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オオカミ様のいうとおり【改訂版】  作者: よしてる
第三部 ワケあり少年、翻弄される
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〈神の采配〉 神様の思し召し




   * * *



ヨシュアは、急ぎながらも先回りは無理だろうと見当をつけていた。

せめてもの救いは、不恰好だと思っていた割りに、よく走ってくれる馬だったことだ。


考えすぎかもしれない不安と焦りの中、必死になって昨夜に教えられたパレードの道順と辺りの地形を思い出す。

初めての場所なので、ほとんど勘任せのあてずっぽうみたいなものだ。

ただ一つ、守らなくてはいけないキャンパス山脈を指針にして、直感を頼りに駆けている。

もし、ヨシュアが心配している通りに動いているなら、アスラ皇帝神と神官のサイラスは賊を追うという名義でキャンパスの山に軍隊で踏み入るはずだ。

数人の密猟や偵察なら、オアシスの見張りやカミの仲間がどうにかするだろうが、軍という数で押されれば抵抗するのは難しく、一度でも例外ができれば、サイラスがいくらでも理由をこじつけて我が物にしてしまうだろう。


オーヴェ帝国に対抗可能な大国はチェルソくらいなものだが、現在は情勢が落ち着かず、へたをすると我もと勇んでキャンパス争奪戦が勃発しかねない。

そうなれば、山間にあるウェイデルンセンはどうなってしまうのか、考えるだけでもぞっとしてしまう。


背中からは、未だになんの合図もない。

ヨシュアだって、本心では、かなりのところをカミ頼りにしていた自覚があったので、自分に舌打ちでもしたくなる焦りを感じていた。

とにかく、今は、アスラ皇帝神一行に追いつくしかない。

見当違いの方向でないことを祈りながら、彼等の尻尾でもいいので、なんとか追いつきたかった。


「ヨシュア」


きりきりと神経を研ぎ澄ましていると、ティアラに名前を呼ばれた。

カミと連絡が取れたのかと思うより、この速度の振動で舌を噛む心配をしたが、すぐにそんな場合ではなくなった。

前方に探していた一団を見つけたからだ。


やっぱり、と思うのと同時に、自分に止められるのかという重圧がじわりとのしかかってくる。

数百と予想していた通り、三百人程度の隊がキャンパス山脈を目指していた。

ここまでは予想通りだが、こうして実際に目の当たりにすれば、明白なヨシュアの脆弱さを、より一層浮き彫りにされた気分だ。

それでも、国境が近くに迫っているので、策を講じる前に先頭を目指して派手に速度を上げて追い抜いていく。

注目を浴びて足並みを乱せるのなら、願ったりな展開なのだから。


「捉えた!」


己を鼓舞するかの如く叫んで相手の気を引くよりも先に、目当ての二人はヨシュア達の存在に気付いていた。

向かって来るのが他でもないヨシュアだとわかった上で止まる気配のなさに、苛々しながら速度を上げ、回り込んで先を塞ぐ。


「ティアラ、大丈夫か」


わざとらしく声を張り上げて姫巫女の存在を知らしめておく。

どんな真似をしてでも、ここで踏み留まらせなければ、守ってきた世界が壊れてしまうかもしれないのだから。


苛立ちまぎれにヨシュアが睨みつけたのが効いたのか、一団を率いるアスラは、ようやく戸惑いが広がる後方に止まるよう合図を送った。


「まさか、あなたが来られるとは思いませんでしたよ。正しくは、あなた方と、お呼びするべきでしょうかね」


相手をしてきたのは、皇帝神の脇に並ぶ神官のサイラスだ。


「ヨシュア殿。一体、何をしにいらしたのですか」


