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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される
94/131

〈神の采配〉 事後報告と真相




   * * *



「ちょっと、何がどうなってるのか、きちんと説明してくれるんでしょうね」


「……」


ヨシュアは大きな山場を越えたばかりの身で新手に阻まれ、のしっと気が重くなった。

先ほどの国際規模だった危機に比べれば比較しようもないくらい細やかな山なのだが、個人的には、それに匹敵するくらいの厄介さだ。

腰に手を当て、でんと立ちはだかってくれている鋭く尖ったぎざぎざの山の名はスメラギ・レイネと言う。


シュメール城に荷物とレイネと護衛官らを回収するために遣わされたヨシュアは、上手く事のあらまし説明する言葉を見つけられなかった。

第一、あんな大口を叩いておきながら、全く歯が立たなかったなんて絶対に言いたくない。


「後で詳しい報道が出ると思うから、それで確認してくれ」


と、他人任せにしてしまうくらい憂鬱だった。


「別に、パレードやオーヴェがどうなろうと、私は知ったこっちゃないわよ」


だったら、他に何を説明しろと言うのか。


「どうして、一人で戻ってきたのよ。ティアラはどうしたわけ」


「え、ああ。一足先に、ファウスト王と一緒に屋敷に戻ってる」


「じゃあ、ヨシュアはどうするつもりなの」


「どうって……」


「まさか、あんな劇的に見せつけといて、このまま別れる気とかじゃないでしょうね」


うっ、とヨシュアは頬を引きつらせた。

見事なまでにお節介な従妹である。

しかし、おかげで、ヨシュアの中には、もうすっかりシンドリーに逃げ帰るという選択肢がなくなっていることがはっきりした。


「余計なお世話だ。戻ったら、ちゃんとするつもりだから」


そう答えれば、レイネは眉を上げて驚いていた。


「ふーん」


妙にしげしげと見つめてくるので、どれだけ信頼がないのかわかるというものだ。


「なんだよ。嘘じゃないからな。その証拠に、一人で来たわけじゃないんだから」


ヨシュアがいつの間にか故郷に帰る選択肢をなくしたように、ファウストもまた、ひとまずは考えを変えたらしかった。

その証である同行者の気配を感じて、ヨシュアは扉を振り返る。

未だにヨシュアを信じてなさげなレイネは、タイミングよくやってきた人物を見て大いに驚き、多少の動揺もしていた。


「ヨシュア、引き上げる用意はできた?」


元々が身につけられる物しか持参していなかったヨシュアの場合、連れて帰るのはレイネだけだったので頷いて返事にした。

それを確認した同行者のシモンは、びっくりしているレイネの前に立った。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。お怪我は、ありませんでしたか?」


ヨシュアとは違った素直に好感の持てる対応だからか、レイネは珍しくどぎまぎした様子で平気だと返していた。


「それなら、よかった。ファウスト王もティアラ様も大変心配されていました。お詫びというほどのものではないのですが、よろしければ滞在しているオーヴェの屋敷へいらっしゃいませんか?」


