7日目 開放の時は近し ④
「ようやく中条先輩抜きで蓑田さんと二人でお話しできます」
「そういえば二人で話すのは初めてだね」
僕は初めて平木田さんと二人きりになっている。
立番の中条さんは近所のおじいさんの話し相手をしている。
平林所長は奥の部屋へと入っている。村上さんはパトロールに出た。岩船さんは非番だ。
「もし、手錠をかけたのが私だったら、私が蓑田さんとご一緒してたんですよね」
平木田さんはぽつりと呟いた。
「一緒に生活どころか、同じベッドで寝る展開になってましたよ」
「あはは、緊張で眠れなかったでしょうねー」
けらけらと笑う平木田さんだったけど、不意に影のある表情に変えて、
「――でも私は興味がありました。誤認逮捕されても怒るどころか中条先輩を庇ってくださった蓑田さんに。だから蓑田さんを堪能できた中条先輩が正直羨ましかったです」
少し残念そうに語った。
「それは……光栄だね」
僕は平木田さんの吐露に対して頷くことしかできなかった。
現実として、僕が手錠で繋がれて親交を深めた相手は中条さんであって、それ以外の何者でもない。誰かで代用できるものでもない。
「結局、中条さんに手を出してないんですね?」
またその話題か。粘り強く切り込んでくるなぁ。
「……僕の誤認逮捕で後ろめたさを持つ女性にそんな真似できないでしょ」
「そこにつけこむのが雄ってものじゃないんですか?」
お、雄って……下品すぎぃ!
「あいにく、陰キャの僕にそんな器用さはないんだよ」
「中条さんだって蓑田さんが迫るのを待ってたかもしれませんよ」
「ヘタレでもなんでも好きに言ってくれ。そんなことして気まずい関係になって、中条さんの仕事に影響を及ぼすのは本望じゃないし、そんな結末は誰も幸せにならない」
僕が語気を少し強めて述べると、平木田さんは瞳を揺らして僕を見つめてきた。
「……蓑田さんって、なんだか――」
「平木田、いいかい」
「は、はいっ!」
平林所長に呼ばれたことで会話が打ち切られた。
平木田さんは駆け足で奥の部屋へと入っていった。
彼女は何を言おうとしてたんだろう?
◆
「あの、今日も中条さんの部屋に行ってもいいですか?」
「えっ!? むしろ私的には全然ウェルカムだけど……!」
「ありがとうございます!」
本日の業務が終わって二人で交番を出てすぐに中条さんにお伺いを立てたところ、あっさりOKをもらえた。
よし、許可はもらった! 手錠がなくてもまた部屋に入れてもらえるくらいの好感度はあると確信できた!
手錠が外れたこともあり、中条さんは完全私服だ。
水色のスプリングコートを羽織り、中にはブラウンのカーディガンを着ており、ヒールのあるパンプスを履いている。
初めて見る彼女の全身私服コーデはとても新鮮味がある。
手錠がないので、僕たちの身体の間隔はおのずと少し開いている。当然っちゃ当然だけど、物寂しさも感じる。
「今日は行きたい場所があるんですけど、付き合ってもらえませんか?」
「いいけれど、どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみです」
「分かったわ」
中条さんは平木田さんと違って深く切り込んでこないので助かる。
「今日の高校生たちを見て思ったわ……」
ふと、中条さんが今日のアグレッシブ二人組の話題を出してきた。
「自分がどれだけ相手を愛していても、相手にその愛が伝わってなかったら全くの無意味なんだって」
ミキちゃんの狼藉を目の当たりにして、不安を感じてしまったのかな。
「蓑田君はさ、恋人の愛を受け止めてくれる?」
「当然です」
言い切った。愚問である。まぁ、僕はミキちゃんのように三股かけれるほど器用でもモテるわけでもないけど。
「さすがは蓑田君」
僕的には至極当然なんだけど、世の中はそうではないのかもしれない。純愛なんてものはフィクションの中のお話なのかも。
重いのは百も承知だけど、僕は恋人ができたら一途にその人だけを愛していたい。
そう、あなたをですよ、中条さん。