「それは、こちらが尋ねたいこっ。こんなに大勢で、どちらに向かわれるつもりですか」


「知らされていませんか? パレードを妨害されたので、皇帝神に仇なそうとした身の程知らずの賊を、こうして追跡しているのですよ」


サイラスは悪びれもせず、正直に答えてくれた。

但し、それは、あくまで表面的な言い訳にすぎないと双方が承知している。


「国境を越えるつもりなのですね」


これに返事をしたのはアスラだった。


「緊急事態だ」


「オアシスに許可を取っているのですか」


「緊急事態だと言ったはずだ」


怒鳴られたわけでもないのに、ヨシュアは底冷えのする悪寒がした。


「では、ウェイデルンセン王国の許可は得ているのですか」


代わって応戦してくれたのは、後ろに乗せているティアラだ。

怯んで引き下がろうとしたがるヨシュアの本能が、繋ぎ止めるように掴んでくる温もりによって、じんわりと僅かながらも気力を取り戻す。


「異国の姫巫女よ。なぜ、自国の賊を捕らえるのにウェイデルンセンの許可が必要なのだ」


「山に入って西に逃げていれば、その先は我がウェイデルンセン領になります」


「では、許可を取っている間に逃がしたら、どう責任を取ってくれるつもりか」


表立った感情もないのに鋭い眼光の皇帝神に当てられて、ティアラは返事を詰まらせる。

掴まっている手に力が入った気がした。


「それは当然、国境を越える前に捕らえきれなかった者の責任ではないのですか?」


ヨシュアはお腹まわりにある熱くてやわやわした腕を意識しながら、恐怖の魔王に挑発を仕掛けて自分に注意を引き戻した。


「そうだな、我が軍の落ち度を認めよう。だからこそ、巻き込んでしまったファウスト王の眼前に賊を差し出すくらいしなければ、申し訳が立たないというものだろう」


「だからと言って――」


「ティアラ様、ウェイデルンセン領へは決して侵犯いたしませんのでご安心ください。では、先を急ぎますので」


一歩も引かない覚悟で声を上げたヨシュアを遮り、サイラスは歯牙にもかけずにさっくり話を終わらせた。


「オアシスの許可はあるのですか!」


簡単に引けない必死さで、ヨシュアが繰り返しでしかない発言を滑り込ませる。


「ヨシュア殿に、お答えする必要はないと思いますが?」


サイラスは熱のない微笑みであっさりと切り捨てた。


「あります。私は近い将来、オアシスの役員になるつもりなので、勝手な振る舞いは見逃せません」


それは、焦りから絞り出した酷いこじつけだった。


「ずいぶんと頼もしい未来を描いておられるようですね。しかし、裏を返せば、ここで通用する手札がないと言っているようなもの。覚えておいてください、 オーヴェ帝国はオアシスの筆頭加盟国です。後で、いくらでも辻褄を合わせられるのですよ」


サイラスは冷たい笑みで諭すと、至上の主に親愛なる眼差しを向けた。

アスラ皇帝神は誰にも一瞥もくれず、ヨシュアの馬を避けて強引に進み始める。


「あっ……」


ヨシュアは、今度こそ言葉を失った。

ウェイデルンセンを救いに、なんて大口を叩いた自分の声が虚しく蘇る。

無茶をしてでも引き止めなければいけない。

ティアラが一緒でなければ、無謀にも体当たりくらいしたかもしれない。

いや、ここに追いついたのが他の誰かなら、もっと全てを上手く収める方法を思いついただろう。

しかし、ヨシュアには、どうしていいのかわからない。

せめて、後の混乱を回避するため、早い内にレスターやファウストやカミと連絡を取らなくてはいけないと思うも、今はただ、ティアラを守ることくらいしか考えられなくなっていた。

