何か猫グッツ揃えてこようか? 近くにペットショップあるしな」
「そうですね。確かにこの子が食べれそうな物も無いし……でも買ってきてもらうなんて悪いですよ」
「ええって。それに、二人で行ったら、こいつが何か悪さするかもしれへんしな」
「確かに。じゃ~お願いします。お金はとりあえずこれで」
「分かった」
瑠々は十万円程俺に渡すと、猫と遊びだした。
「じゃ~行ってくるな」
「うん。行ってらっしゃい」
俺は瑠々の部屋から出ようとすると、瑠々と誰かが電話をしている声が聞こえた。
「瑠々例のがきたぞ……」
「はい。なんでしょう」
「今から……者の手……読む」
『かつて両………………大金………を奪った
大仏………………………………姫凪……。………………コロシ……』
ほとんどとぎれとぎれで、聞き取りにくかった。しかし、どうも家族や友達からの電話ではなさそうだ。それに、姫凪の名前が出てきたし、大金とか奪ったとかなんとか言っていたことが気がかりだ。まあ、人の電話について考察しても何か失礼なので俺はそこまでにしておいた。俺は、扉を閉めようとした時、あの単語が再び聞こえた。
「『ヴラド』」
俺は目玉をかっぴらいた。あの最近噂の殺し屋『ヴラド』の名が出てきた。俺はとにかくまずいものを聞いてしまったという、罪悪感と疑問、そして、恐怖に駆られた。俺は、訳も分からないままマンションを飛び出し、近くの公園で落ち着こうとしていた。
「もしかして、瑠々がヴラドなのか……いや、道端の子猫をほっておけないような優しい子がそんなことするのか? もしかしたら、逆に狙われているのかもしれない……それも嫌だが、もしそうだとしたらどうして瑠々なんだ? ヴラドは外道の金持ちしか襲わないはずだ。確かに瑠々の家はお金持ちだが、瑠々がお金を黒い方法で使ったり、得たりしているとは思えない。しかし、いくらお金持ちとはいえ、大金の現金を仕送りにするか? 普通あの額なら振り込んだりするだろ……あのお金は実は黒いお金なんじゃ……うーーん。分からん!!!!」
そうだ。とりあえず目的を果たして、平然と戻ろう。俺にはそれしか考えられなかった。
俺はペットショップの店員さんと一緒にチョイスしてもらいながら猫グッズを購入し、店員さんが貸してくれた台車を押しながら、瑠々のマンションに帰っていった。この時は、帰ったら瑠璃に殺されるか、瑠々が殺されているか、気が気ではなかった。
「ただいま。買ってきたぞ。はい。お釣り」
「おかえりなさい。ありがとう。笑也君」
「応!」
よかった。とりあえずは怪しまれてないようだ。どちらにしろ、内緒にしている時点で感づいている事がばれたらまずそうだからな……
「そうだ。この子の名前決めました。ネーグルにしました」
「ネーグルか~。ええな! かっこいいしおしゃれじゃん!」
「まぁ、ルーマニア語で黒って意味なんですが……」
「意外と安直なんかい!!」
俺はふと時計を見ると、もう夜の七時を過ぎようとしていた。
「もうこんな時間なんか。飯作らなあかんし、俺もう帰るわ~」
「いや。ご飯作るから食べて行ってくださいよ」
「え? いや。悪いわ」
「いやいや。お使いまだ行ってもらってそのままなんて悪いですよ」
「まぁ、そこまで言われたら甘えさせてもらうわ」
本音を言うと、さっさと帰りたかった。だが、ここでそそくさと帰ってはかえって怪しまれると思ったので、俺は残る事にした。
瑠々がそのままキッチンに行き料理をしている隙に、俺はネーグルの為に買ってきた猫グッツをセットしていた。
俺がセットし終わってネーグルと遊んでいると、瑠々のご飯ができた。
「簡単なお味噌汁と、作り置きしてたハンバーグとお米しかないけど……」
「いやいや。全然いいし! むちゃくちゃ旨そうだし! いっただきまーす!」
俺は久しぶりの人の手料理にがっついた。どれもこれも旨くて箸が止まらなかった。
「瑠々! これめちゃくちゃ旨い! ありがとうな!」
「なんかそうやって嬉しそうに食べられると変な感じ」
「それが喜びってやつだろ」
「そうか。なるほどね」
俺はご飯を一瞬でたいらげると、瑠々にお風呂も誘われた。さすがに悪いと断ったが、無理やり、脱衣所に押し込まれた。俺は、ありがたくお風呂も頂くと、瑠々に今度は部屋が余ってるから泊まっていけと言われた。今度こそ俺はストップをかけた。
「待て待て! なんでそこまでしてくれるんや? そんなたいそうなこと俺してへんで」
すると、瑠々はぼそぼそと呟いた。
