6日目 いづみさんの気持ち ②
「通学の際には警備の人もついててね。両親は私のことを常に守ってくれた」
マジでフィクション作品に出てくるお嬢様みたいじゃないですか。
「けど、私はそれが一番不満だったの」
「守られることが、ですか?」
中条さんは僕の問いに無言で頷いた。
「同級生と同じ人間なのに、私ばかり守られてまさに箱入り娘だった。それが嫌だった。私だって誰かを守る立場になりたい、普通の生活を送りたい、ってね」
周囲は自分ばかりを優先して他の友達は守ってくれない、そんな不公平さに辟易していたのか。
「その件について両親に何度も直談判したのだけれど、まともに取り合ってもらえなかった。お前は守られていればそれでいい。俺たちがずっと守り続けてやるって」
それは……育て方を一歩誤れば、とんでもなく傲慢で尊大な娘に育っていたところだぞ。
「だから私は反抗した。大学四年生の時に両親が望んでいたコネありの大手企業の面接は受けず、無断で警察官の試験を受けた。キャリアとノンキャリア、どちらにしようかと思った時にノンキャリアは現場で活動できるからそっちを受けたの」
キャリアとノンキャリア。大卒警察官にはその二種類があり、ノンキャリアは警察学校卒業後、現場勤務からスタートとなる。
階級も一番下の巡査からはじまり、勤務年数かつ昇級試験などをパスして昇進していく。昇格時期にこそ差はあるかもだけど、ほぼ高卒警察官と同じ勤務内容だ。
一方のキャリアはエリート職と呼ばれ、警察庁にて従事する。業務内容も現場ではなく、管理や法整備、警察官の監督などのデスクワークが中心となる。
「内定をもらって警察学校に行くことが決まって両親とは大揉め。なぜわざわざ危険な道を行くんだ!? って。まぁ親からしたら心配よね」
ご両親からしてみれば、今まで大事に大事に守ってきたのに自ら危険地帯へと足を踏み入れようとしている娘の行動は反対するよね。
「でも私はおてんばで、両親の意思を反故にして自分のやりたい道へ無理矢理突撃した結果、両親と喧嘩別れのような形で家を出ることになったわ」
中条さんは相当な覚悟で家を出たのだろう。我儘を押し通すためには、それ相応の代償を払わなければならない時もある。
「両親は私の連絡先は知ってるから、私を探して無理矢理実家に引き戻したりしてこないのがあの人たちのせめてものお情けなのかもしれないわ」
だから山手町と桜木町、近場でも中条さんは障害なく一人暮らしできているわけか。
「私としては絶縁する覚悟で家を出た。両親には悪かったと思ってるけど、それ以上に満ち足りているの。はじめての寮生活や一人暮らし、警察官のお仕事は私の心を刺激した。今までは親の選択に従ってたけど、はじめて自分自身で選んだんだって」
はじめて自分で選択した道で、人々のために働けている。中条さんの望みが叶ったのだ。
「このまま一人暮らしを続けていけば、未知なる開拓ができると思った。だから私は今の立場を選んで後悔はしていない」
透徹した澄んだ瞳で、一寸の陰りもない意志の強さで力強く断言した。
「もしあのまま実家にいてもお見合い結婚させられていただろうしね。でも私は自分で殿方を探してその人と一緒にいたいの」
そこまで話した中条さんは表情を緩めて僕の顔を見つめる。
「――私の生い立ちを聞いて、どう思った?」
「丁重に守られた箱入り娘が、自らバリアーという名の殻を破って警察官の道に飛び込んだのは驚きました。警察官って、自身の身が危険に晒されて殉職するリスクをはらんだ職業じゃないですか」
「そうね」
「だからすごいと思いました。すごいというか、尊敬しますよ。僕だったら自ら危険な道に入り込むことはおろか、近づこうともしません」
「………………」
「そこも、中条さんの魅力なんだなって」
「と……突然何を言ってるのよ……!?」
中条さんは形のよい目を見開いて、耳まで真っ赤になった。照れ屋な面も可愛らしいあなたの魅力ですよ。
「ところで、中条さんのお眼鏡に叶った男の人はいらっしゃるんですか?」
中条さんは僕から顔ごと逸らしてから答えた。
「――うん、いるよ。好きな男性。職務のために今まで恋愛してこなかったけれど、最近いいなって人ができた」
「僕が知らない人ですよね?」
その人がプライベートの関係者だとしたら、僕のせいで会えない状態にしてしまってるのが申し訳ないな。
「ナイショ」
中条さんは自分の唇に人差し指を立てた。
「それはともかく。私はまだまだ未熟で、ダメな面がたくさんあるんだ」
そんなことは――と僕が言うよりも先に中条さんは言葉を紡ぐ。
「私にとって、警察官はマストじゃなかったの」
「絶対に警察官、ではなかったということですか?」
僕の問いに彼女は頷いた。苦笑こそしてはいるけど、眉根は寄っている。苦々しい心境なのだろう。
「誰かを守れる仕事ならそれでよかった。消防士でも、自衛官でもよかった。受けたら受かったから入ったのが警察官だったの」
そうだったんだ。中条さんは、確かな志を胸に抱き、守られる立場から守る立場になるべく警察官になった。そのようなシナリオを勝手に思い描いていたけれど、それは違っていた。
「だからかな……満足に確認もせずに蓑田君を誤認逮捕してしまった。仕事である以上真剣に取り組んでいるつもりではいたけれど、どこかに慢心があったのかもしれないわ」
己の未熟さを吐露した彼女の横顔はとても脆く、いともたやすく壊れてしまいそうに見えた。
「誰だって欠点はありますよ」
そう。誰しもが失敗談や欠点は持っているのだ。
「僕だって、過去に失敗というか、後悔がありますもん」
「蓑田君も?」
「昔、道に迷ってる男性がいました。その人は色んな人に声をかけたものの、全員から無視されていました。僕はというと、その光景を目の当たりにしたのに気づかないふりをしてその場から立ち去ってしまいました。助けられたかもしれない。力になれたかもしれない。でも見捨ててしまった。いわば見殺しですよ。後味が悪かったです」
良心の呵責と自らを庇い立てするつもりはないけど、あの出来事は僕の中では非常に苦い思い出だ。他人に無干渉な僕の性格が悪く出た出来事だった。
「その後悔があったから、僕が誤認逮捕された時に坂町警部から中条さんを庇おうと詭弁を弄したんでしょうね」
自分のことながらなぜあの時あんな行動に出たかは未だに分からない。
分からないけど、きっと過去の後悔が僕を突き動かしたんだ。
「そんなわけで、この世に完璧な人間はいません。みんなダメな部分があります。皆さんが尊敬する坂町警部ですらあるはずです」
「言うねー。今の録音されてたら大変だったよ?」
「マジ勘弁してください」
とはいえ坂町警部が一般人の僕にいかることはないと思うけど。
「誰もが足りないものがあるから誰かと繋がって補うのだと思います」
あれ。僕はこんなにハートフルなキャラだったっけ? これも中条さん効果か?
