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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される
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〈ヨシュアとティアラ〉 嬉し恥ずかし




   * * *



すっかり降り積もった雪を踏みしめ、心地よい疲労感と共にウェイデルンセンに帰ってきた一行は、すったもんだの末に、それぞれが希望ある未来を見据えて城門をくぐった。

そうして、誰もが大きな案件を、うっかりうっちゃったままにしている事態をすっかり失念していた。


「なんで、その姿のカミがそこにいる!?」


国王代理として留守を預かっていたレスターに挨拶と報告をしようと顔を出したファウストとティアラとヨシュアとシモンは、流れで一緒に行動していた人間姿のカミの不自然さを、女王の驚きによって、ぽこっと思い出した。


「まさか、賊を捕らえたというのは、本当にカミが実行したことなのか」


「だから、そう言っておいただろう」


当のカミは、やたらと偉そうに答えている。

あの時はアスラがいて、サイラスがいて、オーヴェの軍隊もいたものだから、誰もがへたに驚いていられる状況ではなかった。

その後も、それぞれが個別に抱えている案件があったものだから、すっかり今日まで放置になっていたのだが、改めてみれば、何があった? という疑問がむくむく膨らんできた。


ヨシュアは、最近調子がいいと言って夢の中にシモンを連れて来られたりしていたので、そのせいだろうかと考えてみる。

調子がいいのはなぜかと言えば、レスターと上手くいっているからだとしか思いつかない。

そんな神通力の源に目を向ければ、こちらは絶好調の神様とは正反対に頭を抱えて呻いていた。


「えっと、お茶でも入れましょうか」


とりあえず話をする環境を整えようとしてなのか、シモンが遠慮がちに提案した。


「ああ、頼む。できれば、体調によさそうなものがいい」


「具合が優れないのですか?」


「慣れない仕事と、目の前にいる突拍子もない山守のせいでな」


体調の悪さを否定しないレスターを心配しながら了承したシモンに、なぜか、カミが待ったをかけた。


「強い効能のものは飲ませるな。なければ、白湯でいい」


「おい、なんの真似だ。人の姿になったのなら、中身もそれらしく気遣ってみせたらどうだ」


すぐさま、レスターが眼光鋭く、ぎろりと睨みつける。


「だから、気を使ってやっただろうが。腹の子に影響したらどうする」


「……え?」


と、声に出したのが誰なのか判別できなかったのは、それがカミ以外の全員の気持ちだったからだ。


「なっ、レスター叔母上が妊娠!? 相手は誰だ!!」


素で動揺して叫んだファウストに、カミは呆れた顔を向けた。


「俺に決まっているだろう。オーヴェの連中の前で宣言したのを聞いていただろうが」


確かにその通りだったが、あくまで山守と巫女という関係を知らしめて政治的牽制のために言っているのだろうとしか受け止めていなかったので、まさか、そんな深い意味だとは寝耳に水だった。