「最後だから……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや。わたし、今まで誰も一緒に遊んでくれたり、気軽に話しかけてくれたり、一緒に帰ってくれたり、家に来てくれたり、わたしの料理をおいしいって言ってくれたりする友達が居なかったからつい……ごめんなさい。迷惑でしたよね」
俺は久々に、同情と怒りの混ざった感情がわいた。
「自分な。迷惑なわけないやろ。むしろむちゃくちゃ嬉しかったわ! 俺と姫凪と瑠々の三人でもっともっと遊んだり、話したり、一緒に帰ったりしてこうや! それに、敬語も辞めたらどないや? 俺ら、友達どころか、親友やろ!」
「ありがとう。笑也君」
そういいながら、瑠々は、かすかだが、確実にさっきよりは少し大きく微笑んだ。その瑠々の笑顔はまるで花の様だった。だが、瑠々の瞳からは涙がこぼれていた。
俺は、これを見て、なんだかこの後心配になったので、結局瑠々の家に泊まることにした。勿論やましいことは無い。それに、疲れていたのですっと寝てしまった。だが、気がかりなことが一つあり、俺が寝ている時、何者かが玄関の扉から出て行った様な気がした……
俺は、カーテンから微かに溢れてきた朝日に照らされ目を覚ました。
「ふぅわ~。もう朝か、今日は珍しく早めに起きれたな」
俺は瑠々に貸してもらっていた部屋を出て、リビングに行くとそこには誰も居なかった。というか、この部屋には俺以外誰も居ない。俺は不思議に思いつつも、食パンを一つ拝借し、昨日着ていた制服をそのまま着て瑠々の家を出た。
心なしか、いつも見ているはずの町が今日は少し違うような気がした。それに、問題は登校してからだった。クラスに入ると、そこにも瑠々は居なかった。それに、何故かどんよりとした雰囲気で、みんな俺を見ていた。
俺が早めに来たことを珍しがっているのだろうか?
俺は事情を聴こうと姫凪を探したが姫凪も居ない。俺は姫凪が珍しく風邪でもひいたのかと思い、自分の席に着くと前の席の奴が話しかけてきた。
「なあ。笑也。気落とすなよ。無理して学校来なくてもいいからな。事が事だし……」
一体全体何の話か俺には分からなかった。みんな姫凪と瑠々が居ないからって、大げさすぎるだろと俺は思った。まぁ、ここで俺が元気づけるのがいつものパターンなのだが! そこで俺は自分の席から立ち上がり、クラスのみんなに話しかけた。
「なんやねんみんな! そんなどんよりして! 葬式でもあるんか?」
すると、クラスの一人が重そうな口を開いた。
「笑也。お前。まさか知らないのか?」
「何がや?」
「ほんとにあるんだよ……」
「は?」
「だから、本当にあるんだって!」
俺は何を言っているのかが全く分からなかった。
「何言ってんねん。驚かすにもたいそうすぎるで」
その瞬間全員静まり返った。だが、さっきのやつが再び重い口を開けた。
「血原さんが……」
「お~瑠々がどうしたんや? もしかして瑠々の親戚でも亡くなったんか?」
「血原さんが、今朝川辺の公園で遺体で見つかった……」
「は?」
俺はつまらない冗談に笑った。
「なんや。まだまだやな。全然おもんないで! アハハ……」
「お前が理解したくないのも、恐らくこの中で一番つらいのも分かる。でもな、俺達だってつらいんだ。何度も言わさないでくれ。血原さんは、亡くなったんだ……」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「殺されたんだ。最近ときどきニュースになってる『ヴラド』っていう殺し屋に」
分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分かr……
俺は、大声で、顔をぐちゃぐちゃにさせながら叫んだ。
「なんでや! なんで瑠々なんや! ヴラドって奴は外道しか殺さへんかったんちゃうんか!」
「それが、血原さんのおじいさんが血原さんの両親と一緒にかなり黒い事をしてたらしくて……瑠々さんはその黒いお金を使っていた。その結果がこれらしい」
「そんなの。おかしいやろ! そうや、姫凪は、姫凪は無事なんか!!!!」
「実は、姫凪さんも行方が分からなくなっていて……」
「……」
俺は放心状態になり、気が付くと教室を飛び出していた。俺はあまり人が来ない屋上で、膝を抱えてうずくまっていた。すると、屋上に上がる階段から足音が聞こえた。屋上の扉を開けて出てきたのは、吸血鬼を連想させるような服と、牙のついた笑う仮面を身に付けたボブヘアの女性だった。