ヨシュアは、まるで可愛らしい性格の女の子みたいに小さく頷いているレイネを眺め、こんな顔も持っていたのかと感心する。

だけど、すぐに、そうじゃないと考え直した。

こういう顔を、知らないわけではなかったことを思い出したからだ。

幼い頃のレイネは、父親のレナルトと一緒にいる時、こんな風に、はにかみながら嬉しそうに笑っていた。

いつからレイネが従妹よりも天敵に相応しくなったのか、突き詰めていくと嫌な考えに至りそうなので、それ以上は進めないで放置しておく。

代わりに、有益な情報をもたらすことにした。


「レイネ。お前、このままオーヴェに居つくつもりなのか」


「いいえ。もうすぐ留学期間が終わるからシンドリーに戻る予定だけど、それがどうかしたの?」


「オーヴェの軍にデュークがいた」


「……え!? まさかでしょう!!」


「その、まさかなんだよ」


シンドリーの誕生会ではティアラも巻き込んだ騒動だったため、シモンもある程度の過去事情は聞いていたので頷いた。


「帰りは学校の寮まで送らせて頂くので、安心していらしてください」


「はい、シモンさん。ありがとうございます」


ほんのりと頬を染めるレイネを見て、ヨシュアはうっかり恐ろしい未来を想像してしまった。

レイネが、あの手この手で純真なシモンを手中にしてしまう日を……。


「いやいやいや!」


身震いをして、ふるふる首を振ってなかったことにすると、この発想に堅く蓋をして封印しておいた。


「ヨシュアも、ちょっとは進展してるのね」


機嫌がいいからか、今は猫をかぶっていないせいか、レイネは上から目線の労りを含んで話しかけてきた。

ちなみに、シモンは部屋を引き取るため、護衛官らに声をかけに出て行っている。


「だったら、私もご褒美に、ちょっとした情報をあげる」


「?」


当然、いい予感はしなかった。


「ティアラ、あなたの浮気を知ってるわよ」


「は? ……はああ!?」


「ちゃんと言い訳してあげなさいよ。ってゆーか、今、気付いたんだけど、こんな警戒心むき出しのヨシュアを一瞬でも油断させる女の子って只者じゃないわよね。どうせだから、帰る前に確認しておこうかしら。ねえ、その女中、ちょっと呼び出してみてくれない」


「な、何言ってんだよ。余計なお節介はいらないって言ってるだろ!」


慌てて必死に拒めば拒むほど、レイネに興味を持たれる逆効果にしかならないと気付けないほど、ヨシュアは余裕がなくなっていた。

だから、シモンが訪問者が来ていると呼びかけてきた時には、すぐに救いの手だと飛びついた。

しかし、それこそが、ヨシュアの運の尽きだった。


「ヨシュア様がお帰りになられると聞きしまして、お見送りに参りました」


そこには、柔らかく微笑んでいる渦中の女中、プラタナ・ソウラが立っていた。

ソウラはアスラ皇帝神から詫びを言付かってきたような発言をしていたが、ヨシュアの耳には、全くと言っていいほど入ってこなかった。

頭の大半を占領しているのは、すぐにいなくなってもらう方策だったが、あいにくと、レイネがそんな隙を許すわけがなかった。


「へえ、この子が例の女中ね」


いつの間にやら背後にやって来て、値踏みする如く、ソウラを観察している。

ソウラは出来た女中らしく、嫌な顔一つせずに会釈した。


「あなた、いい度胸してるじゃない。わざわざ、ヨシュアに目をつけるなんて」


「おい、レイネ。誤解をするなよ。慣れないお茶で眠気に襲われただけなんだから」


そんなまぬけな説明が、あの夜の真相で全てだった。


アスラは眠りが浅い体質で、就寝前は必ず熟睡効能の高い茶葉を飲用していたらしい。

騙されるように緊張の続く環境に置かれていたせいか、同じお茶を振る舞われたヨシュアの体には覿面に効いてしまい、部屋の前に戻ったタイミングで意識が朦朧となったのだ。

つまり、全てはヨシュアの油断であり、正に自業自得でしかない。


事態を把握した後に恐ろしかったのは、魔の巣窟だと承知していながらも、そんな失態を犯した自分だった。

視野が広がって見えるものが増えた分だけ足元が疎かになってしまうようで、これまで必死になって掴んでいた大切なものを失ってしまうみたいで、無性に不安で堪らなくなった。

異常なくらいに鋭く研ぎ澄まされた警戒心。

それをなくしてしまったら自分には何も残らないような気がして、その先の自分がどうなってしまうのかもわからなくて、何があっても大丈夫だとヨシュア自身が自分を一番信じられないものだから、深く深く沈んでいくしかなかった。