「私……本当に?」


レスターはぎくしゃくと自分のお腹を触りながらつぶやいた。

この場で一番呆然としているのはレスター本人であり、その様子からして、全く自覚はなかったようだ。

そんなレスターに近寄って跪いたカミは、まだ戸惑っている手に自分の手をそっと重ねた。


「ああ、間違いない。だから、隣にいられる姿になれたんだ。これからは、もっと近くにいてやれるぞ」


見ている方が照れてしまう囁きをして微笑んだカミは、見たこともないほど優しい顔をしていた。


「でも、待って。オアシスはどうするべき? 妊娠中って、どれくらい動けるもの? 産休ってどうなってたっけ。いや、その前に何を誰に任せるかを優先すべきか」


甘々な空気のカミを放置して、真っ先に現実に戻ったのも、またレスターだった。

ヨシュアは、いつかの夢の中みたいにカミが仕事の話はよせと不機嫌になる気がして遠巻きに見守っていたが、意外にも苦笑しただけだった。

代わりに、話を妙な方向に転がしてくれる。


「心配するな。その分、ヨシュアがオアシスに入って、ばりばり働くと宣言していたからな」


「あ、あれは、方便だろう。ああでも言うしか、あの人達の気を引く手段がなかったんだから」


しばらくは、ウェイデルンセンで正面からティアラと向き合おうとしている矢先なので、ヨシュアは慌てて言い訳をする。


「なんだ? それじゃあ、お前は、身重のレスターに無理をしてでも働けと言うのか」


「そんなことは言ってないけど……」


追い詰められた状況になって、ヨシュアはあれこれと回避策を練ってみる。

もちろん、オアシスに入るのが嫌なわけでも、レスターの手助けをするのが面倒なわけでもない。

ただ、もういいかげん、他人に選択を迫られて仕方なく決めてばかりの生活から抜け出したかったのだ。


「何も悩む必要はない。ティアラも一緒だ」


「私も?」


ここで、ばすんと姫巫女のティアラにも白羽の矢が立てられた。


「そうだ。巫女総取締役の肩書きを持っていながら、実際の仕切りはレスターに頼りきりだろう。いつまでも任せていないで、自分でやれるようになってみろ」


「カミ、それは口を出しすぎだ」


これにはレスターが異議を挟んだが、しかし、である。


「いいや、お前こそ、しっかり周りを見ろ。肩書きなら、オアシス代表と俺の奥さんだけで充分だろ。欲張らないで、巫女くらいティアラに譲ってやれ」


「……」


珍しく、レスターは目を丸くして言い返さなかった。

他の人も同様に言葉をなくしていたのは、誰だ、この強引なほど献身的な男は、と思っていたからである。

そんな、なんとも言えない空気を崩してくれたのは、留守中の引き継ぎ処理などで別行動していたヘルマンだった。


「失礼いたします」


「どうした、ヘルマン。急用か?」


「ええ、早い方がよろしいかと思いまして」


返事をしたヘルマンは、質問をしたファウストではなく、ヨシュアの前に立って一通の手紙を差し出した。

ヨシュアは手紙と知ってオーヴェの一件を連想したので嫌そうに体を引いたものの、見ないで済ませるわけにもいかないので、えいやと意気込み開けてみる。

一通り目を通せば、予想以上に青ざめたくなる内容だった。


「ファウスト王、オアシスよりも先にシンドリーに出立する許可をお願いします」


「なぜだ?」


「シンドリーの学校で、卒業試験が行われるからです」


ヨシュアの手には試験の日程と試験範囲の他に、特別枠で留学扱いの代償として設定された恐怖の合格点が書かれている。

オーヴェ帝国に招かれるなんて突発事故がなければ、今頃は自ら試験に向けて着実に勉強しているはずだったと思い出せば、色々ありすぎてふわふわしていた気分が一気に覚醒した。


一方、正直な答えをもらったファウストは難しい顔をしていた。

なぜと尋ねたのは、シンドリーに向かう許可がほしい理由を知りたかったわけではないからだ。

実家に帰る決意をしたはずのヨシュアには、とっくにシンドリーに出立する許可を出しているようなものだ。

それなのに、改めて頼んでくる意味がわからなかった。

そこで、ファウストは、少々気になっていた別件を先に解消してみようと思いつく。


「カミ、ちょっといいか」


「ん?」


「確か、さっき、ヨシュアに向かって、ティアラを共にオアシスに向かわせるから悩む必要がないとか言っていたな」


「ああ、そうだ。せっかく告白し合って気持ちが通じたばかりなのに、引き離してしまっては可哀想だからな」


「あ」


と、ヨシュアは声に出していた。

カミが知っているのは、どうせティアラが話したからだろうと気にはしないが、妹至上主義のファウストに知らせるには、もう少し落ち着いてからだと思っていた。


「…………なんだって」


聞き返したファウストは、面白いくらい複雑なしわを作っていた。

ファウストはその顔のまま、ぶっちゃけてくれたカミを相手に問いつめていたものの、全く意に介さないものだから、すぐに元凶へと標的を変えた。


「おい、ヨシュア。それは、つまり、どういう解釈をすればよいのだ」


ドスの効いた声音で呼ばれて、ヨシュアは引きつった笑みを返した。

実は、これまで散々弄ばれた仕返し気分で少しくらい優越感に浸れるかもとひっそり思っていたのだが、現実は、これはどうあっても一生許してもらえそうにないなと悟っただけだった。

同時に、誰に何を言われようと自分の気持ちが影響されるものでもないけど、とも考えていたけど。


「お前は、一体、どういうつもりで――」


肩を怒らせ、わめき出しかけたファウストの怒声は、しかし、途中で遮られる。


「ティアラ。よかったわね」


そう言って、レスターがティアラに駆け寄ったからだ。


「本当によかった。ティアラ、しっかり幸せになりなさい」


なんて、自分のおめでた発覚以上の喜びようで驚いた。


「あの、まだ、すぐに結婚とか、そういう流れにはなってないんですけど……」


それはもう、ヨシュアが慌てて弁解したくなるほど感動の光景だった。


「わかってるわよ。とにかく、ティアラが特別な誰かを意識した気持ちが大切なんだから」


「いや、駄目だ。俺は絶対に認めないからな! ヘルマン、今すぐ、そいつを追い出してやれ!!」


ファウストは大人げない命令を叫んだが、レスターにしてみれば、自分できっかけを作っておいて何を今更としか思えないし、どうせなら開き直って、きっかけを作ってやった兄の見る目は確かだろうと威張っていれば長く感謝されるだろうにと考えていた。