「笑也君。大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないな……いきなり親友を失ったんやから……」
「そりゃそうですよね」
そう言うと、仮面の女性は俺の隣にさりげなく座った。
「それで、絶賛世間をお騒がせ中のヴラドさんがどうしてここに?」
「あら、よく分かりましたね。わたしの姿が公表された事は無いはずですが?」
「簡単や。ヴラドってのは吸血鬼の元ネタになったルーマニアの昔の貴族の名前やろ? その服装見れば一発や」
「せいか~い! 流石ですね~」
「そんなことより、敬語、まだ抜けてないようだな。『瑠々』」
「あれ~。それはわたしがコロしたはずですが~?」
「あれは、瑠々に似せた姫凪やろ? 二人は雰囲気が似てるしな」
「またまたせいか~い。因みに、コロした理由の噂は本当だよ。名前以外」
「じゃ~何故瑠々と姫凪を入れ替えた?」
「それは、笑也君を試したかったからかな」
「だとしたら、俺を舐めすぎたな。俺が、目の前に居る親友を間違えると思うか?」
すると、ヴラドはしばらくうつむいたまま黙った。そして、付けていた仮面を取ると、ゆっくりと話し始めた。
「まだ、親友と呼んでくれるんだね……」
「当たり前や。親友ってのは死ぬまで親友や。例えどんなことをしようとな」
「笑也君って、甘いね」
「お互い様やろ」
「え?」
「気づいてたんやろ? 俺が昨日の電話盗み聞きしてたの」
「あの時はドアが全然閉まんないから怪しいとは思ったんだよ。でもまぁ、家の構造的に聞こえないと思ったし、初めての友達だったから、見逃してあげたけどね。それで、私に復讐しないの?」
「なんでそんなことしなあかんのや?」
「だって、今までの人達はこういった時は復讐しようとしてたから……」
「そうやな。怒ったり、復讐したりしたくないわけじゃない。けど、それ以上に、悲しみと、虚無感が大きいんや」
「そうか……」
「それで、なんで瑠々はここにおるんや?」
「何故か今回はモヤモヤしてね。笑也君と居たら何か分かるかなって思って……」
ふと、瑠々の顔を見ると瞳から涙がこぼれていた。
「泣くなや。瑠々は感情を殺したんとちゃうんかい」
「なんでか分かんないけど、笑也君と一緒にいたら何故か感情が湧いて出てくるの……」
「そうか。そりゃよかったな」
「笑也君。貴方が望むなら、わたしは今ここで、自分をコロシマス。勿論、報酬はいりません」
「アホか。一日で親友二人亡くしてたまるか」
「分かりました」
「それとは別に、頼みたいことがあんねや。俺は、姫凪と一緒に居たから、明るく生きてこれたんや。頼む。ヴラド。いや、瑠々。俺を姫凪のとこに送ってくれ」
「分かりました。では、これを受け取ってください。予告状です」
「あぁ」
俺が渡された予告状にはこの一言が書かれていた。
『貴方にコ“イ”シマス
ヴラド改め、血原 瑠々より』
俺が驚いていると、瑠々は号泣しながら俺に力強く抱き着いてきた。
「できるわけないじゃん!! だって、わたしは、わたしは、笑也君のことが大好きだから!!!!」
「何言ってんねや……」
「笑也君が初めてわたしに愛をくれたの! 笑也君と居ると色んな感情がどんどん出てくるの! こんなの初めてなの! お願い。なんでもする。わたしと一緒にいて……」
「ふざけるな。ふざけんなや!」
「やっぱりだめだよね……」
「姫凪と俺は昔、約束したんや。ずっと一緒に居よなって、大人になっても、しわくちゃになっても、ずっと一緒に居よなって!」
「そうか……」
「でもな、瑠々を見てると昔の姫凪を思い出して見捨てられへんのや! あの、道端で泣いてた姫凪を。一緒に泥だらけになって遊んだ姫凪を! 俺が泣いている時にそっと傍に居てくれた姫凪を!! 結婚を誓ったあの日の笑った姫凪を!!!! 思い出してまうんや……」
俺はこの時、遂に涙がこぼれてしまった。あの、笑ってばかりだった俺が……俺は、しばらく涙が収まるのを待ち、再び話し始めた。
「瑠々、俺は姫凪と一緒に居る。やけど、俺には親友で、尚且つ愛を伝えてくれた瑠々を突っぱねることは出来へん。もし、俺と一緒に来るんやったら、地獄の道になるで」
すると瑠々は花のような笑顔を俺に見せながら答えた。
「うん。どこまでも付いていくよ」
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それから長い年月が経った頃……
『ヴラド』の名はもう誰も言わなくなった。
そしてあの屋上では何故か、普通では考えれない程、大きくて美しい、白い彼岸花が毎年三本、寄り添うようにして咲き誇るのだとか……