「まさに今の僕たち、ですよ」
「あっ……」
中条さんは自らの左手を縛る鎖に視線を置いた。
「繋がって離れられない。だからこそ、簡単に寄り添えます」
「寄り添う……」
僕は空いている左手を手錠の鎖に添える。
美人巡査と共同生活することになったのはとんでもないイベントだけど、こうして仲良くやれていることは嬉しいし、悪いことだけではなかった。
人の機微に疎かった僕を、偉そうに誰かを励まし叱咤する人間にしてくれたこの鎖に、ほんのちょっぴり、感謝の気持ちを。
すると、中条さんも右手を手錠の鎖に添えてきた。
「寄り添って、心が満たされるなら重畳ですよ」
それで不安が少しでも拭えるのならば。
「きっと、実家にいた頃は誰にも相談できずに一人で抱え込んできたんですよね?」
中条さんは無言で頷いた。
責任感や正義感が強い彼女のことだ。本当はご両親と綿密な話し合いをした上で進路を決めたかったことだろう。進路だけじゃない。習い事の件にしてもそうだ。
「僕は、あなたを支えたいです」
手錠で嫌々、などではなく、いや最初はそんな感情もあったけれど、今は全く違う。
「僕から見ると、中条さんは案外脆いですよ。常に根を詰めてリラックスする余裕もあまりなさそうで。それじゃいつか心身に限界が来てしまいます」
彼女の悩みも、覚悟も、苦労も。ドジな一面や天然小悪魔なところもあるけれど、その全てが。
――今では愛おしく感じてしまっている。
「私には仕事しかない。つまらない女なのよ」
「そんなこと、言わないでください……そんなことありませんから」
仕事中のあなたはあくまであなたを司る一部分でしかない。そりゃ、トークが多彩なタイプではないけれど、どちらかと言えば女性としては口数が少ない方かもしれないけれど、それが僕に安らぎを与えてくれているんですよ。
「僕は中条さんが見せる優しさ、時折見せる危なっかしさ、正義を貫く心、実は非常に繊細で弱い心の部分――そんな面に憧れて、それと同時に守りたいとも思ってます」
手錠で繋がっている限り。手錠が外れても、僕が側にいることを望んでくれるならば。
「色んな人を守るあなたを、僕が支えとなって守りたいです」
なんてことはない。好きな女性を守りたい、平凡な男心だ。
まるで告白の台詞みたくなってるけど気にしない。
「蓑田君……」
けど、中条さんに吐露して気がついた。
はっきりと、気がついてしまった。
今までは漠然といいなと惹かれているだけに過ぎないとあまり気に留めてこなかったけれど。
僕は、中条さんが本気で好きなんだ。
きっかけは、夜のベッドで甘える普段は凛々しい彼女の姿。中条さんだってまだ二十代半ばの乙女なのだ。甘えた心だって持ち合わせている。そのギャップに心打たれてしまった。
そこから手錠生活により次々と彼女の表には出てこない隠れた姿を次々と見てきて、彼女の人間らしさが、はじめは凛々しい、恰好いいとだけ思っていたところに可愛い、愛おしいという調味料が加わった。
果たして手錠が外れた時、僕たちの関係はどうなっているのだろうか。
不安もあるけれど、彼女に惹かれてしまった以上は動かねば。
やはり彼女は警察官に向いているとは思わない。
なぜなら、中条さんは優しすぎるから。人を傷つけてしまうことを極端に恐れてしまうから。
それは自分が傷つくことに対する恐れもあるのかもしれないけれど、誰かを守りたい想いが人一倍強い彼女のことだ。守るどころか、傷つけてしまったら本末転倒。
警察官を続けていく限り、その恐怖は常に付きまとう。正義感だけでどうこうできる問題ではない。
恐怖に耐えられなければ、いずれは職を変えるしかない。
けれど、僕は彼女の想いが得手不得手に屈するほどやわではないと信じている。
お嬢様でいた方が安泰な人生だっただろうに、両親の反対を押し切って安全地帯から自ら茨の道へと飛び込んだ志。
自分よりも誰かのために、それを生きる原動力とする彼女。
僕がわざわざ口で諭さずとも、彼女自身の力で乗り越えてくれるだろう。
もちろん、僕も支えになりたいと思っている。
気高く凛々しく、意識が高い彼女の誇り高き心が失われぬように。
会話が途切れると、二人揃ってテレビへと視線を戻した。
(僕は、中条さんに何ができるのだろう……)