しかし、まだまだ無邪気で純真なお年頃だと信じきっているお兄ちゃんの思考からは、二人が恋愛感情を伴って惹かれ合うという極々一般的な項目が綺麗さっぱり抜け落ちていたので、誰もがようやくまとまったかと見守る現状も、びっくり仰天な天変地異でしかなかったのだ。


「言われなくても、シンドリーには帰りますが、必ず戻ってきますので、どうぞ、そのつもりで」


意外にもヨシュアが頑と言い返してきたので、ファウストは、束の間、面食らっていた。

つい先日、反論もせずに別れを受け入れていた少年は、どこで入れ替わってきたのだろう。

しかし、やはり、相手はヨシュアだった。

それ以上は余計な諍いを避けるように、そそくさと部屋を出ていってしまったのだから。

その姿は言い逃げ。

または、逃げるが勝ち戦法でも可。

カミとレスターは面白そうに含み笑いで、頼もしいのか弱腰なのかわからないヨシュアのいなくなった扉を見つめていた。


ヨシュア追放の命を軽く聞き流した経験豊かな側近のヘルマンはというと、複雑な驚きと怒りに占領されている主のために山積みの書類を整理しておこうと、紳士的な優雅さで辞する挨拶をする。

そして、いなくなったヨシュアの背中を視線でいつまでも追っているティアラの側を通る時、行きがけの駄賃として、ちょっとした忠告をしておいた。


「ティアラ様、そのようなお顔をなさっていると、ファウスト様が、益々気分を害されてしまいますよ」


指摘されたティアラは、慌てて両手を頬に当てて赤くなっていた。

当然、ファウストも別の意味で顔を赤くしたが、ヘルマンは振り返らずに穏やかな笑みを浮かべて退出していった。



   * * *



その夜、ヨシュアの夢の中に出てきたカミは巨大な狼の姿をしていた。

海辺に狼、なんとも不似合いな組み合わせだ。


「今日は何しにきたんだよ」


あれから足早に部屋に戻ったヨシュアは、一人になってからこそじわじわと照れ臭くなってしまい、逃避する目的で実家から大量に送られてきた問題集とにらめっこをしていた。

それで、遅くになって、ようやく眠れたところだったのだ。

これ以上、頭を悩ます面倒事は勘弁してほしかった。


「そんなに邪険にするな。これからは親戚になるんだから、少しは年長者を敬ったらどうだ」


「……は?」


「驚くことでもないだろう。レスターはティアラの叔母で、その夫になる俺はティアラの義叔父になるんだから、ティアラと結婚すれば、当然、お前の義叔父にもなるだろうが」


言われたヨシュアは大パニックだった。

ヨシュアの中で叔父とはレナルト一択でしかなく、それと等価になるのだと宣言したカミはありえなかった。


「だから言っただろう、長い付き合いになりそうだと」


それは、いつか聞いた台詞であり、言われた時を思い出して絶望的な気持ちになる。

国家機密の存在を知ったが故の拘束を意味するのではなく、親戚としての関係を示唆していただなんて、あの時点で誰がわかるだろうか。

実にさらっと、恐ろしい先読みをしてくれていたものである。


「……あ、悪夢だ」


「そりゃまあ、夢の中だからな」


カミの合いの手は身も蓋もなかった。


「よし、わかった。ティアラとの関係は考え直す!」


「無理だな。レスターもそうだったが、標的を定めたら一直線にぶつかってくるぞ。あれほど可愛い生き物に迫られて、拒み続けられる雄はいないものだ」


正に、経験者は語るである。


「い、嫌だー!!」


もはや、体の震えが恐怖なのか怒りなのかも判断できない衝動に任せて青春よろしく海に向かって叫んでいるヨシュアの脇で、そう遠くないだろう未来の賑やかな生活を想い描いていたカミは、狼姿でもわかりやすいくらい楽しげに、にやにやと笑っていた。




この後、ちょっとしたオマケがついて3部完結です。

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