「私は今まで恋愛したことがないからさ。今日の二人のように好きな人を巡って闘争心むき出しで本気で争える子たちを見て、不謹慎ながら少しだけ羨ましいと思ってしまったの。私にはそんな思い出も経験もないから」
心の内を漏らす中条さんの横顔は寂しげだ。
「これから作ればいいですよ」
恋愛に年齢は関係あるだろうけど、相思相愛の相手さえできれば何歳から恋愛しても遅くはない。まぁ、相思相愛がまずとても難しいんだろうけど。
「相手がいればね」
中条さんは僕をちらりと一瞥した。
あなたならよりどりみどりですよ。
けど、強いて贅沢を言えばその相手が僕であってほしい。
桜木町駅から雑談を交えながら目的地に到着。
みなとみらいの遊歩道の一角。
綺麗な夜景が見える割に人は少なく、会話にはうってつけの環境だ。
僕は中条さんから少し距離を取って歩道柵に手を乗せた。
「付き合ってくれてありがとうございます」
「ここに来たかったのね。ふふっ、夜景が綺麗だわ」
中条さんは静寂に包まれた空間と遠くに見える夜景で穏やかな気持ちになっている。
雰囲気は悪くない。切り出すなら今だ。
「なか――」
「手錠のことだけど、さ……」
タイミング悪く台詞が被ってしまったので、僕は押し黙って中条さんの話を聞くことにした。
「蓑田君と離れたくないばかりにすぐに打ち明けられなかった。自分勝手な行為で迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑だなんて……むしろ、嬉しいです」
「嬉しい?」
「僕と一緒にいてもいいと、思っててくれたんですよね?」
「それは……うん」
彼女は恥ずかしそうに俯いて静かに頷いた。
「……僕だってそうですよ。もう中条さんは、ただの共同生活者ではありません」
僕の言葉を聞いた中条さんははっと顔を上げた。
「――っ! そ、それって……」
そして、何かに期待するような眼差しを僕の瞳へと向けてくる。唇は小刻みに震えている。
「あ、あのっ、蓑田君! 実は、わ、私――」
「中条いづみさん。僕は、あなたのことが好きです!」
僕は彼女の言葉を遮って告白した。
「――――っ!」
僕の告白に中条さんは形のよい目を大きく見開いた。
「二十を越えて初めて好きになった女性、初恋の相手が中条さんです。自立してて、凛々しくて、真面目なところが好きです。でも、たまに抜けてるところとか不意に見せる弱い部分もたまらなく好きです。相手に寄り添える優しい性格が何よりも大好きです!」
両手で口を覆う中条さんにありったけの想いを伝える。
思えば、中条さんは同棲初日から僕が心を開けるよう、僕の緊張を解そうとあれこれお世話を焼いてくれていた。巡査呼びをやめさせたり、あーんしてくれたり。
それなのに僕はというと、関係が深くならないように一定の距離を保つことに躍起になっていた。気を悪くしないように最低限の賛辞を並べて。今更ながら愚かな真似だった。
「手錠からはじまった奇妙な関係ですが、僕はまだまだ終わらせたくありません。むしろこれからを本当のスタートにしたいです」
口の中が乾燥してるし額やこめかみから汗が垂れてくるけど拭う余裕すらない。
以前中条さんは言っていた。
『心がこもってない口説き文句なんて全く響かないわよ。人の心を打ちたいなら、心からの言葉を投げてくれないと』
「だから、手錠がなくても関係を続けさせてください! ――恋人として!」
言い切って、中条さんを見つめた。
中条さんの心を打ち抜くべく、僕は言葉を選ばずに彼女への好きの感情だけで想いをぶつけた。僕としてはストレートを投げ込んだつもりだ。
勝算は百%じゃない。当然フラれる可能性もある。緊張で手足が微かに震えてしまう。
「蓑田君――っ!」
中条さんは僕へと駆け出して――首に手を回して抱きついてきた。ふわりとシャンプーの香りが広がった。
「私も蓑田君が好き――大好き。もう、一生離したくない! 他の誰にも渡したくない……! 私を蓑田君の彼女にして……! ずっと、側にいてください――!」
中条さんの華奢な身体を受け止めて、僕も彼女の背中に手を回す。