ヨシュアは無意識に自分を掴むティアラの手に触れ、絶望的な光景に飲み込まれないよう意識を保つのが精一杯だった。


「ヨシュア、よく引き止めた」


脇を通り過ぎる兵達が武骨な金属音を立てる中、場違いにも自分を褒め称える明朗な声が響いてはっとする。


「さて、全ての加盟国が平等であることを理念とするオアシスを貶める発言をした恥知らずは、どんな面をしているものやら」


そんなことを言いながら山を下りてきた人物が姿を見せると、ヨシュアはこれまでの、どこからどこまでが夢だったのかと頭がぐるぐるした。


その人は暖かそうな上着を羽織り、五本指の手袋を嵌め、丈夫そうな編み上げの靴を履きこなしている。

そんな普通の状態が信じられなかった。

なぜなら、その人は――


「カミ!!」


ティアラが叫んだ通り、いつも偉そうにヨシュアをからかってくる、あの、にやにや笑いを浮かべた見覚えのある人姿のカミだったのだから。


「はあ、やっと追いついた。カミ様、山に不法侵入した全員を捕らえたと報告がありましたよ」


ゆるゆると現状を受け止めていると、遅れてシモンがやってきたものだから、ヨシュアは再び混乱させられた。


「カミ様?」


そうつぶやいたのはサイラスで、耳聡く拾ったカミが引き取った。


「ああ、俺がウェイデルンセンの山守をしているカミだ。お前達が追っている賊は、全てこちらで捕らえた。だから、これ以上の進軍は無用だ」


「な……」


呆然と、らしくない顔を晒しているサイラスの横で、アスラは唐突に笑いだした。


「なるほど。あなたがウェイデルンセンの守護神か」


「そういう貴殿は、オーヴェの神だな」


「ああ。オーヴェ帝国、皇帝神アスラだ」


二人の神が対峙する様は、妙な感動と一色触発の火花が隣り合わせだった。

誰も間に入れない緊迫感を破ったのは、勢い込んで駆けてくる馬蹄の音だった。


「遅かったな」


カミに微笑みかけられて迎えられたのは息急き切らしてやってきたファウストで、そのあり得ない光景を目にすると大きく目を見開いた。

その動揺で、御しきれなかった馬がたたらを踏んだ。


「どうしてお前が……」


「安心しろ。この件は俺とヨシュアが収めた」


そこでようやく本題に意識が戻ったファウストは、馬を落ち着かせながら自分の気持ちも整えていく。


「二人とも、よくやった」


ファウストは王の顔で褒め称えた。

ヨシュアはこの功績に、神と王のどちらからにも自分を含められたことに驚きながらも、視線は別のところに気を取られていた。


「命を全うできなかったようだな、デューク」


アスラの視線の先には、ヨシュアの見知った人物がいる。

レイネを誘拐しようと企み、ヨシュアの誕生会を引っ掻き回してくれた最悪の男だ。


「申し訳ありません。事情を知らない上官に呼び止められまして」


「まあいい。どちらにしても、これまでだ」


一触即発の事態を企んだ皇帝神は、たいした拘りもなさそうにこの件を終わらせた。

ファウストなんかは、よく悪びれもせずに言ってくれるものだと思う。

アスラ達の目論見通りになっていれば長年守ってきたオアシスの均衡を壊してくれていた大きな危機は、結果、記念パレードで暴動を許して自国の恥を晒したアスラ皇帝神が少々の評判を落とすだけで、何事もなく終わってしまうのだ。


「オーヴェの神よ」


そんな幕引きを許さなかったのは、狼守護神のカミだった。


「この件、ウェイデルンセンの山守の権限で、そちらの手柄にしてもらって構わないぞ」


驚くことに、絶妙な言葉選びで巨大な貸しを作ろうと言い出したのだ。


「それはいささか、越権がすぎるのではありませんか。賊を捕らえたのは、明らかにオアシスの管理区域だとお見受けいたしましたが?」


自分達の悪巧みは脇に寄せ、素早く異を唱えたのはサイラスだった。

だが、カミはにやりと笑っただけで、視線を送ってシモンに説明を任せた。


「ご心配なく、神官様。事前にオアシス代表のレスター様に話を通し、この区域担当の山番を借りる許可を得て来ています。彼らも間もなく、捕らえた賊を連れて現れるでしょう。もちろん、全ての采配はカミ様に任せるとの確約を取りつけてありますのでご安心ください」


そうですかと身を引いたサイラスは、悔しさを表に出さない如才のなさを見せつけるくらいには復活していた。

こんな短時間でオアシスと確約を取りつける離れ業を成し遂げられたのが、神様であるカミと巫女であるレスターだからというのは極一部の関係者にしか察せない内実だ。


「で、どうする?」


カミが相手をするのは、あくまでアスラだと決めているらしい。


「その申し出、此度は辞退させてもらおう。初対面の山守に尊敬と敬意を示して、こちらは全ての落ち度を認めると同時に、手を煩わせた詫びとして我が国で大々的に山守の活躍ぶりを公表させてもらおう」


後半の発言は、ウェイデルンセン組にちょっとした嫌がらせをされた気分を味わわせた。

ファウストとしては、こういう図太さを自分も見習うべきなのかと真剣に悩むくらいのふてぶてしさだ。


「そうか。ならば、後はオアシスの山番と話をつけてくれ」


カミはあっさり承知すると、ヨシュアとティアラを拾いに動いた。


未だに混乱しているヨシュアは、目が合ったカミが無言で馬に跨がる足を軽く叩いてきた感触で、ようやく現実なのだと実感した。

それから、馬を引くカミに導かれるままファウストに合流すると、ちゃんと間に合ったのだと安堵した――のも、束の間。


「ああ、そうだ」


何を考えついたのか、カミはわざとらしく大声でつぶやいて、アスラを振り返る。


「いくら欲張りでも、オアシスのレスターに手を出そうなどとは考えてくれるなよ。アレは俺の女だからな」


これには、アスラやサイラスよりも、後方の兵士達が大きくどよめいた。

密かにファンの多いオアシス女王様の浮いた話題は、信者という絶対の味方が多い分だけ敵も多い皇帝神の記念パレード襲撃事件よりも、よほど大きな衝撃を与えた。

それはもう、滅多なことでは揺らがないサイラスが、当分の士気の低下を真剣に懸念するほどに。


「さて、帰るぞ。愛しのレスターが待っているからな」


絶対にレスター本人には言わないだろう台詞を披露してから、カミはご機嫌に先頭切って二本足で歩き出すのだった。

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