「ばっかじゃないの」


状況を説明されたレイネは、見事に呆れていた。

その通りだと自覚のあるヨシュアは、甘んじて遠慮のない叱責を待ち構える。


「ヨシュア。あなたねぇ、ちょろすぎるにしても程があるわよ」


「……」


何を言われても聞き入れるつもりはあったのだが、この表現はかなりの想定外だった。


「全っ然、わからないって顔してるわね。まさか、全部自分が油断していたせいで、彼女は悪くないとか考えてるんじゃないでしょうね」


ヨシュアは驚いて返事を忘れた。

自業自得の呪いをかけてくれたレイネが、否定する意味合いの発言をしてくれたのだから。


「あのね、今回は、どう考えたって違うわよ」


レイネは、ちらりとソウラに牽制する視線を向けてから、ヨシュアに言い聞かせるように解説をする。


「どうして彼女が部屋に入ってまで介抱する必要があるわけ? 廊下には護衛官がいたのよ。少なくとも、声をかけて事情を説明するべきじゃない。それに、隣の部屋には婚約者がいるって知ってたんでしょう」


「いや、それは知らなかったはずだ。彼女は皇帝神付きなんだから」


「はあ? だったら、絶対知ってたに決まってるじゃない。アスラ皇帝神に付かせてもらえるような女中が、少しでも関わる可能性のある客人の情報を把握していないわけがないもの。そもそも、兄妹でもないのに揃いで着飾っている男女に誤解が生じるような真似をして、平気で、そのままにしている女に悪意がないって本気で思うわけ?」


「……」


ヨシュアは、今度こそ、自分の真のまぬけさを思い知った。


「あなた、ヨシュアはともかく、よくも私の可愛い友人を悩ませてくれたわね。帰る前に、どういうつもりなのか白状してもらうわよ」


抜け作すぎる従兄に言い尽くしたレイネは、標的を女中のソウラに移していた。


「悪意と取られても仕方ないのかもしれません。ですが、ヨシュア様の仰られたように、わたくしは、あくまでも介抱をしただけのつもりでした」


ソウラは清純な面持ちで目を伏せて弁明した。

それがかえって、目の覚めたヨシュアには、レイネの言を確信させてくれた。

明らかな敵意を向けられても少しも動揺を見せない気丈さに、清廉潔白以外の何かを感じさせるので。


しばらくピリピリとした沈黙の後、全く引く様子のないレイネに、ソウラがすっと顔を上げた。


「――と、お答えするだけでは、とてもご納得していただけないようですね。では、これから語る話は、この場だけの個人的なものとしてお聞き流しくださいませ」


視線をきつくしたレイネに対し、ソウラは僅かに気の強さそうな素の表情を垣間見せた。


「ヨシュア様のお顔がとても好みでしたので、ゆっくりと鑑賞できる機会を有効活用させていただいたまでです。お茶については、わたくしの落ち度ですのでヨシュア様にはお詫びを申し上げますし、ご気分を害されたのなら誰に訴えていただいても構いません。ですが、肩書きに甘んじてお心を掴んでおけず、ましてや、自身で問い質すこともされないような方に謝罪する言葉は欠片も持ち合わせておりませんので、あなた様のご友人には、お好きにお伝えくださいませ」


あまりの言い草に、レイネは怒るのも忘れて呆気にとられてしまった。

並んで聞いていたヨシュアなんかは、唖然としすぎて魂が抜けかけている。

そんな二人を前に、ソウラは平然と柔らかく微笑んだ。


「後日、アスラ様から謝罪の品をお送りするとのことですので、受け取っていただけると幸いです。それでは、ウェイデルンセンまでの道中、お気をつけくださいませ」


プラタナ・ソウラは女中らしく丁寧な挨拶をすると、もう用はないとばかりに、すっと踵を返していなくなった。


「ヨシュア。話が終わったのなら帰るよ」


入れ替わりで顔を出したシモンは、狐にでも化かされたみたいに突っ立っている二人を見て、首を傾げるしかなかった。

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